連鎖

俺は室内から通路へ出る。


二階には複数の部屋がある。

そのうちのいくつかから人の足音や呼吸音などが聞こえる。だが、人数的には大したことが無い。


俺は手前から順に扉を僅かに開き、中の人間を確認する。

「…ターゲットじゃない」


隙間から室内に飛び込んだ銃弾が、内部の人間の脳を砕き、地面に沈ませる。それを繰り返し、端から順に殺していく。


(にしても、相変わらずすごい銃だな)


カルロスの持つ拳銃、《ゴールドフェザー》は前期文明の遺物だ。


内蔵されたAIが銃弾を空中で跳弾させ、不規則な軌道を描く魔弾を放つことが出来る、らしい。


射程圏内ならほぼ必中の兵器だ。俺と戦った時に折り返してきた弾丸の正体もそれだった。

カルロスはそれを使い、潜入する俺をサポートするのが役割だ。


最後に辿り着いたのは、2階の吹き抜けと接している管制室だ。1階の様子をガラス越しに見ることができ、複数のパネルと操作盤が並んでいる。


俺はガラス張りの戸を開き、ゆっくりと管制室に座る男の背後に忍び寄る。そして、短剣を引き抜き、男の延髄に突き立てた。


即死した男は、僅かに体を痙攣させ、死んだ。俺は男の死体を椅子から引きずり下ろし、代わりに座る。


「管制室に着いたぞ。次はどうする?」

『…渡したデータチップを挿してください』

「はいよ」


俺は挿入口にデータチップを差し込む。マルウェアが防壁を改ざんし、レインを招き入れる。これでこの施設の制御は完全に奪い取った。


モニターに表示される監視カメラ映像が切り替わり、1階の映像を映し出す。


元は車両倉庫だった名残を示すように大型のクレーンが天井に吊るされており、そこに置かれた車両や机が生活感を醸し出している。


「結構いるな…」


予想通り、一階には大勢の犯罪者がたむろしており、当然、人を閉じ込めている冷蔵庫の前には見張り役の兵隊が立っている。総数は10人ほどだろうか。


『…はい。なので、作戦を変更します。幸いにも冷蔵庫の防弾性能はかなり高いようなので、先に犯罪者たちを殲滅後、救出します』


結局、荒事かよ。俺は背負ったサブマシンガンを取り出し、安全装置を解除する。


『合図を待ってください』

「はいはい」


俺は銃を構えながら管制室を出る。吹き抜けの2階から1階を見下ろす。高く積まれた棚にはよくわからないパーツが並んでいる。


楽しそうにポーカーに励む犯罪者どもを見ながら、俺は黙って合図を待つ。


二階には俺と同じように見張りをしている奴もいるが、満面の笑みで頭を下げたら、満足そうに頷いた。


バカだ。仲間の顔ぐらい覚えとけよ。いないだろ、短剣二本もぶら下げた奴。

金髪のバカは、杯を呷るような仕草を向けてくる。


俺はあきれ顔を押し殺しながら、にこやかな顔を維持する。あいつ、真っ先に撃ち殺そう。


立って待っていると、頭にレインの声が響く。それと、けたたましい車両のエンジン音も。


『…今です』

「チッ!乱暴な作戦だなあ!」


俺は悪態をつきながら、片手で素早くサブマシンガンを構え、その引き金を引く。

ばら撒かれた弾丸は、金属の足場や棚に跳弾しながら、金髪の男をハチの巣にする。


そのままの勢いで銃を下に向け、椅子に座ってポーカーに興じる奴らを狙い撃つ。


二人ぐらいを血だらけにした辺りで、他の奴らは車両の影に逃げ込み、ショットガンやライフル、ハンドガンを構え、こちらに撃って来る。残り8。


俺は高低差を活かしながら、後退し、射線を切る。

「素人だな。適当に撃ちやがって」


数人で威嚇射撃をしながら、距離を詰めるのが正解だろう。全員固まって撃ったって意味は無い。


俺の耳にだけ届いていたエンジン音が下の奴らにも聞こえるほど大きくなり、奴らも異常に気付く。だが、もう遅い。


大型の装甲車が、金属がひしゃげる劇音を奏でながら一階の倉庫の壁を破壊し、飛び込んでくる。


「なんだぁ!?」

「ぎゃああぁあッ」


飛び込んできた車両は、奴らが隠れていた車両と激突し、陰に隠れていた犯罪者どもを押しつぶす。


赤い大輪の花を咲かせ、フロントガラスを真っ赤に染め上げる。運の悪い奴らだ。あんなとこに隠れなければ、轢死しなかったのに。


「残り5」


後部座席から赤い流星が飛び立つ。


深紅の軌跡を描きながら、それは縦横無尽に駆け巡る。散り散りに隠れた残党共の居場所が見えているように効率的に駆け巡る。


