雨天寒風

「はあ、これで全部か……」

ソラは刀を地面に突き立て、息を吐く。その周囲には刻まれた屍が散らばり、〈蒼凪〉の吸った血の量を物語る。


一見、ソラ達が有利に見えたホテル前広場の戦い。だがその実態は、ソラ達の『リソース』が尽きる前に敵を皆殺しにできるかというぎりぎりのタイムアタックであった。


いくらソラがその場に居る《賞金稼ぎ》たちを超える戦闘力を持っていたとしても、その体力、弾薬、エネルギーは有限であり、群がられれば、数で押されて死ぬ。


当然だ。たった数人の強者で戦況を覆すことなどできないのだから。


ソラやローズに敵が集まらないための機銃ではあったがその弾薬も有限。

撃ち切れば無防備になったテンは車から引きずり出され、殺されていたかもしれないし、冷静さを取り戻した《賞金稼ぎ》たちによって、ソラ達も各個撃破されていたかもしれない。


これは、そういう戦いだった。ソラ達は安堵の息を吐き、今更ながら冷や汗を流した。


「行くぞ。乗れ、お前ら」


ひとまずの敵を倒せはしたが、未だ俺たちは追われる身。のんびりと勝利に浸ることは出来ない。俺たちは足早に装甲車に乗り込み、次の目的地へと向かう。


座席に座り、最後にホテルを見る。この都市で唯一、『平和』を勝ち取った安息地。だがその実態は、屍と恐怖の山の上に築いた不落の要塞だった。


最もこの都市らしくない場所であり、この都市らしいとも言えるそのホテルの窓に人影が見えた。

車窓に嵌められた鉄網ごしではその全貌は見えなかったが、満足そうに笑っている気がした。


◇◇◇


俺たちは、都市郊外の高台に来ていた。この辺りは小高い山の上を切り開いた場所であり、右手からは都市を一望できる。


ここは、プラジマス都市とは思えないほど静かだ。緑が多く、それでいて道も街路樹も整備されている。


立ち並ぶ建物も小じゃれた一軒家が多く、どれもオリジナリティと高級感を醸し出している。リゾート地、という言葉が思い浮かぶ。都心部からは遠く、交通の便は悪いが、住み心地はよさそうだ。


俺は扉を開き、車外へ出る。その途端、大粒の雨音が轟々と響く。鬼雨と呼べるほど激しい大雨は、追跡者の眼から俺達を阻んでくれる慈悲の雫だ。


「ここで待ってるぞ!」

「ああ!あんまり近づきすぎるとバレるから、気を付けろよ」

「幸いにもこの雨だ!視界は悪いから大丈夫だろう」

窓を叩く雨音に負けないよう、少し声を張って答える。


大勢で押しかけるのも迷惑だろうから行くのは俺だけだ。まあ、相手からすれば、俺が行くのが何よりも迷惑だろうが。


黒いレインコートを着込み、顔を隠した俺は〈オリゾンR2114〉とダガーだけを装備している。〈蒼凪〉は目立つし、単純に邪魔だ。


それに、一応あの刀も電子機器の類になる。それを持って相手に会うのが怖かった、と言うのもある。


大粒の雨が地面を叩く。それは土を濡らし、植物を潤し、濃い緑の香りが漂わせる。

この辺りでは珍しい大雨は、荒野に振る天の癒しに思えるが、それは誤りだ。


この雨は、人工物である。都市から東にある大遺跡にある天候管理システムが暴走し、稀に雨雲を吐き出すのだ。


ジャマーを含んだこの雨は、薄く広く、電波を阻害する。弱い通信は阻害され、通信速度も大きく低下する。


視界を阻むこの雨は追跡者たちにとっては大きな障害であり、そして《ハッカー》にとっては致命的な足枷だ。


脳筋三人組の俺たちには害は少なく、都合がいい。


人通りのほとんどない道路を我が物顔で進み、俺は一軒家の近くに辿り着いた。

ゴシック調の金属柵に囲まれた年季の入った家だ。だが、よくよく目を凝らせば、植木の陰や玄関の脇に小さな高性能カメラが仕込まれ、屋敷の周囲を監視している。


屋根の縁には遠隔制御の機銃が付けられており、この屋敷の厳重過ぎるほどの警戒網が見て取れる。この様子では、『戦闘用人形アサルトロイド』の類もいるのではないだろうか。


俺は使われた形跡のほとんどない呼び鈴を押す。音が鳴り、来客を知らせるが、数十秒経ってもそれに答える声は無い。留守なのか。それとも息をひそめているだけか。


「話がある。危害を加える気は無い」

相手が聞いている前提で話す。


「……俺にも余裕が無い。無理やりにでも押し入るぞ」

ダガーを引き抜き、扉に向ける。もしも家主が留守なら滑稽この上ないが、これ以外に手はない。

返事は、やはりない。


「………悪いな」


ダガーを引き絞る。固い鉄の格子は、堅固に外敵を阻み、そびえ立っているが、俺の腕力なら断ち切れる。


少し錆びついた鉄格子。そこから覗く何度も歩き、踏み鳴らされた下草が生活感と住人にとっての思い出といえる時の経過を感じさせる。


俺は僅かな罪悪感を抱きながら、武器を振り下ろそうとした。


「……何をしているんですか?」


だが俺の蛮行は、冷ややかな声音によって止められた。振り返り、声の主を見る。青みがかった髪を持つ小柄な少女。刺々しいその声音は初めて会ったときから変わらない。


彼女は両手に紙袋を持ちながら警戒心を露わにしている。見たところ、戦闘服でもない。今日は完全なオフで買い物に出ていたようだ。


「あ、いなかったんだ……」


ほんとに、いなかった。ただの留守だった。


それを自覚すると、顔がほてるのを感じる。恥ずかしっ!


「……いるいないの問題ではないでしょう。なんて野蛮な………」


『瑠璃の珊瑚』のハッカーであるレインは、俺の持つダガーを見て侮蔑の言葉を吐いた。

おっしゃる通りです。


「話があるんだが」

「……いいでしょう。少し待っていなさい」


以外にも、素直に話を聞いてくれることになったレインは、そう言って家に入っていった。電子制御の扉が独りでに開き、レインが通った後はすぐに施錠される。


俺、軒下にも入れてくれないんだ………

欠片も無い好感度と地に落ちた信頼を感じ取り、少しへこむ。雨が酷く冷たかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る