スミス

翌日、俺は都市南西にあるアジアタウンに来ていた。蛇のような細長い胴体を持つ龍のホログラムが建物の隙間を這い、派手な装飾が通りを彩っている。


俺はその一角にある有料駐車場に車を停め、アジアタウンの中に入る。ここは半世紀ほど前にできた移民地区だ。


東側の国が遺跡の暴走で滅び、そこから流れてきた移民たちが作った場所らしい。ちなみに『アジア』という呼称は、大昔の東側の呼び名だそうだ。


立ち並ぶ屋台には異国の郷土料理が並び、どこか独特な香木のような香りが漂っている。それに混じり、鼻につく異臭もする。


(麻薬か……)


路地裏には座り込み、力なくパイプを吸う浮浪者の姿があった。

最近流行っている植物性ドラッグだろう。確か、アジアタウンのギャングが作っているとかテンが言っていた。


電子ドラッグとは違い、非電脳者も使えるので貧困層によく広まっているとか。


それ以外にも、このアジアタウンは違法武器の製造拠点としても有名だ。南部の一部を工場かしており、そこで堂々と作っている。


なんでも、表向きは都市の経営にも影響力を持つ大企業の下部組織として、工場を運営しているらしい。


俺は浮浪者を跨ぎ、路地裏を進んでいく。チャイナ服を着た客引きを躱しながら進んでいくと突き当たりに辿り着いた。


そこには小さな扉とネオンの看板が掛けられている。中の回線が切れているのか真ん中の文字が掠れていたが、そこには『スミス武具店』と書かれていた。


俺は3,3,2のリズムで扉を叩く。

するとジジジ、という電子音の後で『入れ』という不愛想な声が聞こえた。


「よお、いらっしゃい」


カウンターには、声の通りの厳つい大男がいた。無精ひげを生やし、色黒の肌には銃を持った死神のタトゥーを入れている。


「どうも、スミス」


男の名はスミス。本名かどうかは知らないが、この都市で信用できる数少ない個人武器商人だ。


「武器の整備と弾の補充を頼むよ」

俺はサブマシンガンとハンドガン、そして二振りの短剣をカウンターに置いた。


「おう。……すぐに終わるから待ってな」


スミスは武器を持ち、軽く状態を確認してそう言った。

俺は店内に展示された様々な武器を見る。


銃器から小型のパワードスーツまで様々な物が展示されているが、その中でも近接武器が多く見て取れる。


ここの店主、スミスは銃と電子機器全盛の時代に、近接武器を売り出す物好きだ。


「てめぇ、何斬ったんだ?強硬度ステンレス鋼の短剣がガタついてんぞ」


スミスは黒の短剣を眺めながら、呆れを露わにした。


「あれだよ、あれ。背中に大砲背負った犬」

「アサルトドッグか。……言っとくが、あれの背骨を斬れるほど頑丈なモンじゃねえぞ」


「斬れたけどなぁ……」

「てめぇの馬鹿力で振れば斬れるだろうさ。刃はガタつくがな」


「……もっと頑丈なのない?」

「南重工の短剣で不服ならあとは遺物ぐらいだな。一千万は超えるぜ」


絶対に買えなくも無いのが嫌な値段だ。


「『アウィス』も大分ガタが来てるぜ」


そう言ってスミスはハンドガンをひらひらと振るった。


「エイズル電機はレーダー作ってる会社だからな。『アウィス』はマシな武器だがあまり頑丈じゃない。替え時だな」


「おすすめは?」

「何を殺したい?」


「……モンスター」

「なら、リボルバーだな」


スミスは壁の一角を指さした。リボルバーと一口に言っても、サイズから口径まで様々だ。


「上に行くほど値段は張るが性能は良い」


俺は真ん中ほどに掛けられた一つの武器を指さす。黒いグリップにシルバーの銃身には、見かけ通りの威力が宿っているだろう。


「ヴィーナス社の『オリゾンR2114』だな。馬鹿火力と馬鹿反動のクソ銃だ。剛金フレームを入れた義体者ぐらいしか撃てねえが、お前なら大丈夫だろ」


「じゃあ、これ一つ。弾は?」

「357マグナム弾だ。火薬を増やした増強弾もあるぜ」


「両方くれ。100発ずつぐらい」

「あいよ。整備代も含めて100万でいいぜ」


俺はカウンターに通信端末を差し出し、代金を支払った。


受け取った『オリゾンR2114』というハンドガンをホルスターに収める。

サブマシンガンは背負い、短剣二本は腰に収めた。


弾の入った箱はバックパックに入れて背負う。


「じゃあ、また来るよ」

「おう。死ぬなよ」


扉を潜り、外へ出る。


「降ってきたな……」


顔を冷たい雨粒が流れる。空を見上げると、厚い曇天の雲から無数の雫が落ちてきていた。

今日の天気予報は晴れだったんだが、やっぱり当てにならない。


東から吹く風は、不自然な雲を運んでいた。

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