チェックイン

「『フィーネホテル』は《犯罪者》のためのホテルよ」


曰く、その存在は都市伝説。一流の《傭兵ウルフ》になると『招待状』が突然届き、それを『フィーネホテル』へと持ち込めば、絶対的な安全が保障される。


何者もその場所に手を出すことは許されない。例え《企業コーポ》の重役であっても、ギャングの親玉であろうとその場所へと争いを持ち込めば、次の日には不審死を遂げる。


そこからついた名が『フィーネ終わりのホテル』


「とかネットでは言われてるけど、アタシたちみたいな《傭兵ウルフ》には一般常識。ホテルの場所まで普通に割れてる」

「へえ」


そんな場所があるとは知らなかった。聞いた限りでは隠れ家として最高の場所だと思うが、何が問題なのだろう。


「《傭兵ウルフ》が賞金首になった時には、《賞金稼ぎレッドハンター》たちも『フィーネホテル』に逃げ込まれることを警戒する。ホテルまでの道は張られてるから、ホテルに向かうのは自殺行為よ」


まあ、そりゃそうか。絶対的な安全地帯は、絶好の狩場だ。


「確かにホテルまでの道は険しいが、安全は保障されてる。それに《傭兵ウルフ》向けのサービスもあるから、《義体調律師チューナー》も《医者ドク》もいる。今の俺たちに一番必要なもんが全部揃ってる!」


「確かに、今の俺たちのコンディションじゃあ、追手から逃げ出すのは難しい……。冒険は必要だ」


俺達の言葉にローズは否定の言葉を返さなかった。彼女も気づいている。このままでは逃げ切れないと。


「……作戦はあるの?」

そしてローズの言葉は死の袋小路を認めるものだった。

「ああ。説明するぞ――」


◇◇◇


男は車体にもたれかかって紫煙を曇らす。彼の名はフィリップ。プラジマス都市を拠点に活動する《傭兵ウルフ》であり、貧乏くじを引いた男でもある。


「無駄な時間だ……」

「そう言うなよ。来るかもしれねえだろ」


車内に残っていた仲間が適当に答えた。彼は十字路を進む車両のスキャンに忙しく、心ここにあらずといった返事だった。


「お前の経験上、ここに逃げ込んでくる奴は何割だ?」


背後に佇む黒鏡の如き外壁を持つビルを眺める。比較的安全な東部にあってなお、『戦闘』を恐れ人が寄り付かないこの場所は、蟻地獄のような異質な引力を持っていた。


「追い詰められ方にもよるが……10人に1人」

ぜんぜんじゃねえか、と何本目かの煙草に火を付けた。


「だが今回の賞金首は。事件から指名手配までがスムーズ過ぎる。罠に嵌められた奴特有の動きだ。来る確率は高いと思うぜ」


そう言って男は周囲を指し示す。フィリップが指先を追うと、自分たちのように道の脇に車を止め、道行く車両を油断なく見詰めるもの、そして建物の間に潜む『裏の人間』たち。


「あいつら全員俺たちと同じってわけか」

フィリップは嘆息する。例え『賞金首』が来ても、ここまでたどり着く前に死にそうだ、と。


「言わなくても分かってるとは思うが、ここは特別な場所だ」

「分かってる。だから俺に頼んだんだろ」


フィリップは懐に手を伸ばす。硬質な金属がからりと音を立てた。


「つっても来ないと――」

その言葉を遮るように道の先で車両が火を噴いた。


都市の治外法権とも呼べる『フィーネホテル』。そのエントランスへと繋がる道は十字路だけであり、上空から見れば、十字架の上の出っ張りがホテルだ。


そのため、実質的な道は三本。

それが行きかう結合部にさえ辿り着けば、ホテルに入れる。


そしてホテルへのチェックインを成し遂げるべく、テンが出した策は策とも呼べない博打と技術のごり押しだった。


少ない車両間を縫うように黒の普通車が走っていく。明らかに法定速度を超え急ぐ車両は酷く目立ち、狩人たちの眼も引いた。


慌てた動きで車が走り出し、俺たちの背後を追い上げてくる。だがテンのように車両の隙間を掻い潜ることは出来ず、派手な破砕音を立てながら一般車と追突し、火を噴いた。


それは開戦の狼煙でしかなかった。情報共有がされたのか、フィーネホテルへの道に張っていた《賞金稼ぎ》たちが銃撃を始めた。


慌てて身をかがめた俺の頭上を銃弾が通り過ぎる。


「おい、大丈夫か!?この作戦!!」

思わず叫んでしまった。だってテンの作戦は無茶苦茶であり、信じ切れていない自分がいるからだ。


〈作戦名:Trust Me〉

俺の担う役割はシンプルだ。ただ車に乗っているだけ。後はテンのドライブテクニックを信じて天に祈り、臨機応変に対応するだけだ。


言うは易く行うは難し。めちゃくちゃ怖い……!窓ガラスパリンパリン割れてるし、後ろでめちゃくちゃ事故ってるっ!


