狂愛相心
「おせーぞ、ソラ」
「悪いな、今開ける」
俺はテンの文句を聞き流し、鉄格子の鍵を開ける。怯えたように座り込むターゲットの手錠の鍵を外し、外に運び出す。そして、鍵束を牢の中に放り込んだ。
残りの人間を助けることはできないが、勝手に助かる分には俺に関係が無い。俺は戸惑うような眼差しを振り切り、車両にターゲットを乗せる。
「じゃあ、帰るぞ」
カルロスの言葉に従い、全員が車両に乗り込む。
これで、今回の仕事は終わりだ。俺は窓から巻き上がった砂ぼこりを眺める。
次期にあの倉庫も消え、荒野の一部に変わるだろう。
だがその前に、しなければならないことがある。
「テン。適当な場所で降ろしてくれ」
「用事でもあんのか?」
「ああ」
「じゃあ、アタシも降ろして」
ローズも不愛想に呟いた。思ったよりも敵が弱くて不完全燃焼のようだ。こういう時のローズには関わらない方がいい。
「今日の打ち上げは寂しくなりそうだ」
レットが寂し気な表情を浮かべるが、それとは対照的にレインは微かに嬉しそうだ。
相変わらず嫌われている俺、可哀そう。
車両はやがて、荒野の荒れた土の上から、アスファルトの地面の上を走り出す。疎らに立つモーテルや家を通り越し、ビルの立ち並ぶ郊外に辿り着く。
「駅の近くでいいか?」
「ああ。頼む」
南部は工場ばかりの場所だが、モノレールは通っている。俺は夜にも関わらず、人気のほとんどない駅の前で降りる。
コンクリート造りの古びた駅は、無人駅であり、駅員もいない。落書きのされた外壁を見やりながら、俺は改札を潜る。
ホームに座った俺は、通信端末を開き、カーラに電話を掛ける。
短いコール音の後、彼女の声が聞こえた。
『……なあに?珍しい』
眠たげでとろんとした声が端末越しに聞こえてくる。どうやら寝ていたようだ。
「悪い、カーラ。聞きたいことがあって」
『ん。いいよ』
「カーラの所属してる店ってどこにある?」
『……なんで?』
聞いたことないような低い声で聞き返された。先ほどのような眠たげな様子は微塵もなく、底冷えするような威圧感だけが漂っている。
「え?いや、どこかなあって」
『……私を買いたいの?それとも私以外を?』
今度は急に優し気な声音になり、幼児に問いかけるように聞いてくる。それが逆に怖い。
「誰も買わないよ。仕事でいるんだ」
なぜそれを知りたいのかはカーラには伝えたくなかったので、理由を抜いて答える。カーラもそれ以上は聞いてこなかった。
『北部にあるの。場所を送るね』
端末に位置情報が送られてきた。場所は、北部の一等地じゃねえか。俺が言っても門前払いされそうだ。
『ドレスコード必須だから』
そう言うカーラの言葉は、拗ねたような響きを含んでいた。教えはしたものの、面白くは無いのだろう。
「……悪い。なあ、カーラ」
『なに?』
「今日、会いに行ってもいいか?」
『……ソラが来るの?』
「行く」
『うん。じゃあ、いいか』
それだけを言い、カーラは通話を切る。彼女の最後の声音からは、鈴を転がすような穏やかさを感じた。
機嫌は直してくれたみたいだ。
大きな摩擦音を立て、モノレールが到着した。俺は北部行きの車両に乗り、空いている席に座った。
時速100キロを超えるモノレールは大きな揺れもなく、都市の上空を通過する。窓辺から覗く景色は瞬く間に過ぎてゆき、全ての現実をかき消す。
下で蠢く人間もその営みも何も見えない。ただ、彼らの築いた摩天楼だけが光を纏い、輝いている。
ビルをポールのように見立て、くるりと回るピエロの幻光が嘲るように笑っていた。
人の気配を感じないこの景色は、都市の中でも一番好きだ。俺はこれから味わう苦々しい体験を考えないようにしながら、無機質な人形のようにただ、座り続けた。
◇◇◇
「くそッ!」
拳を勢いよく叩きつける。硬質なハンドルを殴ったせいで、焼けるような鈍痛を感じるが、それすらも気にならないほど、彼の気は荒ぶっていた。
「クソクソクソくそ!どうすればいい!」
視界に写るビジョンには、NO SIGNAL とだけ表示され、何度かけなおしても繋がらない。
車両のシステムが報じるニュースでは、郊外の倉庫が襲撃され、従業員の死体が発見されたと伝えている。
ドローン映像と思われる空中からの引きの絵は、彼が最近訪れた場所だった。
「ばれるよな…。ばれた。絶対に!逃げないと!なんで、くそッ!」
警察が詳しく調べれば、あの場所が人身売買組織の本拠地で、誰が依頼主かまで芋づる式に判明するだろう。
そうなれば、裏金を渡す余裕も無い彼は、豚箱にぶち込まれる。
今すぐ都市を離れなければならないほど追い詰められた彼は、支離滅裂な言葉を呟きながら、今後の計画を立てる。
「都市から出ないと…。でもそのためには金が要る。どうやって……」
頭を抱えて悩む男は、ふと、名案を思い付いた。常人が聞けば、おぞけが走るような狂気の案を。
「彼女を売ればいいのか……」
黄金の長髪を思い浮かべる。初めて見た日から、彼の脳裏に焼き付き、身を焦がす艶やかな『美』を。
彼女なら、ブラックマーケットに引き渡せば、高値で売れる。足元を見られても、100万クレジットで売れるはずだ。
「少しは時間あるよな」
にやりと口角を吊り上げ、歪に笑う。男の頭は、自身の下で喘ぎながら、白い裸体をよがらせる金髪の美女の妄想で埋め尽くされる。
あの女神のような身体を一晩でも自由にできるなら、何を支払っても惜しくはない。例え、都市から逃げるのが遅れても、何もせずに手放すなんてできない。
男は懐の武器を服の上から撫で、車を走らせる。彼女に繋がる唯一の手掛かりを求めて。
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