刃舞い、双剣駆ける

「おいおい、2人かよ」

彼我の距離は僅か数十メートル。


踏み出した足が瓦礫を砕き、地面を蹴る。『超能力サイキック』で強化された五体は、容易く人体を超えたスピードまで俺の身体を押し上げる。


ローズは俺よりもさらに速い。前期文明の遺物を使い、桁外れの速度で飛び出した。

2人で挟み込むような軌道。俺たちの速度なら一瞬で潰れる間合い。


だが近づく俺達を見ても、相手は動き出さない。

ただ突っ立っている。


(なんだ?)

突っ込むべきかどうか。明らかに『待ち』の姿勢に入った敵。俺の脳裏には、大鉈を振るう偉丈夫の姿が蘇った。


俺は直前で足を止める。半ば地面に足を突っ込むように急停止し、地面が削れ悲鳴を上げる。俺はそのままダガーを抜き、投擲した。


不安定な姿勢からも、大気を切り裂きながら飛ぶそのダガーは、当たれば人体ぐらいは容易に引き裂くほどの破壊力を秘める。

男の正中を狙い、放たれたダガーは、短剣に阻まれる。


「――ッ!」

驚愕に目を見開く。

その短剣には柄が無かった。刃だけの艶消しされた黒刃。


暗器らしきそれは、恐らく広間に入ったときから天井に浮かび、機を窺っていたのだろう。まんまと突っ込んできた愚者を貫くその時を。


そして俺は、その特徴的な形を知っていた。フィーネホテルに向かう際、テンを狙い、俺の腕を貫いた刃。

あれもまた、持ち手が無い異様な短剣であり、独りでに宙に浮かび舞っていた。


「あの時はどうも。腕は治ったかい?」


奇襲を躱された男は、少しも動揺したそぶりを見せず、楽しそうにそう言った。

そしてもはや、隠す気も無いのだろう。

懐から浮かび上がった幾本もの刃が、衛星のように男の周囲を回り始めた。


あれが死臭の源。数多の血と命を飲み込んできた男の武器なのだ。


ホテル前で俺達を待ち構えていた賞金稼ぎの一人。その余裕の態度は、男の実力を物語っていた。


だが男の態度が気に喰わないものもいる。

背後に回ったが、無視された形になったローズは、無表情の中に、付き合いの長い者だけが分かる苛立ちを滲ませ、姿勢を落とした。


「ご心配なく、すっかり元気だ」

俺は視線から悟られないように、男の顔を見返し、意識をこちらに向ける。


そして、撃ち放たれる。


とん、と軽い音だけが鳴る。だがそれは、踏み込みが弱かったことを意味しない。

『義足』の力を使い、大地を傷つけることなくただ加速と言う結果だけが弾き出される。


だがローズの圧倒的な突進は、半ばで止められた。幾重にも折り重なった刃。それがローズの進路上に現れ、彼女はブレードで迎撃した。


激しい衝突音が鳴り響き、大気が震えた。やがて、押し返されたのはローズだ。頭上から回り込んだ刃を背後に飛び、躱す。


「ちッ」

「あぶねえな、『赤薔薇』。ぎりぎりだったぜ」


俺は〈オリゾンR2114〉を抜き、撃つ。大型の銃弾も、刃の重なりに防がれ、背後から飛び掛かったローズのブレードも先ほどの焼き直しのように防がれた。


絶対防御。バーン・フォーゲンと同じ速度を殺す手合いだ。

だがあの巨人が技と肉体で全ての攻撃をいなすのに対し、眼前の男は魚群のような刃の陣形と手数で人間が生きる領域を許さない。


「攻め続けなさい!」

それでも攻め続けるしかないとローズは判断する。相手の絶対防御はあくまで『超能力サイキック』に依存するもの。傷を負った俺の身体能力が著しく下落したように、超能力サイキックもまた永続的に使える力ではない。


対外に出力するタイプの『超能力サイキック』ならば、打ち止めは俺よりも近いだろう。使わせれば使わせるほど、俺たちに有利になる。だがそれは、落葉のように舞う刃舞に身体を切り裂かれなかった場合だけだ。


