『武』

膨れ上がる俺の闘気に呼応するように男は太い鉈を肩に担ぐ。


その構えが物語る一撃の名は、振り下ろし。


それ以外の選択肢が無い構えは、男の持つ『武』への圧倒的な信頼が垣間見える。

俺も短剣を抜き、両手に構えた。


始まりはどちらからでもなかった。ただ、散歩をするように互いに地を蹴り、疾走する。


「――ふっ!」

狙うはカウンター。振り下ろされた一撃を躱し、唯一剥き出しとなった喉を切り裂く。

急加速を繰り返し、揺さぶりをかけながら接近する。だが、敵は、身じろぎすらしなかった。ただ淡々と足を進め、彼我の距離を埋めている。


(こいつ……)

肉薄した刹那の瞬間、その顔を盗み見る。その瞳はただ真っ直ぐと前へとむけられ、俺の方へと視線を向けてすらいない。


そして、構えた断頭台を振り下ろす。腰を捻り、俺の進路を断つように下ろされた刃は、轟っ、と怖気の走るような風切り音を立てながら首へと迫る。


俺は咄嗟に短剣を交差させ、頭上に掲げる。そして、激突。

「――――――ぐうっっっ!!」

衝撃が頭を抜け、足裏から地面へと抜けていく。

全力で短剣を押す。それだけしても、僅か一瞬、微かに勢いが死んだだけ。


大鉈は止まることなく、その大鉈は俺の体躯を両断しようと火花を吐く。


その一撃は、大型の義体者を凌ぐ俺の身体能力を以てしても押し負けるほどの圧倒的な『力』の権化であった。


押し負けると悟った俺は短剣を傾け、力を流す。

柳が風を流すように、するりと鉈は流れるが、男の体勢は崩れない。


俺の受け流しを予見していたのか、重心を後ろに残していたのだろう。

お互い、二の太刀は浴びせられず、距離を取った。


「―――――」


僅か一撃、時間にして数秒の交差だったがそれだけで彼らは互いの力量を悟った。

故に、続く男の言葉は当然の物だったのだろう。


「……バーン・フォーゲン。《傭兵ウルフ》だ」

低く、野太い声でそう言った。それは、雇われ、刃を振るったであろう男が示せる最大限の敬意であった。


「……ソラ。同じく《傭兵ウルフ》」

荒い息を噛み殺し、それだけを伝える。


聞きたいことはいくつもある。

どうして襲うのか、何が狙いで誰に雇われたのか。そう尋ねることも出来ただろうし、男は教えてくれただろう。そんな予感がある。


だがそれを聞けば、『武人』として眼前の男と刃を交わすことは出来なくなると、ソラの勘は告げていた。


ソラはコートを脱ぎ、サブマシンガンと〈オリゾンR2114〉を地面に捨てた。


眼前の男との戦いで重りを抱えて戦うのは致命的であり、そして二本の短剣以外を使わないというソラの最大限の返礼でもあった。


男は動かない。下段に鉈を構え、どんな攻撃にも対応できる姿勢だ。ソラのしなやかさと俊敏さを警戒し、後の剣で対応するつもりだ。


それを知ってなお、ソラは踏み込んだ。


爆発的な加速で地を蹴り、刺突を放つ。その一撃は遠方から見ればうち放たれた『矢』に見えただろう。


装甲を重ねた車両すら貫くであろうその一撃を、男は鉈の側面を盾のように構えることで受け止めた。


2cmほどの厚さを持つ鉈と細い短剣がぶつかる。激しい激突音を鳴らしたその一撃の結果は、ソラの短剣の破損という致命的な結果をもたらした。


それは男の狙い通りの結果だった。


傭兵となり日が浅いソラは高い身体能力と戦闘センスを持って入るが、武器の性質を学べるほど熟練はしていない。


だが男は、ソラの武器の材質、メーカーを推測し、自身の武器ならば正面衝突すればへし折れると冷徹に策を立てた。


(折れ――)

軽くなった左手の感触に気を取られたソラの隙を見逃さず、男は足を振り上げた。

大木のように太い足の先がソラの胴体を捉え、宙へとかちあげる。


「ガッ……!」


苦痛の息を漏らしながらソラの足先が浮かび、浮遊感に捕まる。回る視界の中で大きく鉈を振りかぶる男の姿が見える。


それが分かっても、躱せない。


たとえどれだけ高い身体能力を持っていても、羽の無いソラは空中で動くことは出来ないのだから。


だからソラはを切った。

脳に熱が溜まるような違和感を覚え、視界が明瞭になっていく。近づく地面が遅くなり、遅くなり、遅くなり続ける。


やがて粘度の高い水の中に放り込まれたようにソラの身体はゆっくりと落下していく。


ソラは遅くなった視界で、それでもなお早い速度で振られる鉈に短剣の刃を合わせ、押し付ける。


短剣を起点に逆さになったソラの姿勢がくるりと回り、そこで低速は解けた。


一気に戻った時間の流れと慌ただしく流れてくる情報の洪水に眉を顰めながら、ソラは何とか着地し、体勢を立て直した。


(くそが……。使わされたッ!)


