戦士
俺達は何食わぬ顔で施設を出て、ローズの待つ車へと帰った。
「ドースの権限で遅効性の停止命令を出しておいたから、週明けからは工場が停止するはずよ。後は、さっき手に入れた情報をネットに流して終わり」
いよいよ作戦の終わりが見えてきた。後はドースの電脳からここ数日の情報を抜いてから適当な場所で捨てれば終わりだ。
テンの操縦で車が走っていく。ドース・ウェイブの誘拐以外は荒事は無い仕事だと思ってたんだが、蓋を開ければ毎日戦っていた気がする。
結局、どうしてドース・ウェイブがレッドサイトで懸賞金を掛けられていたのかも、隠れ家の場所がバレたのかも分からなかったが……
既に深夜と呼んでいい時間だが、この都市は夜も眠らない。
どこのビルにも明かりが灯り、4車線の道には忙しなく車両が行きかっている。
街路の誘導灯に従い、車がカーブを曲がっていく。その進路は段々と都心部を外れ、郊外へと向かっていく。
「どこ行ってんだ?テン」
予定通りなら、都心部にあるギャングの縄張りに捨ててくる予定だった。
治安の悪いそこなら、「悪いウイルスにかかった」という偽のストーリーに真実味が出るからだ。
だが車両は正反対の方向へと向かっている。
「い、いや、分からねえ。ハンドルが言うこと聞かねえんだよ!」
テンは正しくハンドルを切っているが、車両はその意に反して正反対の方向へと向かっている。
「チッ。どうする?降りる?」
ローズは苛立たしさを隠さずに前面のシートを蹴りつけた。ちょっとテンが驚いたように飛び跳ねたが、誰もそれに構う余裕は無い。
時速は大体70kmほどだ。俺はこのぐらいなら着地の瞬間に受け身を取って衝撃を殺せるし、ローズとテンの
「別に乗ってたらいいだろ。ついた先に敵がいたら殺せばいい」
「……まあ、そうね」
「お前ら、まじかよ……」
テンが狂人を見るような目で見てくる。車内でそんなやり取りをしているうちにも車は順調に郊外へと進んでいる。
俺達は先頭に備え、装備を整える。とはいっても、俺とテンが車に置いてあった武器や弾薬を身に付けたぐらいだ。
車両はやがて南部の工業地区の一角にある閉鎖された廃工場に止まる。
俺たちは周囲を警戒しながら、車両を降りる。高い壁に囲まれたこの場所なら
最後に降りたローズが左手からブレードを展開し、タイヤを切り裂いた。
前方のタイヤが切れたことで車体が傾き、ボディがコンクリートの地面に擦れた。
「ちょ、何やってんだよ……!」
「敵に使われたら癪でしょ。それに豚も積んでるんだから」
確かにローズの言う通りだ。敵の狙いがドース・ウェイブなら、邪魔な俺達を下ろした後、走り去っていく可能性は高い。
問題は、ドースの拉致に失敗した敵がどうするのか、だ。
工場の跡地から3人の人影が出てくる。隠れ家を狙ってきたような雑魚共とは違う、軍用インプラントを入れた《
ローズとテンはその一団を見て、確かに顔を顰めた。
彼らは少しずつ距離を詰めながら、扇状に広がっていく。だが仕掛けては来ず、じっと何かを待っている。それが意味することはただ一つ。1対1。
その意を汲んだローズがいち早く、大柄な男の後をついて行った。
ちらり、と残されたミレナとテンを見ると、仕方がないと言いたげな顔をして頷いた。
「じゃあ俺はあいつだな」
俺は眼前で立ち止まった大男を見る。筋骨で武装した躯体を黒い鎧のようなP.A.S.―パワー・アシスト・スーツ―で覆っている。そしてその手には大きな鉈の様な武器を持っていた。
――俺と同じ、近接戦を得意とする傭兵だ。
本能でそれを悟った。分厚く、重い。重力すら歪めそうな質量を感じさせる男の体躯は義体特有の完成度は無く、それゆえ、泥臭い積み重ねを感じさせた。
男は背を向け、歩き出した。俺はその背に従い、歩き出す。
背後から奇襲することはしない。そんなつまらない結末は望んでいないし、何より成功するとも思えなかった。
背を向けてもなお、男の意識は俺に向き、捉えている。見られている、とありもしない幻覚すら感じる。
俺達は工場廃墟の奥側の場所で止まった。
下草がまばらに生え、工場の外壁と廃墟に挟まれた長方形の場所だ。
奥―車両の反対側―からは、すでに銃声と金属音が響いていた。ローズと敵が始めたのだろう。
――なら、俺達もやろう。
殺意でそう伝える。それが静かな開戦のゴングとなった。
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