死臭の男
俺の言葉通り、空間が開く。そこは、広間だった。
壁はガタガタとした断面を晒しており、そこを覆うコンクリートも荒いモノ、色が濃いエリア、といったふうに一様ではない。
この場所を作った者の技術力の無さを表すようなそんな雑な広間だった。
過剰なほど突き出た大柱により、天井は支えられており、地面には寝袋やテントらしきものの残骸が無数に散らばっていた。
「なんだこの場所?」
「多分、旧通路時代の居住区よ。上に居場所が無かった貧民はここに逃げ込んだんでしょう」
「そして、焼かれた、と」
俺は地面に残る燃えカスを見る。黒い手のひら大のそれは、炭のように焼け焦げ、まるで人骨の一部の様な丸みを帯びていた。
都市は地下貯水施設を建造する際、邪魔になるモノは全て焼却した。これはその残骸。だれにも見向きもされず、ここに捨てられた「名もなき者」たちの墓地だ。
「鼠共がいねえな。この手の広い空間は巣にでもされてそうだが………」
不気味なほど、鼠の姿が無い。それ以外のモンスターの姿も。この広間には生き物の気配がない。恐らく、この場所が焼き払われた時からずっと。
荒らされていないテントの残骸や屍がそれを物語っている。
「多分、燃料のせいだ。まだ化学薬品の匂いが残ってる。鼻のいいモンスター共にはきついだろ」
地下を生きるモンスターは光が無くても生活ができるよう、視力以外の五感が鋭くなる。なぜか目が三つもあったクソ鼠も例外ではない。
ここは、俺達にとっては都合のいい空間だ。モンスターの横やりも入れられず、適度な障害物がありながらも走り回れるぐらいの広さがある。
準備をしよう、と二人に呼びかけようとした瞬間、爆撃が広間を襲った。
放物線上に落下した弾頭は地面を抉り、周囲一帯の残骸を吹き飛ばした。地下で使うには過剰すぎる火力。柱の一本を打ち倒したその砲撃のせいで、地下には不気味な振動が響き、コンクリートの欠片が降り注いだ。
5メートルほどのエリアを破壊した一撃。だがソラ達三人の中で戦闘不能に陥った者はいない。
ソラはその五感で広間への侵入者を察知し、一足先に飛びのき、ローズはグレネードランチャーの独特の射出音と風切り音を聞き、弾が放たれた後から余裕で回避した。
桁外れの『足』を持つ二人にとって弾速の遅いグレネードランチャーは脅威足りえない。
そして砲撃をローズとほぼ同時に察知しながらも、ローズほどの速さが無いテンは、直撃だけを避け、爆風を受け切った。
両手を掲げ、顔の感覚器官を防ぎ切ったテンの身体には弾の破片やコンクリートの欠片が突き刺さっているが、彼が身じろぎすると全て落ちた。
人工皮膚が僅かに裂かれたものの、その下の装甲に防がれ、義体に傷はない。
インプラントを多量に仕込める大型義体者特有の防御力だ。
「いてえな」
全然痛くなさそうにそう言った。
「ちッ。ちょこまかと鬱陶しい奴らだぜ」
「……てめえ、生き埋めにする気かよ!?誰の暗殺に来たんだぁ?」
俺は地下で爆撃をするという悪手を撃ったアホを見る。
そこには2人組の姿があった。凸凹のコンビ。
だが二人の間に横たわる距離感と険悪な言葉がコンビなどと言う良好な関係には見えない。
大柄な男は、背丈が2メートルを超える大型義体者だ。剃り上げた頭部と刻まれた巨大な傷跡。大型の銃器を何本もまるで短銃のように背負っている。手には硝煙を漂わせるグレネードランチャーが。先ほどの砲撃はこの男の仕業だろう。
そして中肉中背の男。こちらは金髪碧眼の目立った特徴も無い白人だが、武器を持っていない。長いロングコートを身に付け、大男の無茶な砲撃に文句を言っている。
まるで近所を散歩するような軽装だ。いや、コンビニに行くにも強盗に襲われる危険があるこのプラジマス都市では、軽装以下の服装と言える。
見るからに堅気ではない二人。恐らく、ミレナの雇った傭兵か賞金稼ぎの類だろう。予想よりも早く追い付かれた。数は二人と予想よりも少ないが、それは朗報ではない。二人で十分だと判断されるだけの実力があるということだ。どちらも弱くはない。だが――
「ソラ。あいつ……」
ローズが腰を落とし、いつでも飛び掛かれるように身構える。小声で指摘したあいつ、がどちらを指すかは俺も分かった。
大男からはあからさまな暴力の気配が漂っているが、やばいのは隣だ。濃い香水の匂いでも隠し切れない死臭。錆びた鉄と血の匂いが漂っている。
「デカブツは俺がやるぜ」
テンが大型義体者用の強撃銃を構える。
「アタシとソラがチビの方を殺すから、アンタは死なないように時間稼いどきなさいよ」
「ハッ!いらねえよ!」
テンはテントの残骸に駆け出しながら、大男へとライフルの引き金を引いた。だが大男は身体に似合わない俊敏さで躱し、テンと並走するように遮蔽物を求めて駆けた。
2人が引き離される。俺達も金髪の男に向かって駆け出す。
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