通行止め

彼の後に続いて長い廊下を歩いた先にあったのは、パーティールームだった。


天井に着いたネオンボールが室内を七色に染め上げ、大きなスピーカーが重低音を吐き出している。


そしてそれに合わせ、数十人の男女が踊り狂っている。


そう、狂っている、という表現が正確だ。


入ってきた俺達には見向きもせず、喜色に染まった顔で踊っている。中には服を脱ぎ、裸体を晒している者も少なくない。


「あちらにいるのが私のボス、ココロ様さ」

そんな異常空間に構わず、彼は冷淡に言葉を紡いだ。


そこにいたのは質素なスーツに身を包んだ男だった。

根元が黒くなった金髪をオールバックにしているが、それ以外に特徴らしい特徴も無い。


彼は一段高くなった部屋の奥でソファに腰かけ、こちらに薄い笑みを向けていた。

俺達は人の隙間を縫い、彼の元へと向かう。


「やあやあ、わが友ミレナ。そして噂の傭兵ソラ」


彼は両脇に全裸の女性を抱きながら、尊大にそう言った。


だがそれ以上に目立つのは彼の周囲だ。

彼の両脇、そして背後の三方の壁には棚が埋めつけられており、そこには様々な『コレクション』が飾られていた。


「フフフフフッ。俺のコレクションが気になるようだねぇ」


ココロは壁に目が向かった俺に嬉しそうに声を掛ける。だがミレナは「バカ」と小さく呟いた。その表情は面倒そうに顰められている。


「これは、人体?」


棚にあったのは瓶詰になった人体の一部だった。


「人だけではなく、モンスターもいるよ。ほら、そこの大きな瓶分かる?」

「捻じれた二又の角が入ってるやつか?」


「そうそう!それは一角馬っていう変異モンスターのさらに変異種の角さ!オークションで30億もしたんだ。でもやっぱり『人間』が多くなるね」


そう言ったココロは、わくわくした笑顔で俺の返答を待っている。正直聞きたくないが……


「モンスターよりも人間が好きなのか?」

「フフフッ、違う、違う。俺のようなコレクターは『モノ』そのものに価値を見出すのではなく、その背後にある歴史を感じたいのさ。その点、人間のパーツには色濃く感情や歴史が滲むって話だ。そうだろ?」


まあ、何となく言いたいことは分かる、気がする。


「オッドアイの双子の瞳。パナ都市遺跡汚染事故被災者の歪んだ遺伝子配列図。あの模型は世界で初めて全身義体化した傭兵マルナルス・デネブの右腕前腕。どれも彼らの歴史を物語っている。素晴らしいだろう?」


こいつ自慢したいだけだ。ミレナの面倒そうな表情の意味が分かった。確かにこれは面倒くさい。


「んんっ!そろそろ本題に入らない?」

「少し話したりないが……まあ、いいだろう」


ココロは手を伸ばし指を鳴らした。

すると、音楽が止まった。いや、音楽だけではなく、踊っていた人間たちも止まった。


彼らは歓喜の表情を浮かべたまま、踊りの途中の姿勢で停止していた。


「アンドロイドだったのか!?」

「ああ。彼らはただのBGMだよ。それじゃあ、交渉に入ろうか」


おっさんみたいな少年がココロの手に端末を渡した。

彼だけは止まっていない。


「ビードはアンドロイドではなく人間だよ。私のコレクションの一つさ」


よくわからないがきっと彼の幼い容姿が関係しているのだろう。一応この国では人身売買は違法なんだが、俺が言えた義理でもない。


「それで君たちはどんな物件をお探しかな?」

「場所はディーン地区の近く。人目に付きにくく、防音完備、電脳ハックの設備も欲しいわ」


「なるほど、なるほど」

ココロは楽しそうに端末を操作し始めた。


彼は裏社会では『不動産屋』と言われている。


文字通り、犯罪者への不動産の斡旋をしているのだ。彼の手は都市中に及んでいる。北区の高級住宅街にも都市の地下の水路にまでも。


今回の作戦で必要なのは、攫ったテネス・コーポレーションの工場責任者ドース・ウェイブから情報を抜き出し、ウイルスを仕込むまでの間に使う設備と隠れ家だ。


「その条件なら大分少ないね。一つがディーン地区パネラ通り4―1の民家。ハッカーが住んでいた家だから設備は十分。

もう一つがサンデラ地区の5―8にある積層住宅の一室。ここは俺が経営しているビルでね。中にいるのは関係者だからどれだけ叫ばしてもいいし、ハック設備に関しては運び込んでおくよ」

