ホテル

薄暗い地下室に沈黙の帳が下りる。あのにやけ面を絶やさないドクすらも唖然とした顔でモニターから流れる音を聞き流している。


「な、なんでバレてんだ!?」

テンの驚愕の声が響く。だが誰も答えは知らない。分かるのは、かなりまずいことになったということだけだ。


「お前ら……短い付き合いになったな。嫌いじゃなかったぜ」

ドクは俺たちの死が確定したかのように別れの言葉を述べ始めた。


クソ腹立つがあながち間違いでもない。懸賞金が付いたということは、今度は俺たちがドースのように狙われる立場になったということだ。

これからは警官だけではなく、《賞金稼ぎレッドハンター》たちも俺達を狙い始める。


「おい、さっさと出ていけ。ここで暴れられんのは勘弁だぜ」


ドクが俺たちに銃を向ける。軽い電子音を立てながら、重厚なライフルの銃口が花開いた。対モンスター用の武器だ。引き金が引かれれば高熱の弾丸放たれ、俺たちの身体を煮溶かすだろう。


「おいおい。患者には優しくしろよ……」

「うるせえな、厄介ごとは御免だぜ。通報はしねえでやるから好きなとこで死にな」


ドクは今にも唾を吐きそうだ。俺はテンとローズとアイコンタクトを交わし、ドクの拠点から出た。


「すぐに乗れ……」


寂れた薬剤店の前の歩道際に置かれたぼろい普通車へと乗り込む。テンがマルスから借りてきた車だ。


道に出た時間は短いが、それでも何人かには見られた。テンが急ぎながら車を出し、その場を離れた。


夜の都市の人工灯が走り去る車窓の中を照らし出す。それすらも隠されていた素性が暴かれるような気分がして目を細める。


対向車に乗っているのは《賞金稼ぎレッドハンター》ではないのか、そんな被害妄想じみた想いすら湧き出してくる。


俺は薬が切れて鈍痛を発するようになった傷口を抑えるために、ドクに貰った紙袋を漁る。いくつかの錠剤を取り出し、一気に呷った。


――身体が万全とは程遠い今の状態で敵と戦うのは無謀。


俺達は全員、銃や弾薬と言った武装が十全ではないし、ローズも歩き方がおかしかった。恐らく、義体に何らかの異常が生じている。


プルルル、とコール音が無言の車内に響く。発生源は俺の懐。手に取って確かめると、カーラからの通信だった。


「出るなよ、ソラ。敵かも知れねえ」

「いや、傭兵でもないぞ?」


カーラはただの一般人だ。裏切られるような関係性でもないし、彼女に賞金首を追う理由もない。恐らくニュースに映った俺を見て、連絡をくれたのだろう。


「ソラ、通信端末の履歴を見てみろ」


だがテンは、よくわからないことを言いだした。俺は疑問の言葉を飲み込み、履歴を見る。


「うわっ。すごい数だ」

通信のみならず、メールまでもたくさん届いている。メールは全て安否の確認を問うものや、今どこにいる?といった内容だった。


不思議なのは、一度仕事を一緒にしただけの会話もほとんどなかった相手からも来ていることだ。


「そいつらの大半はお前を狙ってる。通信を返せば逆探知で居場所を特定して付近の監視カメラの映像から今の服装、車両を割り出すんだ。それを《情報屋インフォーマー》に売るか自分で使って俺たちの首を狙うかは知らねえがな」


俺は今も鳴り響くコール音を切る。聡明な彼女はそれだけで俺が生きていること、そして通信を返せない理由を察するだろう。それだけが今の俺が遅れる唯一の合図だった。


「これからどうする」

重苦しい沈黙を破る。


「まずは隠れ家ね。アタシの脚もいかれてるし、アンタの傷も癒さないと」

当然の帰結だった。だがその隠れ家の当てが俺達には無かった。


「『瑠璃の珊瑚』は頼れないのか?」

俺とローズは外様の《傭兵ウルフ》だが、テンは一応構成員だ。


「無理だ、繋がらねえ。……向こうもギャングだからな。俺達と巻き添えで捲られんのは御免なんだろうよ」

当然と言えば当然だが、見捨てられたみたいだ。ギャングの仲間意識、低い……


「一応、他にも伝手はある。ちょっと待ってろ。『不動産屋』に連絡を取ってみる」

「無理だと思うけどね」


テンが電脳を使い、連絡を取る。やがて繋がったのか、テンがしゃべり始めた。

淡々と現状を説明し、必要な隠れ家を伝える。俺とローズはそれを固唾を飲んで見守った。


どうせ無理だろうと思いながらも、もしかしたらと思わずにいられない。

だが、現実は非情だ。テンはやがて声を荒げ、乱暴に通信を終えた。電脳の繋がりが途絶え、テンの脳から疑似音声が消える。


ようこそ、現実へ。まるでそう言うように、ヘッドライトでも照らしきれない闇が蠢く。


「まあ、そうよね。アタシたちに隠れ家を提供して捕まったら、他の顧客の情報も捲られる。そうなったら『不動産屋』は獄中で不審死」


利害を抜きにして、俺たちを助ける義理は奴には無い。それは当然の話だった。俺たちがどうにかするしかない。


「いちいち言わなくても分かってらあっ!」

声を荒げたテンは、それを恥じるように大きく息を吐く。そうして、冷静さを取り戻すように。そして覚悟を決めた。


「……こうなりゃ、『フィーネホテル』しかねえ」

そう言ったテンに、助手席に座っていたローズが目を見開く。それは、驚愕と言うよりも、相手も正気を疑うような懐疑の表情だった。


「アンタ、いかれたのね……かわいそ」

珍しくローズが優しい。


「ちげえよ!それしかねえだろ!」

「馬鹿?あんなあからさまな場所、張られてるに決まってるでしょ!」

喧喧と二人が言い争う。だが俺には何が何だか分からない。


「何の話?」

「……馬鹿」

息を吸って吐くだけの俺を見て、ローズは一言そう言った。

呟くように言われた言葉が俺の心を抉った。

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