手掛かり
「帰ったわよ」
部屋の扉が開き、ローズが帰ってきた。
「おはよう。手間のかかる僕ちゃん」
ローズは悪戯気に笑い、からかってきた。
「足は治ったか?華奢なお嬢ちゃん。―――――――痛っ」
煽り返したらルームキーをぶん投げてきた。その動きに足を庇うような不自然さは無かった。どうやら足もきちんと直してもらったようだ。
「まだ戦闘は無理だけどね」
古い『遺物』だから、と付け加え、ローズはベッドに腰を下ろした。
「んじゃあ、これからのことを話し合うぞ」
テンの言葉に、俺とローズは真剣な眼差しを向ける。今の俺たちは変わらず窮地だ。俺たちは《賞金稼ぎ》にも《警察》にも追われていて、安全地帯のこのホテルも見方を変えれば袋小路。
外には数多の『
ここから先は一手でも間違えれば、死だ。
「まず、俺たちに何が起きたのか。それから整理するか」
俺達は訳も分からぬまま指名手配を受け、逃げ、走り、ここにいる。ドース・ウェイブの誘拐とバーンとの戦いが遠い過去に思えるほど、目まぐるしい時間が過ぎていった。
「ハメられたんでしょ。あのアバズレに……」
ローズが怨嗟の息を吐く。ローズの口にしたアバズレという言葉が何を指すか分からないものはここにはいない。
ミレナ。素性も過去も全てが不明の《魔術師級ハッカー》。彼女が俺たちの前から姿を消した途端、ミレナを除く俺達三人の指名手配の報道が流れた。
今思えば、あまりにタイミングが良く、俺たちは逃げるのに必死で彼女の行方を見失った。
「目的は――金か」
報道には、俺たちがドースを殺したという話はあったが、株価を不正操作したという話は無かった。
ということは、ミレナの狙いはテネス・コーポレーションの空売りで得た資金の独占。そう考えるのが自然だ。そのために俺たちの情報を漏らし、亡き者にしようとしている。
「それか『押し付け』か」
ローズが補足を加える。それを聞き、小さく息を呑んだ。
「ミレナにとってもドース・ウェイブが死んだのは予想外ならあり得るわ。罪をアタシたちに押し付けて時間を稼ぎ、その間に金を纏めて都市を出る。そうすれば、アタシたちの電脳から情報が抜かれるころにはあいつは都市外よ」
話の筋は通る。ドースが死んだ時点で俺たちに見切りをつけ、自分だけ逃げる。俺たちを囮にして。
「いや、それでも不自然な点は残るぜ」
だが俺達の言葉に待ったをかけたのは、テンだった。
「まあ、ね」
ローズもテンの言葉に曖昧な同意を漏らす。
「ドースに掛けられてた懸賞金のことか?」
「そうだ。あいつが狙われていた理由が分からねえ」
『闇サイト』でドースに掛けられていた一億クレジットの賞金。あんなものを掛ける理由はミレナには無い。
他の《賞金稼ぎ》たちに狙わせても、仕事を難しくするだけだ。となると、別の誰かがいたというわけだ。俺達と同じ時期にドースの命を狙っていたものが。
それに、バーン・フォーゲンたちが介入してきたのも謎だ。ドースの賞金を狙っていたのか、それとも誰かに依頼を受けたのか。
そして二度にわたる襲撃。橋上の襲撃者も隠れ家を襲ってきた一味も様子がおかしかった。あれは本当にドースの賞金を狙うただの『
テンは口を閉ざし、俺たちの間には沈黙が横たわった。結局のところ、情報が足りていないのだ。
今の俺たちは濁流の中に飲み込まれた一粒の石のようなもの。何も見えず、流されている。
「別に真実なんて知る必要はないでしょ。アタシたちの賞金を解かせて金を取るにはミレナを捕まえる必要がある。それだけよ」
考え込む俺達をローズはいとも容易く一刀両断した。
「そうは言うがな……」
「ミレナを捕まえれば懸賞金は解けるのか?」
既に俺たちは、『闇サイト』だけではなく、表の機関にも賞金を懸けられ、警察に追われている。それをミレナ1人を捕らえただけで解除させることはできるのだろうか。
「そこもおかしいんだよな」
テンが困ったと言いたげに額を押さえる。
「いくらミレナが《魔術師級ハッカー》でも、一人で操作できるほど表の機関は甘くないんだ。指名手配は警察だけじゃなくて、『都市防衛隊』と連名の組織が発行する。