「…………」


テンは返事をする余裕も無く、けたたましいブレーキ音と追突音だけが響く。

混乱し、不規則に揺れ、加減速する一般車両の動きを全て読み、彼らを操っているかのように合間を縫って走り抜ける。


急減速したテンのせいでブレーキを踏んだ車が後続の《賞金稼ぎ》の障壁となり、時には銃弾を防ぐ壁となった。


フィーネホテルまで、後300メートル。普通に走ればすぐにつくが、《賞金稼ぎ》に追われている現状では果てしなく遠い。

そしてさらに状況を悪化させるのが、時間だ。


混乱は伝染していく。遠くの破壊や死が近づいて来るにつれ、人は冷静さを失い、まるでドミノのように場を荒らす。

それはやがて、テンの処理能力を超えていく。


「んのっ……!くそがッ!賭けに出んぞ!!」


テンは一般車を使い、敵をかく乱することを諦め、歩道へと乗り出した。時折、歩道へと避難した車や人がいたが、それでも障害物は少なく、俺たちの車は加速していく。


だが邪魔が無いのは敵も同じ。今までばらけていた銃弾が集中するようになっていった。タイヤがパンクしたのか鉄が擦れるような不快な音を立てながら走っていく。


「撃ち返せ!」

銃声に負けないようにテンが吠える。


「言われなくても……!」

俺とローズは反射で銃を構えた。俺の手にはサブマシンガン、そしてローズが持っているのは俺が隠れ家の襲撃者から貰った《EAR-4》というアサルトライフルだ。


だが、替えのマガジンはほとんどなく、敵も適当な銃撃で撃ち殺されるような雑魚ではないのでけん制にしかならない。


それでも、俺たちを乗せた黒の車両は、前へと進み続ける。


「いいぞ、テン!このままいけばッ……」

ふと、頭の片隅に電流の様な『予感』が走る。俺はその予感に従い、拳を突き出した。車を操るテンに向けて。


「ソラっ……!」


ローズの驚愕の声を置き去りにし、俺の腕がテンの頭上を通り過ぎる。そして俺の腕を車の屋根を突き破った刃が貫いた。


「ぐっ――!」

鮮血が滴り落ち、テンの肩を緋色に染め上げる。だがテンは集中を切らすことなく、淡々とハンドルを操る。


俺の腕を貫いていたのは、白銀の刃だけのナイフだ。持ち手などどこにもなく、全周が鋭く輝いている。それは俺の腕を貫いてなお、止まることなく下へ下へと潜り込もうとしていた。


「なんだこれッ」


脳を刺すような痛みに耐え、刃を手で掴む。手のひらが切り裂かれ、鋭い痛みが走るが生半な力では止まらない。


俺の抵抗など無視するように刃は傷口へと潜り込もうとする。刃に掛かる力が強いというのもあるが、それでも『人間』の範囲。


押し負けているということは――

(俺の力が落ちてる……!)


明らかに、俺の『超能力サイキック』の出力が落ちている。たかが人間並みの力に押し負けるほどに。


俺が苦戦していることに気づいたローズが刃を握り、引く。二人分の力が加わった刃は肉を裂く鈍い音を立てながら、血を振りまいた。


「外に捨てて!」


俺は血を失い、混濁した脳で反射的に言葉を聞き、割れた窓から放り投げた。それは驚くことに空中で姿勢を正し、車両と並走し始めようとしていた。


だがそれよりも早く、ローズの投射したブレードがそれを叩き割った。


「超能力かよ……!」

念動力。超能力の中ではポピュラーな力だ。


聞いた話ではコミックのように巨大な構造物を操ったり、重いものを持ち上げるほどの出力を持つ者はほとんどいないらしい。


だがそれでも、一キロほどのナイフを人力ほどで操れれば人を殺すには十分すぎる凶器になる。


「――ッ!掴まってろ!揺れるぞ」

車は他の車両を巻き込みながら横転し、転がる。


僅かに残っていたガラス片や車体の塗装をまき散らしながらも、俺たちはなんとかホテル前へと乗り込んだ。


煙を吹き始めた車両から転がるように出る。

――身体が重い……


視界が揺れ、音が遠く感じる。横転した際に頭を打ったのか、それとも血を流し過ぎたせいか。ふらつく俺の身体をテンが支える。


そしてようやく、周りを見た。

周囲に遮蔽物は何もない。三方の道路からは丸見えであり、追い付いた《傭兵ウルフ》たちが銃口を向けている。


――詰み

その言葉が脳裏をよぎる。だがいつになっても鉛玉が飛び交うことは無かった。


「落ち着けソラ。あいつらは撃てねえよ」

テンが俺を暴走しないように宥める。


「もしここで撃ち合いになって『ホテル』まで弾が飛んだら全員殺されるからな。このままゆっくり後ろに下がれ」


後ろを見れば、ローズが《EAR-4》をホテルに向けていた。いざとなれば全員道連れにする。鋭い鉄の銃口が静かにそう語っていた。


『フィーネホテル』は絶対の安全を保障する。そのためにホテルを支配する『彼ら』は敷地内で法を破った全ての者を殺す。例え相手が誰であっても。


弾丸がホテルに当たるまで近づいてしまえば、彼らはもしもを恐れて引き金を引くことは出来ない。それほどまで、この都市の人間はホテルの律を恐れている。


ホテルに続く低い階段を昇れば、そこはホテルの敷地内だ。俺たちはゆっくりと、そして三方を警戒しながらじりじりと後ずさる。


僅か数メートル。その距離が酷く遠く感じる。まるで粘度の高い水の中にいるみたいだ。俺が思考加速を使った時の様な世界。だがその時と違うのは身体が重く、意識が途切れかかっているということだ。


階段を昇り切り、自動ドアを潜る。柔らかな暖房の温かさとドアは閉じたのを感じ、俺は意識を失った。

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