「……ディーンの方を借りるわ。とりあえず、三日間」

「フフッ。毎度あり」


『不動産屋』がこれほど多くの隠れ家を抱えているのは彼が表社会では『金融業』を営んでいるからだ。


そして返済に困った債権者から高額で不動産の『使用権』を極秘裏に買取り、それを俺たちのような後ろ暗い人間に回している。


表向きは一般人の持ち家。裏では俺たちのような人間が使い、問題が起これば表の人間が出て対応をする。


殺人の現行を見られさえしなければ、まず捕まらずに逃げおおせる。もちろん、仲介手数料は高額になるだろうが。


ミレナは間取りや料金などの詳しい情報を受け取り、交渉を終えた。再びココロの合図に従い、人形たちは音楽に合わせ踊り狂った。


「どうぞこちらへ。送りましょう」

ビードが出口へと案内をする。彼の後に続く俺の背に、ココロが声を掛けた。


「ソラ君。君には仕事を頼むことがあるかもしれない。その時は、よろしく頼むよ」

「……報酬しだいだ」


俺達の顔合わせは終わった。俺が来る意味があったとは思えないが、ココロの表情は満足げに歪んでいた。


◇◇◇


扉が閉まり、ソラの姿が消える。それを見て、ココロは天を仰ぎ、深く笑みを浮かべた。


「あれが噂の『ソラ』か。化け物だねぇ」


『瑠璃の珊瑚』子飼いの傭兵ウルフソラ。

今はまだ駆け出しのルーキーであり、名は知られていないが、ココロのような目敏い裏の住人の中では『特異な傭兵カワリダネ』として認識され始めている。


――義体化どころか電脳化すらしていない『純人間ナチュラル』。だが、その力は大型の義体者にも匹敵する、と。


(間違いなく『超能力者サイキッカー』)


身体強化の超能力。そんなものは聞いたことが無いがあり得なくはない。超能力自体、現代科学で解析不可能な『魔法』のようなものなのだから。


だがココロが化け物と称したのはその能力故ではない。その在り方だ。


武器も持たず、得体の知れない『人体収集家』にコレクションの紹介をされれば、特別な特徴を持つ人間ほど怯える。


いずれ自分も、あの棚に並ぶのではないか、と。

棚に並ぶ『特別』に自身を重ね合わせ、同調し、心を揺れ動かす。


だがソラはまるで平然に、テレビの向こうの風景の話をするように受け答えをしていた。そこに強がりや虚勢の色はない。


出あって僅か10分程度で相手の全てを見透かせると思うほどココロは傲慢ではない。だが一つ、確信したことがあった。

それは、彼にとってはあそこに並ぶモンスターも人間もだということ。


「きっと彼に同族なんていないんだろうねぇ~」


ココロは確信した。あれは、ヒトの形を持った獣だと。


◇◇◇


不動産屋との顔合わせから数日後、俺たちは車に揺られ朝の都市を走っていた。


車両買取業者のマルスから借りた一般的な普通車、を模した防弾車だ。5人乗りの赤い車をテンが運転し、前方を走る黒いリムジンを追っている。


今日は金曜日。ドース・ウェイブが地下クラブでお楽しみをする日だ。


「上手いわね。探偵でもしてた?」

「うるせぇな。この都市にいりゃあ、嫌でも尾行が上手くなんだよ」


つかず離れずでリムジンを追うテンの腕をミレナが褒める。テンは少し嫌そう、というよりも照れてるみたいだ。


(そういえば、テンのタイプって背の高い美人系だったな)


