三重の地下

薄暗い地下の一室。円柱型の部屋の中央には人ひとりが入れるぐらいの棺桶の様な鉄の塊が4つ、鎮座している。


見る者が見ればそれは、電脳をインターネットへと有線接続するための装置であると分かるだろう。


壁面には無数の演算装置が組み込まれ、冷却用のファンが部屋を極寒に冷やしていた。


その一室を全て揃えるためにはどれだけのクレジットが必要になるだろうか。個人で揃えられるとすれば、『大企業メガコーポ』のエリートか国中に名を轟かせる《傭兵ウルフ》などごく一握りの人間のみだ。


個人用の大規模接続部屋。その中央のコネクタの中には黒髪をウルフカットにした美女が横たわっていた。冷然と横たわるその姿は、音のない世界でただ一つの美だった。


白磁の肌と冷たい表情は、まるで絵画のようだと見る者がいればそう思っただろう。それほどまでに現実感のない空間だ。


―――こっちは外れね

―――一致率53%、マーク

―――西はクリア


体は眠りながらも、ローズの脳は数多の情報を処理し続けている。都市中に張り巡らされた監視カメラ、アンドロイド、車両の動体センサーの数値から個人のクレジットの支払い履歴、モーテルのチェックインまでも彼女の意識は都市の隅々まで行き渡っていた。


企業コーポ』の防壁までもぶち抜く出力は部屋の機器が可能とするものだが、企業に気づかれずに情報を抜き取り、設備を乗っ取るその技術は、ミレナのものだ。


「ちッ。遅いわね」


ローズは電子の仮想体ではなく、生身の肉体で舌を弾いた。


本来ならば《魔術師ウィザード級ハッカー》4人で使う装置であり、情報処理が遅れれば電脳が焼き切れるほどの『部屋』でもまだミレナの要求を満たすほどのスペックを持っていない。


だが都市中を探しても、ここ以上は少ないだろうと諦め、限界までスペックを引き出し三人を探す。


ここは、テネス・コーポレーションの所有する施設の一つだ。テネスに雇われているミレナは、特別な権限を与えられており、暗殺のためにテネスの施設の一部の使用を許可されている。


だがそれも、ミレナが暗殺の報酬を受け取るまでだ。今テネスは株価大下落のショックで混乱しており、ミレナへの報酬引き渡しが遅れているため、まだ権限が使えるがタイムリミットは近い。


