一軒家

ミレナが『不動産屋』にオーダーした隠れ家はこの場所から20分ほどの場所にある一軒家だ。俺たちはそこへ、テンの運転で向かっていた。


主要道路を外れるにつれ、テールランプの数が少しずつ減っていく。都会の喧騒が遠ざかるにつれ、段々と暗い闇が増えていった。


車はやがて庭付きの一軒家が並ぶ住宅地へと辿り着いた。


「パネラ通り4―1、ってことは端の家か?」

「逆よ。赤い屋根の家がそう」

右に傾きかけていた車体が、急ハンドルで左に曲がる。


「チッ!まともに運転もできないの?」

揺られて身体が傾いたローズが俺の肩にぶつかり、いら立ちを露わにした。


「へいへい、すいませんね、お姫様」

「謝んなくていいぞ、テン。こいつが悪い」

そもそも俺にぶつかったのは、こいつが中央と右の席を占領しているせいだ。


「フンッ!」

「いっ……!」

そう言うと、後ろ向きのまま肘打ちを喰らった。


「何すんだよ……」

「アタシの感触を感じて鼻の下を伸ばした罰よ。次は死刑ね」

理不尽だ……


「車庫に入れて」

「オーケー」

家の横にある白いガレージのシャッターが独りでに開き、車がバックで入った。

中には点検用の工具が並んだ白い棚があるだけのシンプルな車庫だった。


の所持品は無く、生活感は感じられない。あくまでも『貸出品レンタル』。


この家の持ち主は借金のかたに、実質的な賃借権と所有権を『不動産屋』に渡している。地価の高いディーン地区に家を建てるのにどれほど金がかかるのか。


持ち主の努力を思えば、俺たちの様な『犯罪者アウトロー』の隠れ家にされてさぞ不本意だろうが、借金を返せなくなった人間の末路としてはましな方だろう。


まあ、持ち主が今も五体満足で生きているとは限らないが。

(今も肺が高いのかね……)