先ほどの意識を加速させる技は、ドース・ウェイブの運転手を襲撃した時に身に付けた技だった。まだ使い慣れてもおらず、一度、ほんの一瞬使っただけで瞳の奥ががんがんと痛み始めている。


身体への負担は大きく、使うつもりは無かった。使うとしても、とどめの一撃であり、攻撃を躱すために使わされたのは、想定外だ。


いや、想定外と言うのなら、武器を折られたこともだ。スミスも言っていたはずだ。刃がガタついていると。アサルトドッグを切っただけでそうなったのだ。

重厚な鉄塊と打ち合えば、無事では済まないのは考えれば予想できたことだ。


だが、後悔しても時は戻らない。思考加速は使えて後一度だけだと、ソラは頭痛を堪えながら理解した。


そして鈍痛を発する腹部。骨は折れてはいないが罅は入っている。それに対し、相手は無傷。ソラは途端に悪くなった戦況を打開すべく脳を働かせた。


そして一方、男もまた、ソラへの警戒を高めていた。

(今のは……超能力サイキックの類か?)

男は必殺の一撃を躱したソラの行動に危機感を覚え、分析を始めた。


(先ほどの『躱し』は思考加速薬マインドスピードを使った際の動きに似ていた。それと同等の脳の動きを起こす器官、もしくは能力を備えているのか)


そして男はいとも容易く正解に至った。それは男が歴戦の《傭兵》だからというのも関係あるが、それ以上にソラの情報を持っていたためだ。


傭兵になり数か月で大きな依頼をいくつもこなし、あの『赤薔薇レッド・ローズ』とチームを組み続けている剣士。


『瑠璃の珊瑚』の子飼いのため、表立って手を出す者はいなかったが、ダークネットの掲示板ではすでにかなりの話題となっているため、自然とバーンの耳にも入っていた。その『超能力サイキック』が身体強化系だということも。


思考加速薬マインドスピードは脳に多大な負荷を掛ける。奴の表情に浮かぶ疲労を見るに使えて後1回程度か)


バーンは違法市場ダークマーケットで出回る違法薬物の効能を思い出し、眼前の敵の様子と照らし合わせて『限界』を推測した。


だからこそ、バーンは次の一撃が最後になるのだと直感した。


流れる水のように淀みなく足を運び、大木のように根を張る。それは、肉体に本能レベルで武術が染みついたものだけが成せる『自然』だった。


彼の最強の武器は、生まれながらの身体能力でもP.A.S.のような装備でもなく、その『武術』である。


鉈を肩に担ぐ大振りの構え。だがそれは、後の先を突く彼の武術と合わされば、回避不能の重撃へと化す。


対するソラの姿勢は、四足。強靭な指の筋肉で地面を掴み、その身体を弓のように引き絞る。そこに『技』はない。

脳に負担がかかり、理性が薄れているソラが取った、ただ本能に従っただけの獣の業だ。


(……懐かしい)


朦朧とする視界の中で敵の姿を捉える。だがその脳裏には別の景色が広がっていた。

鬱蒼とした森の中、今のように姿勢を下げ、獲物を狙った遠い記憶。


まだ『ソラ』になる前の彼の原風景。そして、最強最速の一撃。


先に動いたのは、ソラだった。腕の筋肉が隆起し、その身体を弾き出す。


二度目の激突と同様にただ愚直に、真っ直ぐと突き進む。だがその速度だけは、バーンの動体視力を以てしても捕えきれない。


半ば反射的に、バーンは刃を振り下ろした。勘と経験だけで振られた鉈は、確かにソラの身体を捉える軌道を描いていた。


(ここだ……ッ!)


薄れゆく意識の中、何とか二度目の思考加速を発動させる。目に映る景色が遅くなり、体の動きが鈍くなったような違和感を覚える。


だがそれは錯覚だ。意識の加速に引きずられ、身体能力もまた、加速している。

そのほんの少しの加速だけでよかった。


鉈の刃が肩に食い込む。だが根元で受けたその一撃は、その力を殺され、ソラの身体を両断することは叶わず、肩の半ばで止まる。


そして意識を失い、ただ獲物への執念だけで突き出されたソラの短剣はバーンの喉を貫いていた。

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