《傭兵》と”ウルフ”
二日後、俺たちは時間が許す限りの休息を取り、身体と精神を癒した。ローズの義体はフィーネホテルの《
だが俺の傷は当然、二日程度では癒えなかったため、万全とは程遠い。できればもっとここで休みたかったのだが、テンの語った通り、外の《賞金稼ぎ》共はホテルの部屋を押さえ、宿泊費を高騰させた。これ以上は資金の問題で泊まれない。
俺はホテルの一室でドクに貰った鎮痛薬を吸引する。
「はあ……」
胸部の違和感が波が引くように消え、薬効が身体に染み渡る。室内には俺しかいない。二人は既に作戦の配置についており、俺は部屋で武器の受け取りを待っている。
俺がホテルに取り寄せるように頼んだ武器は特殊だったため、時間がかかったのだ。
俺は壁際のホロビジョンで姿を確認し、部屋の扉を開ける。そこにいたのは、高級感あふれる黒スーツに身を包んだ壮年の男だ。
白髪の髪は男を年齢よりも老けて見せるが、芯の通った立ち方、揺るがぬ笑みが、礼節の中に確かな迫力を見せる。
「早朝より失礼いたします。お待たせいたしました、ご依頼の品をお持ちしました」
「ありがとうございます」
「中に置かせていただきますね」
彼はワゴンを室内へと運び込んだ。俺は扉を閉めるついでに、周囲へと視線を巡らせる。人影はない。だが、確かに何者かの視線を感じる。
俺達がフィーネホテルに泊まり、二日。すでに部屋は割れ、マークされているということか。
荘厳な廊下を見やる。温かな電灯に照らされる長方形の通路は、今や口を開き待ち構える蛇のように見えてくる。
俺はそんな妄想を振り払い、静かに扉を閉めた。
「まずはこちらを」
彼は二振りの鞘に収まった短剣を差し出した。黒革の鞘に納められたそれを手に取り、抜く。
緩やかに湾曲した赤い刀身は両刃であり、俺が以前使っていた短剣よりも分厚い。切れ味は黒の短剣よりも劣るだろうが、その分、耐久性と破壊力は勝るだろう。
「続いてはこちらでございます。取り寄せるのに時間はかかりましたが、その分、ご満足いただける品となっております」
彼は確かな自信を滲ませ、一振りの刀を差しだす。そう、俺は砕けた短剣の代わりに
黒鞘に包まれた武骨な長刀。回路じみたラインの走る丸柄を引き抜くと、中から現れたのはそりの浅い黒の刃だ。
「剣製に長けた南重工製。いわゆる、『
大昔、ビルタ遺跡より発掘された刀のダウングレード版ですが、現造品の中では最高の切れ味、耐久性を持ちます」
「また、特殊な機能も保有しております。……ソラ様、
「あ、はい。これですね」
俺は言われた通り、人差し指で回す。すると、軽い起動音の後、刃先に青い輝きが宿った。
「柄内にバッテリーにより、刃先にエネルギーブレードを形成できます。替えのバッテリーもご用意しております」
黒スーツの彼は、長方形の刀を収めるケースを指さした。その中には、円柱形のバッテリーが幾つか並んでいた。
「ありがとうございます」
「いえ、それが私共の仕事でございますので」
わずか数日で、彼らは俺の望むモノを全て用意してくれた。おかげで貯金は吹っ飛び、バイト時代並みに寂しいことになったが、満足だ。
「……刀を頼まれるとは思ってもいませんでした」
彼は、俺が刀を欲しがったのを不思議がるようにそう言った。彼もフィーネホテルの従業員だ。俺のバトルスタイルを知っていたのだろう。二振りの牙を振るい、疾駆する「敏捷剣士」の俺を。
「俺も、刀を頼むとは思いませんでした」
もしもこれが数日前ならば、俺は変わらず短剣を頼んでいただろう。武器など、手足の延長に過ぎないと思っていたのだから、身体の動きを邪魔しない短剣を望んだはずだ。