いつか聞いた人体の時価を思い出しながら、車を降りる。


「あの豚を運んでくれたら飯奢るぜ」

「いいわよ。積むのはアンタに任せたし、それぐらいはするわ」


俺の後に車を降りたローズにそう提案する。てっきり、断られると思っていたが、意外とすんなり受けてくれた。


すでにミレナとテンはハック装置の準備をしに裏口から出て家の方へと向かっており、このガレージには俺とローズと豚しかいない。


ローズは荷台を開き、縛られたドース・ウェイブの足を掴み、引きずり出した。


「んごッ……!」

「うおいッ!!」

鈍い音がしてドースの頭がコンクリートの床にぶつかった。


「何よ?」

ローズはきょとんとした表情を浮かべ、そのまま裏口に向かって歩き出した。


衝撃で目を覚ましたドースが必死で身を捩り、陸に打ち上げられた魚のように跳ねている。

……地獄絵図だ。


一軒家に入る。すると、最初に目についたのは大きな機械マシーンだった。リビングのど真ん中に電気椅子のようなものが鎮座している。

そしてそれから伸びた数多のケーブルがよく分からないハードディスクに接続されている。


『不動産屋』に依頼していた『ハック装置』だろう。人間の電脳に干渉するための機械だ。恐らく、据え置き型の高級VR機器をベースに独自で組み立てた物だろう。


ここに住んでいたのは《ハッカー》だったらしいし、もしかしたら前の住人の私物かもしれない。


そしてその側にはミレナとテンがいた。

ミレナは玄関から入ってきた俺たちに気づき、声を掛けた。


「そこに寝かせて」

「分かったわ」

「ン――!ンンッ!」


ローズは嫌がるドースの首元を怪力で締め付け、無理やり鋼鉄の椅子に眠らせた。

そしてテンとミレナでてきぱきと革の拘束具で拘束した。


ミレナはヘッドセットをドースに被せた。そのヘッドセットと椅子からはコードが何本も伸び、机の上の機械マシーンへと繋がっていた。


「それじゃあ、始めるわ」

ミレナは椅子に座り、自身のコネクタにコードを挿す。


ここから先、俺たちにできることは無い。後はミレナがドースの電脳から情報データを抜き取るのを待つだけだ。


一心地つけることになった俺たちは、明日からに備え、就寝することにした。そうなれば決めなければならないのはだ。


この家は中々大きな一軒家のため、いくつか空き部屋があるが、それでも人数分の個室は無い。誰かが相部屋になるかリビングのソファで寝ることになる。


「アタシ、南の部屋ね」

口火を切ったのはローズだ。そしてローズは二階の一番いい部屋を勝手に予約して、返事も聞かずに階段を昇っていった。


こいつに『話し合う』という機能は搭載されていないようだ。


肩を竦めるテンと目が合った。

「じゃあ俺はその隣」

俺も大きなあくびを一つ残し、二階に向かった。


「……俺は、風呂場か?」

そんな呟きを背後から聞きながら。


◇◇◇


締め切られたカーテンの隙間から朝日の柔らかな光が差し込む。だが、眠っている俺にとっては瞼を刺す閃光のような輝きだった。


それを厭うて、体を傾けるが、意識は覚醒してしまった。

5分ほど、悪あがきのように目を閉じていたが、諦めて起床する。


「はぁ~。まだ7時かよ」


文句を言っても二度寝をする気分にはなれない。俺は靄がかかったような頭のまま、階下へと降りる。とりあえず、シャワーを浴びたい。


バスルームの近くの通路には、なぜかテンが眠そうな顔で床に座り、シリアルを食べていた。


「何してんの?」

「寝床から追い出されたんだよ……」


風呂場からはシャワーの音が聞こえてくる。きっとテンはシャワーを浴びに来たローズによって追い出されたのだろう。


というか、テンの奴、本気でバスルームで寝たのか。


「俺の部屋に来ればよかったろ」

「……ローズが切れんだろ」


「は?なんで?」

――ドンッ、と壁が叩かれる音がした。音の出所は風呂場からだった。


「こえ~、こえ~」

テンはシリアルの箱を抱えてリビングに逃げて行った。


「ローズ。俺も入りたいから出たら教えてくれ!」

返答は聞こえなかったが、多分聞こえてるだろう。俺はそう信じてリビングに行った。


「横座るぜ」

「おう」

リビングのソファに座りテレビを見ていたテンの隣に座る。


隣の部屋では今もミレナがドースから情報を抜いている。

彼女、寝たのだろうか?昨日の夜から全然体勢が変わっていないのだが。


「……俺にもくれ」

「…ほらよ。それが最後だ」


テンから変なキャラクターがイラストされたシリアルを受け取り、ちびちび食べる。

ぼー、としていると、隣室からミレナが出てきた。


義体だから気のせいなのだが、その目元には濃い隈が見えた、気がする。


「お疲れさん。終わったのか?」

「まだよ。思ったよりもセキュリティが固い。今日の夜ぐらいまでかかるかも。……ちょっと寝るわ」

ミレナは疲れた顔で二階へと消えていった。


「大変そうだな」

「だな。俺らには分からねえ分野だ」


「お前、ハックとかできないの?」

「出来ねえな。俺の電脳は他機器干渉能力が低い最低限のタイプだからな」

「そんなもんか」


取り留めのない会話をしながらシリアルを食べつくす。全然足りねぇ。


「出たわよ」


テレビを見ていると、風呂場の扉が開きローズが出てきた。テンはなぜか姿勢を正し、テレビを集中して見始めたが、俺は構わず振り向く。


そして、固まった。


ローズは廊下に立ち、長い緋色の長髪をタオルで拭いながら、ホットパンツとシャツだけという煽情的な姿をしていた。

緩い胸元からは豊かな双丘の大部分が見えており、その想像以上に妖艶な姿に息をのむ。


思わず、覗く火照った手足や艶美に濡れた髪に視線が引き寄せられ、返事を忘れてしまう。


「ソラ?」

「あ、ああ、分かった」

ローズは怪訝な顔をしながら、二階への階段に足を掛けた。そして思い出したように振り返り、こう言った。


「後で食べ物買ってきて」

ナチュラルにぱしろうとして来やがった。やっぱりいいのは見てくれだけだ。


「……お前が行けばいいだろ」

「アタシ、風呂入ったし、いいモノ見せてあげたでしょ」

文句を言うと悪戯気な流し目でそう言った。

バレてた。


「何がいいですか?」

「美味しいモノ」

すげぇ雑なオーダーだ。


「ねぇ、ミレナは?」

「あ?上だ。仮眠を取りに行った」

「そ」

それがどうしたってのか。俺の顔に浮かんだ疑問に答えることなく、ミレナは今度こそ二階に消えた。


「アブねぇ……」

テンがしみじみと呟き、炭酸飲料を呷った。こいつ、ローズに目を付けられないように無視していたな。


「はぁ…。買ってくるよ。お前は何がいい?」

「肉だな」

「あいよ」


俺は通信端末を手に取り、家を出た。

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