そんなことを何度目とも知れぬ武器確認をしながら思う。ただ乗っているだけの俺は数時間以上もこうして車で揺られている。


「もうすぐ予定の高架橋よ。準備はいい?」

「誰に言ってんのよ」

「大丈夫だ」


ローズが憎まれ口を叩き、俺は短く答えた。

だがローズの顔も、そして俺の顔もいつもとは違う。彼女の鮮やかな赤髪は薄い茶色となり、その顔立ちも変わっている。それは俺も同じだ。


これから俺たちがするのは、ドース・ウェイブの運転手を始末するための準備だ。


ドース・ウェイブは毎週末、専属の運転手の運転するリムジンに護衛二人を乗せ、地下クラブに向かう。


護衛は共にクラブに付き添うため、ドースと共に始末すればいいが、運転手はドースのお楽しみを駐車場で待ち続ける。


防弾仕様、緊急警備隊へのワンコールボタンを備えた車の中で。


こいつが帰ってこないとドースに気づかれた時点で作戦は終わりだ。


かといって正面から始末するにはC4でも持ってこないと無理だ。そんなことをすれば結果は同じだ。


そのため、作戦前に運転手の車に細工をする必要があるのだ。


作戦はこうだ。まず、運転手の車を止める。


こいつはドースのお楽しみの日に、社用車を無断で乗り回す悪癖がある。そこを狙う。それには貧困地区で雇ったチンピラたちを使う。


そしてその後、運転手を気絶させ、車両の制御装置をミレナの制御化に置く。ただそれだけだが、これが意外と難易度が高い。


まず、運転手を殺してはいけない。そうなれば、車両もろとも交換になる可能性が高い。


二つ目、運転手に不審に思われてはいけない。あくまで当たり屋のチンピラに絡まれただけだと思わせなければならない。


「しかし、運転手が馬鹿で助かったな」

「馬鹿と言うより下半身が脳みそなんでしょ」


こちらからは見えないが、黒塗りの車の中には女がいることを知っている。きっと高級車を見せびらかすために早めに車庫から持ち出しているのだろう。


「ソラ、そろそろ彼らに連絡を」

ミレナが手渡してきた使い捨ての通信端末を起動し、一件だけ登録されている連絡先にかける。


『……もしもし?』

僅かに緊張感が滲んだ、そしてそれを隠し虚勢を張っている声が耳に届く。


「俺だ。もうすぐ通る黒のリムジンだ。傷つけずに止めろよ」

『わ、分かってるさ!それよりも俺たちは気を引くだけでいいんだよな!?』


「ああ。仕事を終えれば金を渡す」

言い終わり、通信を切る。


「あいつら大丈夫か?」

漏れ聞こえた声を聞いたテンが不安そうにそう言った。


同感だ。あれなら金がかかっても同業者を雇った方が良かったかもしれない。だが今更だ。賽は投げられた。


テンはリムジンとの距離を詰め、後ろに付ける。

そしてそのリムジンは突如車線を変えたぼろいバンに幅寄せされ、車線の端に追い詰められ止まった。俺たちもリムジンの後ろに止め、退路を断つ。


ミレナが助手席の扉を開き、ぼろいバンのタイヤを消音器を付けたハンドガンで撃ち抜く。


その後、バンから降りてきたガラの悪そうな青年たちが、タイヤを見てパンクしたことをアピールし始めた。


「さて、行くか」

ここからは俺たちの出番だ。


俺とテンが車を降り、彼らの元へと近づく。まるで彼らの仲間のように。


「オイ、ダイジョウブカヨォ!」


テンが手を掲げ、親し気に話を聞く、はずだったんだが……

クソ芝居だ。何でもできるのに演技は出来ない男、テン。


「……おい、黙ってろ」

軽く小突き、役交代を告げる。


「どうしたんだ?急に止まって」

「パンクしたみたいなんだ。タイヤ変えんの手伝ってくれ!」


おいおい、まじかよぉ、とか頭悪そうな会話をしながら車の周りにたむろする。リムジンに動きはない。まだ警戒されているな。


「器具持ってきてくれ!皆で協力して持ち上げんぞ!!」


(早く出てこい。女にいい顔したいだろ……)


焦れる気持ちを隠しながら器具を取り付け始めた辺りでリムジンの扉が開いた。

中から、壮年の男が出てくる。扉に隠れて見えないが片手には、銃か。


「おい!お前ら!車を今すぐどけなさい!警察を呼ぶぞ!」

「え?ああ、すいません!手伝ってくれませんか!?」


申し訳なさそうな表情を浮かべ、少しずつリムジンに寄っていく。


「と、止まりなさい!!止まれ!!」


険しい顔で唾を飛ばす。その目は揺れ、視野狭窄になっていることが簡単に見て取れた。だから背後から忍び寄る人間に気づけない。


「……」

「……がぁッ!」


ローズの拳が運転手の腹に刺さり、その意識を容易く飛ばす。

容赦ねえな。

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