だが俺は知った。疾さも鋭さもねじ伏せる力と技を。脳裏に蘇るのは男の一撃。
僅か三撃の斬撃で俺を打ち砕いた『武人』。
俺があの男に大きく何かが劣っていたとは思わない。疾さは俺が上、動体視力も手数も勝っていた。それでも俺は、完膚なきまでに負けた。
勝者と敗者を分けたもの。それはきっと、技や経験であったり、武器への信頼でもあったはずだ。
技も経験も埋められない。ならせめて、その牙を伸ばすしかない。長く、鋭く、重く。それが刀だったというだけだ。
短く返した俺の言葉に、彼が何を思ったのかは分からない。だが小さく、頷いた。
「……このホテルの成り立ちをご存じですか?」
「え……。いや、知らないです」
突然話が変わり、胡乱な声を返す。
「このホテルは、都市創設期に存在した『五ノ犬』と呼ばれる五つの力あるギャングたちが、不可侵の条約を結ぶために作られました。当時は争いを終わりにするための場。だからこそ、フィーネホテルと名付けられました」
「ですがそれは、罠だったのです。『五ノ犬』の一つは都市と手を組み、他のギャングを一掃しようと試み、軍隊までもを動員しました。そして会談当日、このホテルを襲撃したのです」
それは……話を聞く限りでは絶望的な状況だ。
「ですが軍隊はたった一人の男に、僅か一時間ほどで殲滅されました」
「…………それは、実話ですか?」
あり得ない話。まるで出来の悪いコミックヒーローの様な英雄譚だ。揶揄っているのかと、怒鳴り返しても誰も文句を言わないだろう、それほどいかれた実績だ。
だが、男は微笑を浮かべ、頭を縦に振った。
「単騎で軍隊を屠った男の名は、ウルフェン・ヴァイン。プラジマス都市を犯罪都市として確立した男であり、この都市の《
俺は男の名と《
「…………ああ、《傭兵》の“ウルフ”って」
「ええ。彼の成した偉業にあやかろうと、後に続く者たちが名乗り始めたのです。やがてそれは固有名詞となり、由縁は忘れられましたが」
前々から不思議に思ってはいたのだ。なぜ、《傭兵》を意味する言葉が《ウルフ》なのか。そんな由来があったとは知らなかった。
「それで、その後はどうなったんです?」
「………ウルフェン・ヴァインはその後、行方知れずに。条約は裏切り者を除いた4団体で締結され、それ以降、このホテルは平和の象徴として不可侵となったのです」
今も、当時の『五ノ犬』の方々が支援してくださっているお陰で、ホテル内には争いが無いのです、と続けて語った。
ギャングの暴力と恐怖の上に成り立つ平和とは皮肉そのものだが、確かにここは穏やかだ。この都市に来てから初めて、絶対的な安全と言うものを味わえた。
「なぜその話を?」
「このカードを渡す者には、この話をすることにしているのです」
そう言って彼は、銀色のカードを差し出した。俺はそれを受け取り、読む。
裏面にはホテルの紋章。そして表には、俺の名前と《
「ホテルの会員証でございます。今後、このホテルを利用される場合には、このカードをご利用ください。スキャナーで読み込めば、ネットでのご予約も可能ですので」
「え?これってすごいレアなんじゃ……」
「はい。転売等はご遠慮ください。では、わたくしはこれで。失礼いたします」
彼は用事は全て済んだとでも言わんばかりに、荷台を押し、部屋を出て行った。
「何だったんだ、今の人……。まあ、いいか。俺もいかねえと」
忘れていたが、ローズとテンを待たせているのだった。俺は刀を入れていたケースを肩掛け紐を使って背負う。そして新しい刀、《蒼凪》を片手で持つ。これで準備は終了だ。
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