狂乱戦

合図が出た。俺は遠くで聞こえる走行音を聞き取り、エントランスの扉を潜る。その俺の後を慌ただしく《賞金稼ぎレッドハンター》二人が追いかけてきた。


俺が逃げると思ったのか、彼らは身を隠すこともせず、駆け足で俺との距離を詰めてきた。

好都合。心の中でほくそ笑む。


「おい、待ちやがれ!」

2人が扉から足を踏み出し、終えた瞬間、青閃が煌めいた。


振り向きざまに抜き放たれた刀は青い熱閃を纏い、男二人の首を焼き切った。音は無い。ただ、切り離された無様な顔の頭が二つ、ごとりと地面に転がった。


焼かれた切断面からは微かな焦げ臭さが漂うが、血が噴き出すことは無い。まるで人形のように死に気づいた体が横たわる。


「そこは敷地外だ」


俺はエントランス前に立ち、十字路を眺める。隠れている者、車両の陰に隠れ、こちらに銃器を向けるもの。様々だが彼らは撃たない。


後ろにあるフィーネホテルに当たれば全てを失うから。そして近づかない。この中に俺の『居合』を見切った者がどれだけいたか。


彼らの異様な警戒の仕方を見れば、大体の実力は分かった。俺達と一対一で勝てる者はいないだろう。


元より《賞金稼ぎレッドハンター》は《傭兵ウルフ》のように荒事専門の何でも屋ではなく、どちらかというと《暗殺者アサシン》のような対人特化だ。


それも戦闘用義体者相手ではなく、表の権力者や『企業コーポ』の人間が相手なので隠密能力やハッキング能力が重視される。


アサルトロイドやモンスターと対峙することもある《傭兵ウルフ》のように高速戦闘に対応した即反応神経系を入れているものはほとんどいない。


賞金稼ぎレッドハンター》の中にも、お前、《傭兵》か《軍人》になれよ、と言いたくなるような変人もいるが、幸いにも俺を近距離で捕えようとするものの中にはいなかった。


「意外と使えるな」


ネットに転がっていた『一から始める刀講座シリーズ』を見ただけだが、基礎的な動きぐらいは真似で来たみたいだ。


今まで使っていた短剣とはリーチも重さも違う武器は使いづらいが、それでも刀のリーチと破壊力は俺の選択肢を増やすだろう。


できれば、専門のプロに刀術を教えて欲しいが……。《軍人》向けの剣術道場にでも行ってみようか。


そんなことを考えていると、俺から見て右手の道路から飛び出してきた大型の装甲車がスリップしながらホテル前に突っ込んできた。それは俺の真横で停車した。


「よう、兄弟!新しい武器はそれか?いいじゃねえの」

金属網で保護された窓越しにテンが呑気なことを言ってくる。


「余裕じゃねえの。結構いるぜ?」

「ハンッ!このデカブツが見えねえのか?あんなの者の数じゃねえぜ」

「どうでもいいけどさっさとするわよ、馬鹿二人」


ローズの言葉で意識を切り替える。そうだ、俺たちはまだ死地にいる。俺達を取り囲む《賞金稼ぎ》たちも逃げない俺達を見て、何かを感じたのか殺気立つ。


それは正解だ。フィーネホテル脱出作戦第一、光学迷彩を発動させたローズが三人の全財産をつぎ込んで手に入れた装甲車を、廊下で待機するテンの真下まで持ってくる。俺はそれに合わせ、ホテルを出る。


そして作戦第二。これはシンプルだ。ホテルを包囲する《賞金稼ぎ》共を皆殺しにする。わざわざホテルまでついて来るような熱心な乞食共は例えホテルを離れても追って来るだろう。なら、全員纏まっているこの場で皆殺しにした方がいい。


この第二段階に関しては、普段平和主義で常識人を気取っているテンも賛成した。

というわけで、作戦開始。


俺たちが買った装甲車にはオプションパーツで天井に機銃が付いている。テンの操作に従い、機銃が鎌首を持ち上げ、起動する。


「――――――――あの野郎っ!!」

誰かが叫んだ。そしてその予想は正解だ。ご褒美をあげよう


引き金が引かれ、鉛玉がばら撒かれる。扇状に機銃を操作することでホテル以外の全方位を銃弾で撫でる。逃げ遅れた勇猛果敢なものはなすすべなく機械の身体をスクラップへと変えた。


咄嗟に車両を盾にした者も、当たり所が悪ければ貫通した弾で重傷を負い、いち早く場所が悪いと察知し、逃げ出していた者だけが無傷でやり過ごすことが出来た。


「くそっ!あいつら!」


背後から鳴り響く銃撃音から逃げるように男は足を必死で回した。


男は《傭兵》だった。《賞金稼ぎ》の知人に誘われ『包囲網』に参加していた。他の《賞金稼ぎ》に先んじて賞金首を手に入れるため、最前列にいたため、彼からは三人の姿がよく見えた。


