誘拐
艶やかな唇が開き、ほう、と紫煙が吐き出される。夜闇に紛れ、消えていくそれを、ベンチに座ったままぼうっと眺める。
都市の明かりに照らされる彼女の姿は、絵画のように妖艶で退廃的だった。
「……なあ」
「なに?」
ローズは咥えていた煙草を地面に擦り付けた。
行儀悪く地面に座り込んだ彼女の足元には、何本もの吸い殻が捨てられている。
「煙草ってうまいの?」
「……慣れればね。アンタも吸う?」
新たに火をつけた煙草を差し出してくる。
「いらない。肺が腐る」
「月一でクリーニングすれば問題ないわよ、ってアンタは生身だから無理か」
互いに驚きも喜びも不快感も無い無味無臭の言葉を投げ合う。
数時間前も同じような会話をしていた気がする。
だけど仕方がない。それ以外にすることが無いのだから。
あれから半日後。
不審がられないように定期的に場所は替えていたが、やってるのはクラブの見張りだ。
ドース・ウェイブがクラブに来るまでひたすら待ち続け、そろそろ暇すぎて笑えて来る。
『ドースが来たわ。準備して』
退屈の毒に殺されかけていた俺たちに福音の音色が聞こえた。
「行くか」
冷静さを装いながらも、俺の声音は喜びに弾んでいた。
ローズは答えず、ただ煙草を捨てた。彼女の薄茶色の髪が風になびき、彼女の視線はクラブへと向いた。
俺もローズも変装をしたままだ。このままクラブを襲撃し、罪はこの顔の誰かが背負う。
2人で並んでクラブへと向かう。まず向かうのは地下駐車場だ。
僅かな電灯だけが照らす駐車場に入り、目的の車を探す。
「黒、黒、黒……」
「あれでしょ」
先にローズが見つけ、すたすたと歩いて行った。
「ミレナ、見つけたから開けてくれ」
『分かったわ』
リムジンの隣に歩いて行き、無造作に運転席の扉を開いた。
あらかじめ、ミレナが車両を管理するシステムにバックドアを仕掛けていたため、ロックも防犯システムも意味は無い。
「なっ……お前たちッ!」
「黙りなさいよ、クズ」
ローズの左手から伸びたブレードが運転手の首を切り裂き、殺した。ローズはその死体を足で押し倒して、フロントガラスから見えないようにした。
これでここでの用事は終わりだ。車の信号もミレナが偽装しているため場所が割れることは無い。後はその間にここの従業員たちが処分するだろう。
「次は上だな」
『ルーム12にいるわ』
監視カメラで店内を監視しているミレナが、監視カメラの情報を回してくる。
ここのシステムは『テネス・コーポレーション』のシステムよりも『
やはり、作戦に《
俺は通信端末で、ローズは電脳で送られてきた映像を見る。
斜め上からの視点で扉を映しており、2人の大柄な男が扉の前を守っていた。
想定通りの人数、装備だ。俺とローズは躊躇いなくエレベーターに乗り、上階へのボタンを押す。
目的の場所はエレベーターのすぐ隣だ。俺は短剣を引き抜き、ローズはショットガンを構えた。
「従業員は殺るなよ」
「わぁってるわよ」
カチャリ、とリロードする。本当に分かってんのか?従業員を殺せば話がややこしくなるんだからな。
扉が開く。
出てきた俺たちに護衛たちの視線が向き、手に持つ武器で止まった。
「――ッ!てめぇッ!」
――ドンッ
重い銃声が鳴り響き、空薬莢が床に落ちる。手前側の人間を狙った散弾は二人纏めて撃ち抜いた。
「……あ、ぎ、いぃぃっ……」
だが、奥の奴はやり切れてない。俺は〈オリゾンR2114〉を抜き、倒れ伏す護衛の頭を撃ち抜いた。
「ミレナ」
『ちょっと待って。……開いた』
ルーム12の電子ロックが解除され、扉が開く。中は赤いランプで照らされるベッドルームだった。
大きな円形のベッドに鎖で繋がれた裸体の女性の手足が、汚いおっさんの背中越しに見える。豚は一生懸命に腰を振り、汗を振りまいている。
「うっわ……」
ローズが本気で嫌そうな顔をしている。眉間を顰め、細められた瞳には嫌悪の色が灯っていた。
その声で男が俺たちに気づいた。
「……ぬん?なんだ、お前たちは!」
男は息を切らしながら、俺たちを睨みつけた。
「ふむ、いや、お前、お前は残れ!」
だが男の眼はローズで止まり、彼女の豊満な双丘を嘗め回すように見た。
すげぇな、ローズ。変装しても隠せない色気がドース・ウェイブの眼に止まった。
「……チッ。死ねッ!!」
ローズの前蹴りがドースの顔に直撃した!
ベッドの上で一回転したドースはベッドを超えて壁にぶつかった。
「やりすぎぃ……」
「仲間のアタシが変態に目ぇ付けられてんのよ?アンタが先に殴りなさいよ、ノロマ!」
あまりに理不尽な怒りに何か言おうかと思ったが、言い返せば面倒なことになるので、黙ってドースの手足を縛る。そしてシーツに包んで肩に担いだ。
「……よいしょ、っと。んじゃ、行くか」
後の仕事は一つだけだ。交渉は得意ではないが、ローズがやるよりはマシだろう。俺たちは警戒せずに部屋を出た。そしてその瞬間、全方位から銃口を突きつけられた。
「てめぇらどこの所属だ、オラッ!」
どでかいアサルトライフルの銃口を突きつけながら、護衛の長らしき男が問い詰めてきた。
予想通り、始末よりも情報収集を優先してきた。あるいは、俺たちの『犯罪』に金の匂いを嗅ぎつけたか。
このクラブはギャングの下部組織が経営する違法クラブだ。こいつらも堅気じゃない。
だがそれも都合がいい。『無法者』は金と安全を保証すれば容易く靡いてくれる。まあ、返答を間違えれば即銃殺だろうが。
「俺の所属は言えないが、こいつは
ぴくり、と男の表情が僅かに動いた。
男にとって俺の言葉には幾つかの無視できない要素がある。
一つは俺のターゲットが
二つ目は口止め料。ギャングにとって、金が出るなら相手は誰でもいい。
その結果、
「分かった。俺は何も知らない。今日は誰も来てない。そうだろ?」
「ああ。……振り込んだ。じゃあな」
銃口は下げられ、俺はギャングたちの間を縫って地下へと戻った。意外とあっさり解放された。
値を吊り上げられるか、俺たちの仕事の分け前まで要求するかと思っていたが、提示したそれなりの額で納得し、深く聞いてくることも無かった。
あの男の対応が、この都市で長生きするコツってやつだろう。
「よお。上手くいったな」
出入り口の側に車が止められ、テンが待っていた。
「意外とすんなりいった」
俺は荷台にドース・ウェイブを積み込みながらテンに返事をする。ちなみにローズは手伝う素振りすら見せず、後部座席に乗り込み、ウィッグを外していた。
「じゃあ、行くか」
俺とテンが車に乗り込み、車は発進した。今のところ計画は全て順調だ。
だが橋の上の襲撃と言い、不審な点はある。俺にはあれが薬で頭が飛んだ狂人の偶然の襲撃だとは思えなかった。
厄介なことになるかもしれない。その言葉を、口には出さず、飲み込んだ。
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