仕事終わり。面倒始まり
薄暗い地下の一室。表の顔として営んでいる薬剤店を下りるとそこには、店の薄汚れた構えからは想像できない設備が揃っていた。
地下室の中央には鉄の台が鎮座しており、その周囲には患者を照らすライトや診察用のスキャナーと言った機材が所狭しと並んでいた。
壁の一角には生々しいピンク色をした生体部品や義眼と言ったインプラントパーツが真空パックに詰められ、掛けられている。
室内の人間は五人。パイプ椅子に腰を下ろすテンとミレナと、壁にもたれかかったまま手術台を睨むローズ。
そして手術台に横たわり、肩を縫合されているソラと《
「い、痛った!?もっと優しく縫ってくれない!?」
「痛いのは生きてる証拠だ。頑丈な体に生んでくれた
――ありがとう。顔も知らないママ。
ソラは心の内で感謝を告げる。
ベルフェイとの戦闘後、駆け付けたローズが見たのは、明らかに肩が両断されかけるほどの重傷を負ったソラだった。
そしてその後、ローズの顔なじみの闇医者の所へ急いで連れていかれ、今に至る。
常人ならば死んでいる怪我を負っていたのだが、ローズが投与した回復薬のお陰で傷は塞がり、今は手術台の上で医者と騒げるほどにまで回復していた。
恐るべきはソラの生命力だった。
「いやあ、全員生きててよかったな……」
しみじみと呟く。俺の戦ったバーン・フォーゲンは信じられないほど強かった。彼の仲間も相応に強かったはずだ。彼らと戦い、全員生きて残れたのは奇跡だろう。
「向こうが途中で引いてくれなければやばかったがな。あいつら、狙いはドースのクソ野郎だったみたいだぜ」
「まさか狙撃されるとはね……」
ミレナが頭痛を堪えるように頭を押さえる。本来なら、ドースの記憶を消し、彼が場末のバーで悪い電脳ウイルスに引っかかり、やらかしたことにするはずだった。だが、彼は死に、死体は見つかった。
幸いにも、ドースは頭を撃ち抜かれ、電脳は全損していたので、脳から情報を抜かれることは無いが、それでも警察の捜査は始まる。
ここ数日の彼の足取りは追われることになるだろう。そうなればハッカーであるミレナは、後処理に奔放することになる。
彼女にとっては、最後の最後に面倒な仕事が降って湧いたわけだ。
「バーンのチームに狙撃手がいるとは知らなかったぜ」
「別にあいつの仲間とは限らないでしょ」
「やっぱりあいつ有名人なのか?」
そう尋ねた俺にテンは呆れの眼差しを向ける。ローズに至っては侮蔑の眼差しだ。
「……アンタ、知らないで戦ったの?」
低く、唸るような声だった。明確な怒気の感情に言葉が詰まる。
「ゴメンナサイ」
「アンタは――」
「まあまあ、落ち着けよローズ。心配する気持ちは分かるけどよ――」
「してないわよ、木偶クズがッ!」
「んぎゃあぁあッ!」
でっかい赤子が地面を転がり始めた。悍ましいおっさんを生み出した当のローズは視線すら向けず説教モードで俺を睨みつけている。
ミレナはそんな俺たちに構うことなく、ネットの世界に旅立っていた。
(地獄だ……)
「バーン・フォーゲンつったら有名な《
傷口を縫ってる変なおっさんにも呆れられた。
「うぅぅ……。バーンのチームは『前衛』二人と『
だがドースは狙撃された。ということは、新入りが入ったか、あるいは別口か。可能性としては後者の方が高いだろう。何せ賞金首だったんだから。
「何はともあれ、仕事は終わりだな」
ドースは死んだが、目標は達成した。後は報酬を受け取り、それで終わりだ。
「そうね。私は先に戻るわ。後始末もあるから。報酬は指定の方法で」
「俺はソラの治療を待つか。その手じゃ運転できねぇだろ」
「ありがとよ」
「そう。じゃあ、機会があればまた仕事をしましょう」
そう言ってミレナは地下室を出て行った。ローズは何も言わないが、動かないところを見ると、待ってくれるらしい。
その後治療が終わるまでの一時間、適当な話といつもの皮肉を言い合いながら、過ごした。
◇◇◇
「ほら、終わりだ」
ドクにそう声を掛けられ、俺は手術台から身体を起こす。台の隣に置かれたトレーには朱色に染まったガーゼやハサミが並んでおり、俺の負った傷の深さを物語る。
そしてその痕跡は俺の肩にも。右肩から入り大きく胴体に走る縫合後。そして刻まれた敗北。今も鈍い痛みを訴えるその傷は消えないのだろうと何となしに思う。
「替えの服とかない?」
俺の上半身の服は当然のようにズタボロで、手術の時に刻まれ、無残な布切れになっている。替えの服が無いと俺は上裸で帰ることになる。
残念なことに、この都市じゃあ、珍しくない格好だけど、この季節にそれは遠慮したいところだ。
「一万クレジットだ」
ドクは真顔でそう言った。
「…………はははははははっ!冗談言うなよ。ブランド物が出てくるわけでもないだろ?」
大声で笑い飛ばす。いや、飛ばしたかった。
ドクは荒れたデスクから黒いシャツを取り出し、投げてきた。ぼろくはないが、新品でもない。そんな服。
「これが一万っ!?詐欺だろっ!」
「そいつ、治療以外じゃぼったくるから」
ぽつりと付け加えたローズの言葉が男の本質をついていた。
「この、クソ野郎めっ!」
ええーいと通信端末を操作し、一万クレジットを振り込む。
「それと治療費は30万クレジットな。薬も買うなら40万だ」
「……薬もくれ」
「おう。請求送っとくぜ」
ドクは上機嫌で俺の端末に請求を送ってきた。すぐにその場で振り込んだ。
「いやあ、久しぶりに生身を弄ったな。最近の客はインプラント調整ばっかで血を見れなかったんだよなぁ」
そんな物騒なことを呟きながら、ドクはデスクに腰を下ろした。今の一言にこいつが闇医者をやっている理由が詰まっていた気がする……
ドクはデスクの上に置かれた三面モニターを付けた。そこには夜のニュースが流れていた。そして『テネス・コーポレーション』の文字も。
「おい、親父!その番組見せてくれ!」
「んん?まあ、いいが」
自然と俺たちはモニターの周りに集まり、キャスターの紡ぐ言葉を追った。
『テネス・コーポレーションの情報漏洩と製薬工場停止によるショックは、僅か一日で同社の株価を30%以上も下落させました――』
「うしっ!」
テンがこぶしを握る。株価が下落すればするほど報酬が増えるのだから当然だ。だがローズは耳元で騒がれてうるさかったのか、小さく舌打ちした。
『―――情報漏洩に関わっていたとされ、捜査されていたテネス・コーポレーションプラジマス都市支部支部長ドース・ウェイブ氏が工業地区の廃工場で死体で発見されました。警察は事件の容疑者として、この三名を指名手配しました。心当たりのある方は――』
「「「は?」」」
三人の声が重なった。当然だ。モニターに映っている容疑者の写真は、俺達三人の顔だったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます