謎の足音

夜。俺たちが隠れ家として使っている一軒家は暗い闇に包まれていた。唯一の例外はミレナの使うハック装置の明かりとテレビの光だけだ。


わざわざ暗くしているのは、理由がある。


まず、今まで使っていなかった一軒家で急に電気の消費量が増え、電力会社のログに不審な数値が残るのを避けるため。


そして、近隣の住人が急に明かりが付き、人の気配を漏らし始めたこの家に不信感を抱かせないためだ。


「とはいえ、どこまで効果があるのかは分からないけど」、とはミレナの言葉。


実際、ハック装置は膨大な電力を食うため、消費電力は増えるだろうし、俺も買い出しで何度か家を出ている。


気休め程度だがやらないよりはマシだろう。


俺が風呂上がりのローズにおつかいを頼まれてから半日、ドースの電脳内にある新薬の情報はほぼ全て抜き出せたようだ。


後はドースの電脳から俺たちの記録を消去するマルウェアを仕込むだけ。そうすれば、工場潜入後に、すぐに適当な場所で捨てるられる。


すでに警察が動いているため、捜査はされるだろうが、恐らく歓楽街で厄介なウイルスを貰ったということに落ち着くだろうとテンたちは言っていた。


俺からすれば違和感しかないが、らしい。


なぜなら、捜査をするのが汚職塗れの警察で、捜査対象が企業の重役だからだ。


企業の重役ともなれば、産業スパイや企業軍人に電脳の情報を狙われることも多くなる。

そのため、企業コーポから多額の献金を受け取っている警察は、企業間の暗闘の可能性が高い事件には首を突っ込みたがらない。


例え真実が何であれ、『偶然の事故』として片づけられるのだ。


ミレナがドースの記憶を消し終われば、この隠れ家ともお別れ。名残惜しさは全くなく、ぼろくて治安の悪い我が家が恋しくなってきた。


「おい、見ろよ」

リビングでその時を待っていたテンが俺たちに声を掛ける。


彼の声に従いテレビを見ると、ニュースキャスターが夜のニュースを伝えていた。


――テネス・コーポレーションの幹部、ドース・ウェイブ氏が行方不明です。彼は金曜日の退社後、行方が分からなくなっています。

心当たりがある方は、ニュースサテライトまで――


「ばれたな」

「チッ」


いつの間にか背後まで来ていたローズが舌打ちを漏らす。俺も同感だ。


これで工場への潜入と破壊工作が難しくなった。きっと警察も動いているし、何食わぬ顔で出社したふりをさせるのは無理になった。


「リムジンか護衛か?」

「リムジンでしょ。護衛の方はチンピラ臭かったし、豚の私兵じゃない?」


テンとローズが言っているのはドース・ウェイブの失踪がバレた原因だ。そして俺もローズに同感だ。


あのリムジンは地下クラブのギャングたちが解体して売ったはず。

恐らくその際に位置情報が本社のシステムから消えて警告が発生したのだろう。


「だが詰みじゃない。明日は日曜日。人も少ないだろうからミレナがドースを操って何とか工場のメインシステムに接続させればボンッ、だ」


誰も消えた人間が工場に忍び込もうとしているとは思わないはずだ。人目を避け、ドースの権限を使えば意外とすんなり行けるかもしれない。


情報を抜き取っているミレナ抜きで作戦を立てる。


あーでもないこーでもないと意見を出し合っていると、妙な違和感を感じ、口を噤んだ。それに対し、テンが疑問を発しようとするがローズに手で止められる。


「……ソラ」


ローズの言いたいことを察し、俯き、耳を澄ます。視界の端で姿勢を低くしたミレナがハンドガンを構えるのが見えた。


(いる。規則正しい足音が寄って来る……)


俺は手で上を指し示し、2人に武器を装備するように指示を出す。それだけで2人は俺の言いたいことを察知した。


ミレナは既にドース・ウェイブを拘束具から外し、彼の動きをハッキングで操っている。

俺は彼女に近づき、小声で会話を交わす。


「……何人かいる。先に車に入って待ってろ。俺たちが敵を引き付けるからその間にドースを連れて安全な場所に」


「……分かったわ」

ミレナは姿勢を低くし、ドースを連れて裏口から出て行った。


まだドースは使う。ここで戦いに巻き込まれて死なれては困るのだ。しかし――


(どうしてこの場所がバレた……?)


もしや、ドースに追跡用のツールが残っていてミレナが見逃したのか?いや、それならもっと早く救護部隊が飛んできてもおかしくない。


となれば、何だ……?俺達以外にドースを狙っている者がいるのか、もしくは俺たちの誰かが狙いか。


――わからない。

だがどの道やることは変わらない。


「敵は皆殺しだ」

俺は静かに戦意を燃やし、武器を握りしめた。

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