人形と決着

「てめえ!」


テンの強撃銃が巨大な弾丸を吐き出す。だがそれは、男が片手から展開した鉄盾に阻まれた。そしてお返しとばかりに散弾が返ってきた。


テンは柱に後ろに身を隠し、それを躱すが、派手に石の破片が飛び散り、弾丸の威力を物語る。


「クソっ、盾とは面倒なものを……」


テンの挟撃銃〈ベルナット〉は単発式、12発装填のライフルだ。

弾を切り替えることでシェルショットを撃つことも出来るが、今装填しているのは通常弾。射線は読みやすい。


だがそれでも、当たればP.A.S.の上からでも吹き飛ばせるほどの威力を持っているのだ。相手の肉体に直撃していれば、だが。


盾。その武器、あるいは防具とも呼べる道具を使うものはほとんどいない。なぜなら、現代において敵の攻撃を防御する、と言うのは愚策だと考えられているからだ。


テンのような大型義体者が皮下に仕込む装甲版、あるいはP.A.S.のように頑丈な防具を装備することもあるが、それでも現代火器や『遺物』の中にはそれらを容易に貫く物も多い。


ソラの持つ〈蒼凪〉がいい例だ。あれはあくまで前期文明の遺物を模した現代品だが、それでもあれを防ぐ防具はほとんどない。


軍用品の義体や前期文明の遺物には、特殊な力場や磁場を発生させ、攻撃を防ぐシールドを展開する物もあるが、それでも傭兵同士の戦いでは攻撃は受けないが基本である。


だからこそ、傭兵歴の長いテンでも盾を義手の中に仕込んでいる者は初めて見た。

恐らく、特注品。

しかもサイズが小さく、身体全体を覆うほどの範囲は無い。


あれなら、ソラのように敏捷性と火力を両立させた者の攻撃は捌けないし、ソラよりもさらに速いローズにとっては、あんな盾はないも同然だろう。


あれが刺さるのは、使の銃撃ぐらいだろう。


それでも銃弾を完全に受け止めることは出来ない。銃撃を受ける度に、表面はへこみ、内部のフレームは歪むだろう。

そもそも義体は盾で衝撃を受けられるようには出来ていない。


――今回限りの使い捨て。


その装備を見て、テンは相手が自分用に調整されていると感じた。


(あれがソラが言ってたやつか。


男は大型のショットガンを右手に、長大な銃身を持つライフルを左手に持ち、乱射し続けている。

弾は背中に繋がる弾帯から補給されているのか、弾切れを心配している様子は無い。


だがそれが永続しないことをテンは分かっている。大型義体者用の強撃銃は、通常の義体者が使えば、腕が折れるほどの反動を持つ怪物銃だ。


弾も専用弾であり、内蔵された火薬量、弾丸のサイズ共に桁外れに大きい。


当然それは、大型義体者が両腕で構えて撃つように設計されている。あのように片手で乱射し続ければ、弾切れよりも先に腕の方が折れる。


いや、現段階でも内部の義骨は歪み、義体を制御するシステムはエラーと警告を吐き出しているはずだ。だというのに、男は気にした様子も無く銃を撃ち続けている。


「おらおらおらおら!出て来いよぉお!」

まるで乱暴者のようなセリフを吐きながら、男は踊り続ける。糸が切れるその時まで。


□□□


正面から5本。上下左右から囲い込むように10本以上の短剣が飛んで切る。

速度が付いた俺が躱せないようにタイミングを合わせた今までの倍以上の数。


正真正銘、男の全力。その顔には余裕の色は無く、『超能力サイキック』の過剰行使によるフィードバックに耐えながら、数多の刃を操る。


(後ろ……だめだ、切り替えた瞬間、追い付かれて狩られる。なら、前っ!)


竦み、後ろへと向かいそうな足を意志の力でねじ伏せ、無理やり回転させる。


ダガーを引き抜き、左手に持つ。変則的な二刀流。

切り開くように両手を振るい、正面の刃だけを弾き、走り続ける。


操作数を増やした影響か、ブレードの動きは先ほどよりも単調で読みやすい。だが、それを上回る数と速度。全てを弾くことは、諦める。


「ふっ!」

身体を回転させ、刀の振りを加速させ、半ば身体をねじ込むように、刃の群れのその先へ、駆け抜ける。


戦闘服を切り裂き、冷たい刃が肉を抉る。だが幸いにも、身体に刺さったものはない。いや、例え刺さっていてもアドレナリンのお陰で気付くことは無かっただろう。


数メートル。今まで一番近い距離。男の驚愕の顔がはっきりと見える。男の周囲を舞う刃は三本。もしもの時の迎撃用だけだ。


「ああああああああっ!」


ダガーは捨てる。刀を両手で持つ。エネルギーを最大値で注ぎ込み、長大な刃を形成する。


――斬る


その気迫だけを込めた純真の刃は、軌道上に構えられた短剣を切り裂きながら、男へと届いた。


袈裟切りに切り裂く。だがそれでも、男は倒れない。

胸元から人工血液をまき散らしながらも、片腕を俺へとむけている。腕の機構が開き、中から大きな銃口が覗く。


「惜しかったな」


最後の最後で短剣に刀を逸らされた。そのせいで男の命には届かなかった。俺の負けだ。刀を振り上げるよりも男の電脳が銃口を弾く方が早い。


それでも、俺たちの勝ちだ。


緋色の閃光が、男を襲った。宙を舞う数多の短剣。俺よりもはるかに多い短剣を向けられていたローズは身動きが取れない。

そう考えた男の考えは、神速の風に嘲弄された。


電のように空中で軌道を変えながら跳ねたローズは、念動力の索敵が途切れた一瞬を突き、男の手足を切り裂いた。


「――がぁッ」

バランスを崩した男が地面に倒れた。制御を失った短剣が力なく落下し、俺たちは勝利を確信する。


そしてローズがとどめを刺そうと踏み込んだ次の瞬間、天井が鳴いた。

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