ローズの指示に弾かれるように〈蒼凪〉を抜き、斬り掛かった。前後からの挟撃。例えて数は向こうが上でも、2対1の有利は揺るがない。

だがそれでも男は揺るがない。刃で斬撃を防ぎ、合間をぬった刃で回避を誘発させ、距離を保ち続ける。


驚くべき、処理能力。俺たち二人は心の内で舌を弾く。男は数多の刃を操りながら、同時に二人分の攻撃をさばいている。

一手間違えれば、どちらかの攻撃が身体を切り裂くと分かっていながら、その短剣さばきは微塵も揺らぐことがない。


その短剣の動きは直線的で読みやすいが、それでも数本以上が連動して動くため、回避も迎撃も一筋縄ではいかない。


特別な技もフェイントもいらないと言わんばかりに手数で押してくる。俺たちは確かに、たった一人相手に数任せの迎撃をされていた。


既に10回ほど攻撃と回避を繰り返しているが、それでも男の余裕の笑みは剥がれない。『超能力サイキック』である以上、いつまでも永遠に使える物ではないはずだが、それはこちらも同じだ。


ローズは義足のエネルギーが切れれば加速は途切れるし、俺もまた、腕や胴体の傷を抱えている。戦い続け、体力が切れれば、『超能力サイキック』に身体が耐え切れず、身体能力は落ちていく。


短期決戦を望むのは俺達三人共に共通。自然、攻撃は加速する。


揺さぶりをかけるように常に足を動かし続ける。ローズが常に対角線上に位置するように動き、必ずどちらかは死角に位置するように心がける。


男の背中へと回り、急停止。付いて来ていた短剣を少し振り払い、男と俺との間に小さな隙間ができる。俺は〈蒼凪〉を引き、刺突の構えを作る。その瞬間、に襲われる。


(——ッ!まただ……!)


無色の波。そうとしか言い表せない何かが俺を通り抜けた。


構わずエネルギーを充填した〈蒼凪〉を突き出す。伸長したエネルギーの刃は、されど刺突の瞬間横から飛んでいた短剣に軌道を逸らされ、男の真横を通り抜けた。


「クソっ!」


男はまるで背中に目があるように視覚からの攻撃も容易く弾く。俺はいら立ちを露わにし、再び距離を取った。

先ほどの位置にいれば、短剣が飛んでくる。


約五メートル。それが男の刃が舞う致死圏だ。その外にいれば、短剣が飛んでくることは無い。飛ばせないのか、それとも飛ばさないのかは知らないが。


だがそれでも、圧倒的な広さだ。俺もローズも飛び道具は持っているが、基本的に接近戦。射程は武器の間合いを入れて2メートルほど。男に致命的な傷を与えるには、あの刃圏に踏み込まざるを得ない。

それが何よりも難しい。未だ俺たちは刃が届く距離に近づけていない。


(ソラ、聞こえる?)

耳元からローズの声が聞こえる。小さなウィスパーボイスがくすぐったくて少し回避が遅れた。


訝しむ視線を向ける敵と小さく舌打ちしたローズを無視して小声で返す。


「なんだ?」

電脳化していない俺は、思考だけで言葉を返せないので仕方なしに声に出す。


(相手の探知能力、分かった?)

「多分な。念動力を薄く広げて飛ばしてる」

念動力。それは手を触れずに物体に力を加える能力のことだ。

超能力サイキック』の中でポピュラーな能力ではあるが、人によって出力、操作範囲等が異なる。


恐らく相手は、念動力の出力は低いが、操作数は多いのだろう。低い出力は、何本もの物体を重ねることで補強し、視覚からの攻撃は薄く広げた力場を飛ばし、察知している。


ローズでは気づけず、感覚の鋭い俺がかろうじて違和感を感じることができるほどの弱さ。それを男はレーダーとして利用している。


(……なるほどね。攻め続けるしかないわ。向こうもそろそろやばい)


もしもマイクロドローンとの視覚接続や索敵機器による探知ならば、妨害や破壊も出来ただろうが、超能力の応用となれば干渉することは出来ない。


結局、男の攻撃に穴は無い。

ならば攻め続け、隙が生まれるのを待つしかないというのがローズの出した結論だった。


だが、時間制限はある。テンと戦っている大男だ。向こうから聞こえる銃撃音がどんどん膨れ上がっている。時折、爆発音も混じり、地下空間が揺れていた。


恐らく、テンを倒せない男が焦れて、グレネードを使い出したのだ。

今もまた、爆発音が鳴り響く。


「チッ。頭飛んでのか、あの大男。組むんじゃなかったぜ」


敵もまた、舌打ちし、攻撃がより苛烈になった。決着は近い。


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