展開したブレードで首筋を切り裂き、撃ち返そうとした敵を片手に持ったショットガンで吹き飛ばした。


「あと、1か」

「な、なんなんだよぉおお!」


一人、また一人と減っていく仲間の姿に耐え兼ねたように、若い男が物陰から飛び出る。がたがたと震えながら、造りの悪そうなマシンガンを構えている。


その手は引き金に掛かっており、今にも弾が飛び出す寸前だ。


ローズがそれに反応するよりも早く、車両の窓から顔を覗かせたレットが、軽機関銃を乱射し、男の全身を木っ端みじんにした。


「はっはぁ!どうよ、ローズ!俺のナイスな手助けは!」

「アンタの助けが無くても間に合ったわよ」


ピースサインでローズに活躍を主張するレットは、冷たくあしらわれ、しゅんとした。可愛そうに。


「よし、レイン!扉を開けろ!」


気付いたら倉庫に来ていたカルロスがポットに入っているレインに上機嫌に話しかける。

その声に従い、重い金属の扉がゆっくりと開く。開ききったその先に会ったのは、鉄格子だった。


頑丈そうな鉄格子と鉄条網に囲われ、幾人もの人間が手足を縛られ、閉じ込められていた。


俺達が近づくと、憔悴したように弱弱しく顔を挙げる者が幾人かいた。彼らはまだマシな方だ。


ほとんどのものはこちらに顔を向けることもなく、ただ力なく横たわるのみだ。


「ううんっ!あー、この中にレイネス嬢はいるかな?親父さんからの依頼で救出に来た」


カルロスが問いかけると、元は鮮やかだっただろう黒の短髪を持つ、若い女性が顔を挙げた。彼女は怯えたようにこちらを見ながら、弱弱しく返事を返す。


「…わ、わたしよ。レイネス」

「よし。すぐに出してやる。レイン!」


『…無理です。鉄格子の鍵はアナログキーです』


よく見ると、鉄格子には頑丈で巨大な鍵穴が見て取れる。あれを無理やり外すのは厳しいな。


「チッ、化合強化ステンレスかよ。めんどくせえ。おい、お前ら。鍵探すぞ」


最後に鍵探しか。カルロスの言う通り面倒だが、やるしかない。しかも持っている可能性が高いのは血だらけになった肉塊どもだ。


「俺は二階に行くわ」

「俺も~」

「てめえは一階だ!木っ端みじんにしたゴミから探せ!」


俺は返事を待たずに動き出す。理由は二階の死体の方がきれいだからだ。同じ理由で二階に来ようとしたレットがカルロスに怒鳴られ、首を竦めるのを横目に見ながら。


鉄の階段を登り、吹き抜けから二階に登る。まず確認するのはムカつく見張りだ。目を見開いたまま、全身に穴をあけた死体を足で裏返して、その懐を探る。


「ねえな」


手に付いた血を乱雑に拭う。まあ、こんな下っ端が持っているとは思えなかったが。


俺は管制室に戻る。ガラス戸を開き、中に入ると、俺が殺した死体と点滅するモニターが目に入る。その死体を探り、鍵がないことを確認し、制御盤や棚に置かれた荷物を探る。

ほとんどは食べ差しのスナックやVRムービーのチップだった。


「ん?これか?」


制御盤の上に置かれた鍵束を見つけた。


「おい、カルロス。見つけたぜ」

『よくやった。持ってきてくれ』

「了解」


鍵束を手に取ると、その下に黒いファイルが置かれていることに気づいた。

気になって手に取り、その中を開く。中に入っていたのは、様々な人間の隠し撮り写真だ。


「今時珍しいな」


撮ったデータを現像するタイプの古いカメラ写真だ。


そういえば、このタイプのカメラは電子機器の持ち込みが制限されている場所にも持ち込めるので、探偵なんかが良く使っていると聞いたことがあったな。


ページを捲っていると、写真と共に、その個人の住所や名前などの個人情報が記載されている。


「ターゲットの情報か」


全体的に見目麗しい女性が多い。ここに載っている女性を攫い、顧客に売り払っているのだろう。中には、人攫いを頼んだ依頼主の名前も記載されている。


適当にページを捲る俺の手は、あるページで止まった。そのファイルの中身を取り出し、俺はポケットに仕舞った。依頼日は、13日前。


「レイン、監視カメラの映像ってどれぐらい残ってる?」

『…2週間ほどです。それが何か?』


「13日前の映像を俺の通信端末に送ってくれないか?」

『…なぜです?』

「頼む」


訝しむレインの疑問に答えず、短く頼む。そして俺は通信端末をケーブルで制御盤に繋いだ。


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