橋下の中毒者

「こんにちは、お姉さん。降りてもらえる?」


俺は〈オリゾンR2114〉を取り出し、助手席の女に突きつける。派手なドレスを着て、豊満な胸元を大きく開いている彼女は、運転手の女か愛人か。


そんなことはどうでもいいが、車内に居られては作業の邪魔だ。

「ヒッ…!」

「大丈夫。大人しくしていれば何もしないから」


俺の指示に従い、車から降りてきた女をローズが気絶させる。ゴスッという鈍い音がした。


「……なんか強くない?」

「胸元見てんじゃねえよ、サル!」


ついでに俺にも拳が飛んできたッ!こいつ、めちゃくちゃ機嫌悪いぞ!


頬を抑え、ローズを睨みつける俺と再び拳を振り上げ威嚇するローズを横目に、ミレナは車両に乗り込み、自身の義体と車をコードで繋いだ。


「ったく……。どれぐらいで終わる?」


気絶した二人を後部座席に座らせ、金目の犯行に見せかけるために指輪や財布を取りながら尋ねる。


「5分くらいかしら。タイヤ直すふりしてて」

「あいよ。お前はどうする?」


「……アタシがタイヤなんて触ると思ってんの?」

「質問を質問で返す――嘘です、車で待ってて」


怖い女帝を宥めながらぼろいバンに向かった。心なしか、チンピラたちの俺を見る目が優しかった気がした。


◇◇◇


ミレナの仕込みが終わり、撤退しようとしていた時、一発の銃声が平穏を切り裂いた。


「――ッ!しゃがめ!!」


手近なチンピラたちの頭を掴み、地面に押し倒す。車道を走る車は一気に加速し、走り去った。銃声はバンの前方から聞こえた。


(護衛でも呼ばれたのか!?それとも偶然?)

この辺りは治安がいいとは言えないが、『主要道路メインストリート』で銃を撃つようなぶっ飛んだ奴は中々いない。


となれば、運転手がセキュリティを呼んでいたのか。もしもこの銃撃の主がテネス・コーポレーションの護衛部隊セキュリティ・チームなら、計画は全て終わりだ。


「チッ。めんどくせえ」

だがそれも、敵を確認すればいいだけだ。


「俺が片付ける!お前はこいつらを連れて離れてろ!」

俺は鳴り響くクラクションの音と混乱の叫喚に負けないように叫ぶ。


「あ、おいッ!」


それだけをテンに伝え、俺はバンの陰から飛び出した。


(あれは、薬中か?)

銃撃者の姿を捉える。ハンドガンを持った人影は虚ろな目をして覚束ない足取りで歩いていた。


だが俺の姿を視認した瞬間、弾かれたように腕が上がり、照準がこちらに向いた。


「おせえッ!」

足に力を込め、相手が引き金を引くよりも早く懐に踏み込んだ。


「じゃあな」

二つの銃声が重なる。一つは俺に腕を掴まれ、銃口を逸らされた銃の音。二つ目が敵の心臓を撃ち抜いた〈オリゾンR2114〉の音だ。


マグナム弾が巨大な風穴を開け、ぐらりと薬中の身体が傾いた。

俺はその死体を片手で宙づりにしながら、男の全身を眺める。


「知らねえ顔だ。素人だろ。……はあ。イレギュ――」


――ババババ、と軽い銃声が木霊し、血肉をぶちまけた。

盾として構えられた薬中の死体のものを。


(橋の下。数は5)


命の危機に瀕したソラの意識が瞬時に切り替わり、自身の周囲数十メートルの人間の呼吸、足音、金属音を察知し、敵の数を弾き出した。


だが、知っただけでは意味がない。死角より放たれる銃弾の嵐はいとも容易く人の肉体を砕くだろう。


――ただ死を待つのみ。もし、ソラが『超能力者』でなければ。


「――――」


二射目が放たれるよりも早く、ソラの足は高架橋の壁を蹴っていた。


地面に向けた加速。それは人を轢き殺すには十分なものだった。

ソラを視認できなかった男の頭が爆ぜ、死する前の脳の命令を受けた指がでたらめに弾をばら撒いた。


ばつん、と虚ろな目をした男の首が飛んだ。ソラは一言も声を出さない。それが最も敵から姿を隠せる方法だと本能が告げていた。


死体によって生まれた死角から敵の側面へと回り込む。


耳から突き刺した短剣が脳を掻き回し、義眼の動体視力すら置き去りにする瞬閃が急所を刻む。


死者のばら撒くワンストックの弾倉が尽きる僅かな間で、5人の人間は解体された。


「…………終わりか」

先ほどのように奇襲されないように残心を心掛け、周囲を警戒するが不審な人の姿はない。


明らかにおかしな奴らだ。動きは薬中独特の緩慢な動きだったが、俺に銃を向ける、距離を取るといった特定の動作のみ迷いなく的確なものだった。


「一人ぐらい生かしておくべきだった……」


後悔しても後の祭り。何よりあの時の俺に『殺す』以外の選択肢は無かった。


高架橋の下に降りた俺の近くの道路に、赤い普通車が停まった。俺はその車に乗り込んだ。


「てめぇ、無茶すんじゃねえよ……」

「悪かったな」


車を走らせているテンに気のない返事を返す。謝意が無いことに気づいたテンは小さくため息をついた。


「あれ、何だったの?」

「薬中だろうな。薬の匂いがした。アジアタウンのやつ」


俺は敵に感じた違和感を言わなかった。言っても混乱するだけだろうし、何よりもそうした方がいいと俺の勘が告げていた。


「それよりも運転手は大丈夫か?」

「ええ。ぐっすりと眠ってるわ。起きたころには無くした財布と女を悔やみながら、ボスのところに飛んでいくでしょうね」


それはよかった。流れ弾が飛んでいけば全ておじゃんだ。問題なく計画は実行できるだろう。


「後は待つだけ。クソつまんない時間の幕開けね」

「そうだな。夜まで…10時間ぐらいだな」

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