チェックアウト

扉を開き、廊下に出る。鍵は返す必要はない。

扉はIDで完全に管理されているため、自動でロックされ、会員証を持つローズ以外には開けられない。

もう部屋には戻れないが、返って来ることは無いので関係はない。


俺は廊下を進み、エレベーターへと向かう。運良く、止まっていたエレベーターに乗り込み、階下へのボタンを押す。


「閉」のボタンを押し、扉が閉まっていくが、完全に締まり切る前に何者かの手がそれを阻んだ。


「ちょっと邪魔するぜ」

武骨な鈍色の義手に続き、現れたのは派手な色のライフルを持った男二人だ。にやつく顔で彼らはエレベーターに乗り込んだ。


「おーおー、誰かと思えば、あの有名な賞金首くんじゃーん。サインくれよ」

銃器をちらつかせながら何が面白いのか笑い続ける。


当然、偶然なわけがない。こいつらは恐らく《賞金稼ぎレッドハンター》。ホテルの値段を吊り上げた一味の一人だろう。


廊下で俺たちの部屋を見ていたのもこいつらだ。

俺がホテルから出るのを待って、後をつけてきたのだ。


「…………」

俺は彼らを無視してエレベーターが下るのを待つ。俺を挑発するようなことを言ってはいるが、こいつらもホテル内では行儀よくするしかない。

それは俺もだから黙らせられないのが面倒だが。


「ちッ。愛想のねえ野郎だ。……もうすぐ死ぬんだから人には優しくして神様に媚びとけよ、なぁっ!」


男は足を振り上げ、俺の真横の壁を蹴りつける。僅かにエレベーターが揺れ、男の義体の性能が高いと分かる。


「なあ、てめえとあともう一人のデカブツの居所は分かってんだよ。後はあの女だ。あのそそる体つきした赤髪はどこいったんだぁ?まだ部屋に居んのか!ああ!?」


チーン、と音を立て一階に到着した。俺は邪魔な男を押しのけエレベーターを降りる。


奴らは苛立つように足を踏み鳴らしたが、結局何もできず黙って俺の後をついて来る。俺はエントランスの扉付近で立ち止まる。念のため、外からの狙撃も警戒し、柱の陰に隠れた。


周囲を見渡すと、同業者と思しき《傭兵ウルフ》が面倒ごとを嫌うように俺の周囲から離れて行く。だが対照的に、俺に視線を向け、見張っているとアピールしているのは《賞金稼ぎレッドハンター》だろう。


フィーネホテルには現在、多数の賞金稼ぎ達が集っている。それも当然だ。

多額の金額を掛けられた賞金首が複数、纏まっており、しかも居場所まで割れているのだ。鴨葱カモネギどころではない。


だが、素行の荒い犯罪者どもも、このホテルの中で争うことはできない。

いかに無法者揃いの賞金稼ぎ達だとしても、『ギャングの法』は破れない。


『絶対不戦』の誓いを破った者たちがどういう末路を辿るのかは、ダークネットの動画で、あるいは消えた同僚の無残な末路で知っているからこそ、この場所を何よりも恐れている。


だからこそ彼らは、ホテルの法に背かぬ形で罠を張っている。ある者は群れることなく個人でホテル前に身を隠し、またある者は徒党を組んでホテルの値段を引き上げ、自分たちも内部に潜入して標的俺たちをマークした。


今現在、ホテル内にはソラ達を狙う賞金稼ぎ達が10人以上いる。外で待ち構えている者を合わせれば、その数倍を超えるだろう。


だが彼らは今、数手に別れている。そのうちの一つがソラを追っている二人組である。そしてもう一つが一時間ほど前に部屋を出て、廊下にのテンを見張るグループ。最後が、未だ部屋から出てこないローズを見張るグループだ。


ここまでは想定通り。後は合図を待つだけだ。俺は柱に背を付け〈蒼凪〉を握りしめた。


◇◇◇


『こっちは正面エントランスから動かねえ。動きがあれば伝える』


窓辺へ体重をかけ、立つ大男――テン――を見張っている《賞金稼ぎ》の男は、臨時の同盟を組んでいる男からの報告を聞き、厳めしい声で了解、と短く返した。


――何かが動き出そうとしている。


ベテランの《賞金稼ぎ》である彼は確信じみた予感を抱く。

突如、三手に別れた対象。逃げるでもなく、ただホテル内で突っ立っている。


――救援を待っているのか、あるいは、囮


「そっちの動きはどうだ?」

『無いな。外の連中からも連絡はねえ』


男はソラ達が泊まっていた部屋を見張っている仲間たちに連絡を入れる。だが予想した動きはない。窓から出た、ということもない。


あの部屋は外からも見張られている。身体をホテルから出した途端、狙撃されるだけだ。


――本当に室内にいるのか……


男は疑いを抱く。彼は対象の三人の中で『赤薔薇レッド・ローズ』を最も警戒していた。残りの二人に関しては、運転技術に長けるテンは車両に乗らせれば厄介だが、戦闘技術はさほど高くない。