初めから、借金をかたに半ば無理やり連れてこられた仕事。だからこそ、男は今回の仕事への意欲は低く、それゆえ欲に溺れることなく『状況』を客観視で来た。


――《傭兵》が逃げることなく立ちはだかっている。しかもフィーネホテルの前で。


彼は自身も《傭兵ウルフ》だからこそ、おぞけが走った。

《傭兵》は、都市の住人が思っているほど粗忽者でもなければ、愚かでもない。


いわゆる、犯罪界の『何でも屋』である《傭兵ウルフ》は裏の世界では最も人数が多く、競争が激しい。捨て駒にされることも何度もある。


そのため脱落者も多く、だからこそ、名を挙げた《傭兵ウルフ》ほど、狡猾で生き残るための何かを持っている。


『赤薔薇』は間違いなくその一人。だが銃口の数が多いこちらの方が有利なのは変わりはない。奴らはここで終わる。


そのはずだ。だが、逃げない。怯えてすらいない。


それが意味するところを理解し、悪寒が銃声と言う最悪の形で証明された瞬間、男は仲間に逃げろと叫びながら戦場に背を向けた。


獲物を追い詰めたと油断していた《賞金稼ぎ》共を掻き分け、何とか誰かの車両の陰に逃げ込んだ。そして、今も途切れずなり続ける単一の銃声を聞き、何が起こっているのかを理解する。


「あいつら、ホテルを盾にしながら戦ってる……!」


狂ってる。ソラ達の戦法を理解した男はそう結論付けた。


フィーネホテルは絶対平和。もしもホテルに銃弾が飛べば、凄惨な私刑を受けることになる。そのため、ホテルを背にすることで敵の銃撃を防ぐというのは理にかなった戦法だ。


それがこんな狂乱状態でなければ、だ。もしも恐怖に駆られた《賞金稼ぎ》がでたらめに引き金を引き、その弾がホテルの当たれば、全員死ぬ。《賞金稼ぎ》たちもソラ達もだ。


互いの身体を紐で繋いだまま、崖の上で殺し合ってる。これはいわば、そういう状態だ。

いずれ誰かが装甲車に撃ち返し、それがホテルに当たる。そう思っていた。だがいつになっても機銃以外の銃声がしない。


「なんだ、あれ……」


そして男は見た。その原因を。銃を刈り取る黒赤の流星を。


並べられた《賞金稼ぎ》の車両の間。そこを尋常ではない速度で跳びまわり、銃を構える者を切り裂いているのは、黒髪と赤髪の剣士、ソラとローズだ。


通信で機銃の軌道を知らされている二人は、その驚異的な足で走り回り、を片付けていた。


ローズは当然、電脳通信で。そして携帯型の通信端末しかもっていなかったソラも、いい加減アクセサリー型の通信端末を購入した。


腕輪型の網膜投射式の通信端末は、いわば外部的な電脳。ソラの五感に干渉し、テンとローズに通信を繋ぐ。


2人は効率的に敵を刈り取る。派手な機銃とは裏腹に、敵を殺しているのは主に二人だった。派手な機銃を囮に驚異的な速度で裏に回り、背後から敵を殺す。


それは『戦車』の如き装甲車と高い機動力、白兵戦能力を持つ二人がいるからこそ、可能な無茶だった。


刀を振るう。真上から振り下ろす一撃は、見る者が見れば笑ってしまうほど不格好で理にかなっていないものだったが、巨人の如き腕力で振り下ろされれば笑えるものもいない。


エネルギーブレードを展開せずともその一撃は義骨を容易に切断し、敵を真っ二つにする。その武器は刀として完成しており、高い耐久性でソラの力に耐えている。


「おまえっ――」


ソラの存在に気づいた男が銃口をこちらに向ける。その動きは、義体者特有の凄まじい反応だったが、それでもまだ遅い。


ソラは敵が引き金を引くよりも早く、踏み込み、刃を振るう。刃先が銃身に届き、弾き飛ばす。ソラはそのまま足を引き、肘鉄をくらわした。


よろめいた敵を一閃。焼き直しのように敵が断たれた。『戦闘用義体者』でもまだ遅い。


ソラの最大の武器は第六感とも呼べるほど鋭い野生の勘でも大型義体者を超える腕力でも無く、ソラに匹敵する力と神がかった武術を収めたバーンですら、勘で捉えるしかないその圧倒的な速度だ。


動きに対応するのならば、ローズの様な機動力特化の脚と眼を積むしかない。


「うん、振りは遅いが、リーチがあるのはいいな」

ソラは満足したように頷いた。そして、その視線が男へと向いた。


「ひっ――」


感情の伺えない漆黒の瞳。生身の肉体が持つ生命力と威圧感は、男に原初の恐怖を思い出させた。手に持つ銃が途端に頼りなく思えてきた。中途半端に構えられた銃が行き場を探すように小さく揺れる。


「ま、まって……」

それは、蛇に睨まれたカエルのように固まっていた男が絞り出した最後の言葉だった。視界が回る。流転して、ぐちゃぐちゃの色彩になった世界が男が見た走馬灯だった。

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