それまでにミレナは、ソラ達を見つけ、口封じをする必要がある。どんな手を使ってもだ。


「―――あ」


知らず、焦りが出ていたのかエラーが弾き出される。『企業』のセキュリティに引っかかったプログラムを急いで書き換え撤退する。


そんな時、ミレナの意識に一つの情報が引っかかった。フードで顔を隠した三人組の映像。都市管理局の防犯カメラの映像だ。


―――場所は、S23ホール

そこは、都市の地下へと続く道だった。


◇◇◇


「湿気最悪……」


フードを脱いだローズがうんざりした顔でそう言った。前髪を指でいじり、髪を直すという学区の生徒みたいなことをしている。


戦闘になれば髪を振り回して血を浴びるくせに、何で普段はミリ単位で気にするのだろうか。理解に困るがそれを言ってはいけないことぐらい俺は知っている。


コンクリートで覆われた通路は小さな足音も反響させる。俺たちはそこをマッピングアプリを起動しながら進んでいた。

そうしなければ迷ってしまうほど、この場所は複雑怪奇な迷宮だ。


都市地下道。俺たちが潜入したその場所は、複雑な成り立ちをしている場所であり、現在は地下貯水施設として利用されている。


湿気が多く、陽が差さない地下だというのに不衛生なカビや害虫の類は見当たらない。その理由は、定期的に見かける『機械』のおかげだろう。


「音がする。戻るぞ」


俺は一般人には聞こえないほどの小さな音を拾い、道を引き返す。複雑に反響する音の波も、俺ならギリギリ聞き分け、その音源を暴ける。


複数に枝分かれした通路を曲がり、様子を伺う。すると、先ほどまで俺たちが進んでいた通路の先から、六足の機械脚を持ったロボットが姿を現した。


背中に円形の模様を持つ四角く武骨な機械だ。生物であれば頭に当たる場所にある大きな一つのカメラアイを動かしながら、通路を進む。


ふと、その大型の機械は立ち止まり、背中の円形の模様が浮かび上がった。嵌め込みのように収まっていた小型の機械が起動したのだ。


円形のボディに沿うようにブラシを備えたそれは、浮かび上がり、天井を這い回った。


その大型機械の製品名は『TM-10』。

清掃能力を持つ小型機械を運搬、充電、そして探知機能を持つ大型機械だ。


そして地下における監視カメラの役割を果たしている機械でもある。


ハッカーのいない俺たちは地下を巡回する機械どもを躱しながら進むしかない。いったいどこに向かっているのか。そんなことは俺も知らない。


ただ、蟻地獄にハマった蟻を演じているだけだ。本当に演じているだけかどうかはこの後の行動に懸ってはいるが。


「これでバレてなかったら道化だぞ……」

テンの疲れたような声が俺たちの心情を代弁していた。


「大丈夫だ。あいつのハッキング能力を考えれば、ここもマークしてるはず。確実に見られた」

そのはずだ。俺は不安を拭うようにバックパックを担ぎなおした。


俺は再び歩き出す。なるべく下へ、下へと向かうように道を選んで。


「マッピングは出来てるよな」

「出来てるわよ。それなりの物を入れたから精度は高いわ」


この地下はマップが無いとまともに歩けないほど道が複雑だ。だから、電脳容量に余裕があったローズに、有料のマッピングアプリを入れてもらった。


この地下道は道が入り組み過ぎている。まるで人を迷わせることを目的としているような非効率的なほど道が入り組んでいる。


その理由は、この『地下』の成り立ちにある。


この地下道は、現在は地下貯水施設として利用されているが、それはここ数十年のことだ。都市黎明期には、地底都市として開発されていた場所だ。


当時、都市外のモンスターへの備えが十分ではなく、『都市軍隊シティガード』による防衛網も存在していなかった時代、地下に何万にも収容できるほどの巨大なシェルターを作ろうという計画が持ち上がった。


だが結局、計画は途中で放棄され、残ったのは深く掘られた蟻の巣の様な空洞だけ。

その後は犯罪者の巣窟にされたり、悪質な『不動産屋』の隠れ家を作られたりもしていたが、数十年前に地下を『焼却』して、水資源が枯渇しがちなこの都市のための貯水施設を建造したのだ。


その結果、この地下には『地下都市建設時の通路』『犯罪者の巣窟時代に増設された通路』『貯水施設建設時に作られた通路』の三つの道が入り混じっている状態になった。


俺達がわざわざこんな面倒な場所に来たのはミレナを捕らえるためだ。ドースの電脳の情報を見て、現状と事件の全貌は見えてきたが、結局のところ、俺たちはミレナを捕え、懸賞金を解かせる以外に平穏を取り戻す術がない。


ミレナを捕らえるためには、彼女をおびき出す必要がある。そのためのステージとして選んだのがここだ。理由はいくつかあるが、まずは敵を絞るためだ。


複雑な地下通路を徘徊する機械を掻い潜って追跡することが出来るのは優秀なハッカーか俺の様な五感を持つ者を有するパーティーのみであり、その時点で面倒な『賞金稼ぎ(外野)』を振り落とせる。


そしてこの地下は、通信状況が最悪だ。犯罪者が巣窟にしていた時代、馬鹿が大出力ジャマーを置きまくったらしく、今もなお作動しているそのジャマーと地下という環境のせいでハッカーにとっては最悪の場所だ。


だからこそ、遠隔地から『操作』するのは不可能であり、何が何でも俺達を殺したいミレナは危険を覚悟で誘いに乗るしかない。


後は、出来ればでいいが都市外へと繋がる『隠し通路』を見つけることだ。例のジャマーを設置した犯罪者どもは、都市外との密輸やいざという時の逃走経路として、都市外に繋がる通路をいくつも掘っていたらしい。


そのほとんどは、のちに都市が発見し、埋められたらしいが噂では今もいくつか隠し通路が残っているのではないか、と言われている。


この噂は有名で、都市に来てまだ半年ほどの俺ですら知っている話だ。

当然、ミレナも知っているはずだ。彼女が俺たちがここに逃げ込んだと知ったとき、都市外に繋がる『隠し通路』を使って逃げるつもりではないのか、と疑ってくれないかという期待もある。


そんなわけで俺たちは、地下を進んでいるのだ。


TM-10を避けながら、深く深くへと進んでいくと段々と機械と遭遇する回数が減っていく。


それに伴い、通路も整備された白いコンクリートの壁から所々がひび割れた古い通路へと変わっていく。かと思えば、少し進めば通路はきれいに、遠くの機械の駆動音も聞こえてきた。


恐らくここら辺が境目だ。俺たちは段々と放棄された旧通路へと向かっている。

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