新人ルーキーのソラは最近、名声を上げているがまだ傭兵歴半年ほどしかない。いかに優れた能力を持っていても、経験の足りない新人を彼は恐れていない。


だが、『赤薔薇』は違う。戦闘能力に特化した『前衛』であり、経験、技術ともにずば抜けて高い。


正面からやり合えば、《傭兵ウルフ》と比べて戦闘能力が劣る《賞金稼ぎレッドハンター》をどれだけ揃えても斬り殺されるのがオチだ。


だからこそ、最大の脅威である『赤薔薇』の行方が分からないのは不気味だった。

だが、男が考えを纏めるよりも早く、テンが動いた。おもむろに窓を開け、そして身を乗り出した。


「――なっ!」


テンは4階の高さから飛び降りる。義体のテンにとって怪我をするような高さではないが、まさか飛び降りるとは思わなかったため、男は意表を突かれた。


外にも当然、狙撃手がいる。飛び降りても、待ち構えている《賞金稼ぎ》たちが彼を襲い、その全身を喰らい尽くすだろう。そんな自殺をするとは想定外だった。


だが男の驚愕はさらなる驚愕に塗りつぶされる。


『まじいぞ!装甲車だ!』

「――っ!救援か!」


外部と連絡を取っていたテンが救援の到着に合わせ、逃走した。男はそう考える。だが、それもまた違う。


『違う!ホテルからだ!』


――ホテル?ホテルから装甲車だと……!


「『ルームサービス』か!」

男は車両の正体に思い至る。


フィーネホテルは宿泊した《傭兵》のために、物資を代理で取り寄せ、販売するサービスを提供している。


彼らは専属の《調達屋ラット》を雇っており、何でも用意する。武器も薬も車両もあるいは人間も。


ちょうど、テンがいた場所の真下は、ホテルの駐車場と外の通路を繋ぐ連結路だった。テンは4階から真下を走る装甲車へと飛び乗ったのだと男は悟り、そして自身の思い込みを呪った。


当然男達もソラ達が車両を調達し、逃げ出す可能性を考えていた。奴らの中には化け物染みた運転テクニックを持つテンがいるのだ。当然警戒する。


だが、駐車場に入れるのはホテルの使用者のみであり、宿泊している《賞金稼ぎ》の人数が少なく、駐車場まで見張りの眼が行き届かなかった。


そして何より、当の運転手であるテンがここにいた。それが無意識下で男達から『車両』という逃走手段を除外していた。


優れた技術を持つ運転手。その存在を開示し、見せびらかすことで、車両から目を逸らされたのだと男は気づく。


『おい!ガキの方もホテルを出た!追うからなっ!』

エントランスでも事態が動く。テンの動きと連動するようにソラもまた動き出した。


「なっ、おい、勝手に動く――くそっ!外の奴と連携して装甲車を止めろぉ!!」


チームのリーダーをしている男は、ソラを見張っている男たちの独断を止めるが、彼らは既に電脳通信を切っていた。所詮は獲物を追うために臨時で作った即席チーム。


『逃げる一億クレジット』を前に、止まることは無い。


外の仲間に車両を止めるように指示は出したが、それが成功するとも思えなかった。なぜなら装甲車両にテンが乗り込んだのだ。

一般車両でも厳重警戒のホテルまで突っ切った奴が操る装甲車両を止められるとは思えない。


『俺達も下へ行かせてもらうぞ!』

そして独断専行は続く。ローズがいるであろう部屋を見張っていたチームが慌ただしい足音と共に通信を入れてきた。


『走行車両を動かしてたのは『赤薔薇』だろ!ならここにいる意味はねえ!』

そうだ。男は唇を噛む。『ルームサービス』を使えるのはホテルの宿泊客だけ。駐車場に入れるのも宿泊客だけ。なら、答えは簡単だ。ホテルの外まで車両を運転していたのは唯一姿が見えなかったローズだ。


「いつ出やがったっ!!」

ホテルの部屋は見張っていた。マイクロドローン、赤外線カメラ、ハックも警戒し、非義体者の肉眼でも監視していた。あらゆる手段を使い、ホテル内もホテル外も見張っていたのに!


部屋に1人、廊下に1人、エントランスに一人いたはずなのに、気づけば全員外にいる。《賞金稼ぎ》たちは見事にのだ。


リーダーは出し抜かれた屈辱と好き勝手動く仲間たちへの苛立ちを吠えながら、テンの後に続くように窓から飛び降りた。

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