その際、対象の危険度、事件への関与を現場からネットの海まで調べ尽くしてから出されるんだ。今みたいに一人だけを容疑者から外す、なんてことはできねえはずなんだが……」
「つまり、ミレナのバックには誰かいるってことか」
個人では不可能なことが起こっている。なら、背後に誰かいると考えるのが自然。
ミレナのバックにいるなにか。組織か個人かは知らないが、それを仮に『A』としよう。『A』はミレナの頼みを聞き、俺達三人だけを恣意的に賞金首にした。
それができるだけの資金、権力、影響力を持った存在だ。そして賞金を解除できる唯一の存在だろう。
『A』に繋がる手掛かりは今のところ、ミレナのみ。そして俺たちが本来受け取るはずだった『株価操作作戦』の報酬金を持っているのもミレナだ。
俺達の平穏と報酬のためにはミレナを探り、捕まえるしかない。
だがそれが何よりも難しい。俺たちは自由に都市を動けないし、ミレナは《魔術師級ハッカー》だ。ネットから情報を探るのは難しい。
「一応、手掛かりはあるのよ」
ミレナを探すのは無理だと思っていた俺の憂いを吹き飛ばすようにローズはそう言った。
「まじで?」
「ええ、これよ」
彼女が取り出したのは小さな長方形の『石』だ。白い結晶の表面には幾何学模様が描かれ、それが自然の産物ではないことを教えてくれる。
「データクリスタル。前期文明の超大容量情報蓄積デバイスよ。ここにはドース・ウェイブの電脳内の情報がコピーされてるの」
「いつコピーしたんだ!?」
ドースの電脳内の情報ってことは、ミレナが隠れ家で抜き出していた情報のはずだ。それをどうしてローズが持っているんだ。
「アタシが風呂から上がって、アンタを買い物に行かせた後よ」
………ああ、そういえばミレナがどうこうとか聞かれたような気が。あの間に電脳をコピーしたのか。
「いや、何でしたんだ?」
あの時のミレナは不審な点は無かったはずだ。
「……あのね、初めて仕事する相手は信じないのが普通よ。このぐらいの備えはするわ」
俺の疑問に呆れた言葉が返って来る。そういうもんなのか。知らなかった。
「アンタは経験が足りないのよ。それかただの馬鹿なのか」
「ぐぬっ……!」
まんまと出し抜かれた身としては何も言えない。
「ねえ、この仕事であんまり役に立ってないソラ君。アンタは一生アタシの奴隷になるのがいいと思うな~」
嗤笑を浮かべ、嗜虐的に言葉を弾ませている。今日一の笑顔だ。こいつ、好き勝手言いやがって……!
「おいおい、ソラを弄んのは後にしとけ。それよりその中身だ。ミレナに繋がる手掛かりがあるかもしれねえ」
唸る俺にテンが助けの手を出してくれた。その通りだ。こんなS女のプレイに付き合ってる暇は無いのだっ!
「見れないわよ、それ」
「……はあ?じゃあ、使えねえじゃねえか」
こいつ、でかい面してやがったくせに、ごみを見せびらかしていただけなのか?ふざけた奴だ。今度は俺のプレイの番だ!
「はい、馬鹿。ソラ君は知らないみたいだけど、人の電脳内には大量の情報が眠ってるのよ。視覚、聴覚といった五感データから制御用のソフトウェア、蓄積された外部データやそれに結びついたマルウェアとかね。
それこそ、データクリスタルみたいな遺物じゃないと治めきれないほどのね。それを利用可能な状態にするには、ハッカーが必要なの」
「くっ、こいつ、いちいち……」
ふんっ、とローズが得意げに鼻を鳴らした。
「ハッカーか。『瑠璃の珊瑚』のお抱えには頼めねえし、外部に分析を頼もうにも、今の俺達なら思い切り足元みられる……。なんなら売られる可能性の方が高けえな」
どうしたものか、とテンが手を組み、悩み込む。
それに関しては俺にも心当たりが無いため、何も言えなかった。
「アタシも信頼できるハッカーには心当たりが無いわね。この都市に来てからは、ずっと『瑠璃の珊瑚』の子飼いだったし」
うーむ。ハッカーか。……ハッカー。信用できる……。裏切らない?
「あー、お前ら、瑠璃の珊瑚と完全に手を切る覚悟があるなら、心当たりはあるな。腕は信用出来て、裏切らなくさせられる奴の」
そう言った俺に向けるローズの顔は実に愉快だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます