救出依頼

数日後、俺はカルロスに呼び出された。


早朝に騒がしい通信端末のコール音で起こされた俺は、二度寝する気分にも慣れなかったので、『彼』の元を訪れることにした。


AIタクシーに揺られること数十分、俺は久しぶりのビル街に来ていた。

ここに来るのは、カーラと泊まって以来だ。そして、このホテルであの男に目を付けられた。


俺は高級感あふれる内装を眺めながら、カウンターに近づく。そこに、以前見た男の姿は無かった。


俺はカウンターに座る女性の声を掛ける。


「すいません」

「はい。いかがされましたか?」


彼女はにこやかに微笑み、丁寧に答える。貧民地区では見られない上質のサービスだ。それだけで、このホテルの『格』がよくわかる。


「カントという従業員はいますか?以前、彼に街で会ったときに、仲良くなってね。また来てくれって言われたんですよ」


俺も笑顔を浮かべ、ウソをつく。だが、まるっきりのウソではない。街であったのは本当だ。それ以外は嘘だが。


俺の質問を聞いた彼女は、少し困ったような表情を浮かべる。


「カントさんなら、やめられましたよ。つい、数日前です」

「…そうなんですか。ありがとうございます」


俺は丁寧に彼女に礼を告げ、ホテルを離れる。


まさか仕事を辞めているとは。なぜ辞めたのかも聞きたかったが、そこまで踏み込めば怪しまれる。


俺は消化不良を抱えながら、街路を歩く。もっと詳しく調べたいが、約束の時間だ。そろそろ行かなければならない。


俺は再びタクシーを使い、クラブ『マインロック』に来ていた。


数日前にもミレナとの顔合わせで来た部屋に行くと、カルロス、レイン、レット、テン、ローズがいた。


彼らは思い思いの場所に座り、酒を呑むものもいれば、ヘッドセットを付け、インターネットの世界に旅立っている者もいた。


皆に共通しているのは、武装を整えているということだ。


「何の用だ」


久しぶりに会うカルロスは相変わらず、革のズボンと派手なコートを身に着け、全身を黄金で飾り立てていた。


その横には、真面目そうに座っているレインの姿もある。


「よお、ソラ。急な依頼があってな。なんと!犯罪組織から罪のないご令嬢を救い出す正義の仕事だ!金払いもいい。受けるよな?」


「…いくらだ?」

「20万クレジットだ。悪くねえだろ?」


確かに金払いはいい。瑠璃の珊瑚にマージンを取られて、残りを人数で割って20万ということは、依頼料は大金だ。ということは、依頼主は企業の人間だろう。


「それなら受けるよ。情報をくれ」

「そいつは移動しながら確認しな。…行くぞ、お前ら!」


カルロスは上機嫌に席を立ち、部屋を出ていく。カルロスに続いたレインがすれ違いざまにチップを適当に放り投げる。


「……依頼内容です。目を通すように」

相変わらず不愛想なやつだ。俺は通信端末にチップを差し込みながら、部屋を後にした。


すると、最後まで部屋に残っていたテンが廊下で追い付いて来て、俺の肩に手を回した。


「よお、ソラ!この前はどうだったんだよ」


最後は声を潜めながら、テンが楽しそうに聞いてくる。


俺は何の話か分からず、困惑の表情を浮かべる。


「ほら、この前の顔合わせの時。お前とローズ二人で帰っただろ?あの後、どうなったんだよ…!」

「何も無かったよ。映画行って帰っただけだ」


テンの下世話な表情に面倒くささを感じながら、答える。だがそれを聞いたテンはまだ不満そうだ。


「ガキかよ、お前ら…。性格はともかく、顔と身体は最高なんだからよ、押し倒して揉めよ~」

「あーあー!うるせえな!そんなことしたらぶっ殺されるよ」


俺は乱暴に回された手を振り払い、足早に歩き出した。


◇◇◇


俺は車両に揺られながら、通信端末に表示された依頼情報を読んでいる。


俺達はテンの運転で工業地区にある倉庫に向かっている。


その倉庫は、表向きは企業の生鮮食品置き場になっているが、その実態は人身売買組織の商品保管庫だ。


企業も実体はなく、ペーパーカンパニーであり、冷凍トラックに人やパーツを詰めて都市中に配送している。


目的は晒された企業要人のご令嬢の救出であり、犯罪組織の殲滅ではないため、令嬢を救出するまでは気づかれないようにしなければならない。


「面倒な依頼だな…」

「はははは!今から降りるのは無理だぞ!」

「分かってるよ…」


楽しそうに笑うレットに力なく返す。これ、作戦的に一番大変なの俺じゃないか。


「侵入するのはソラだ。倉庫の構造は覚えておけよ。狙撃を俺がする。サポートをレインがして、ソラが対象を確保後はローズとレットが陽動して敵を引き付けろ」


俺の予想を裏付けるように、カルロスが作戦を発表する。やっぱり俺が一番大変だ。


「…進入路を計算します。確認を」


通信端末を見ると、倉庫の構造図が勝手に開き、予想される敵の配置と防犯カメラの

位置が表示され、自動で進入路が描かれる。レインの仕業だ。


俺はそれを必死で目に焼き付ける。


義眼化も電脳化もしていない俺は、マップを動きながら閲覧することができない。自分で選んだ道だから仕方ないが、こういう時は不便だ。


さっさと網膜投射型の通信端末を買うべきか……


車両に揺られながら通信端末を眺めること数十分、俺たちは目的地に到着した。南方の工業地区は広い道路と高い塀に囲まれた工場が所狭しと並んでいる。


だが目的の倉庫は工業地区の端にある荒野と接した場所に立っている。周囲には似たような倉庫がまばらに並んでおり、視線を遮るものはほとんどない。


俺達は倉庫から数百メートル離れた岩陰に車両を止め、準備が整うのを待っている。


レインは大型の装甲車の助手席に設置されている大型のポットに接続し、ネットにダイブしている。


彼女が倉庫周辺の監視カメラや警備ドローンをハックしたら、俺が突入だ。俺はサブマシンガンの弾倉を確認し、装填した。


背後に背負い、肩ひもでしっかりと固定させる。後の武装は短剣2本とハンドガン一丁だ。侵入するのに重武装は必要ないため、残りの武器は置いてきた。


腕に嵌めた骨伝導イヤホンを軽く叩き、接続を確認する。


「……準備できました。これから倉庫周辺の警備システムはあなたの姿を認識しません」

ヘッドセットを付けたまま、レインが作戦の進行を報告する。


「よし、行くぞ、ソラ」


カルロスの合図に従い、車両から降りる。そして、疾走する。砂塵を巻き込みながら背後に砂ぼこりを従え、俺は巨大な倉庫の外壁に近づく。


こうしている今も、レインが監視システムを騙し続けている。早めに侵入すれば、それだけレインの負担も減る。


壁に近づいた俺は、勢いよく跳躍し、漆黒の短剣を突き立てる。

ぶら下がったまま俺は、もう一本の短剣を抜き、さらに高い壁に突き立て、体を引き上げる。それを繰り返し、壁を昇る。


「レイン、壁の上まで行った」

『……OKです。中庭のカメラも騙しました。行ってください』


俺は壁の上に頭を覗かし、壁を跨いだ。下を見ると、後ろを付いて来ていたカルロスが黄金のハンドガンを掲げている。


カルロスは、あの不可思議な銃で俺の潜入をサポートする役だ。それを見ながら、俺は重力に身を任せ、5mを超える壁を飛び降りた。


荒い岩肌に膝で衝撃を殺し、着地する。


左右を見ると、人の姿は無いが、巡回路の内だ。倉庫の側には古くなったバッテリーや壊れた冷蔵設備など、様々な粗大ゴミが積まれている。


この倉庫の構造は、2階建てになっている。1階の半分が冷蔵庫ということになっており、半吹き抜けの2階にいくつか部屋がある。


レインの分析では、人質たちは1階の冷蔵庫にいるのではないかという予想だ。俺はどうにかしてそこに行かなければならない。


「あそこか」

俺は再び跳躍し、2階部分の窓枠に指先だけでぶら下がる。


『……開けましたよ、どうぞ』


かちゃりと静かな音を立て、窓の鍵が開く。音を立てないように窓を開き、するりと体をねじ込む。ベージュのカーテンをかき分け、室内に入ると、濃い、血の匂いが鼻についた。


「酷いな…」


浴室を改造したと思われる部屋の床は淡い色のタイルが敷き詰められ、一般家庭にあるような浴室がぽつんと置かれている。


氷水の張ったその浴槽の中には、下半身が無く、上半身も開かれた男性の遺体が浸かっていた。その側には作業台と血まみれの解体器具が置かれている。


解体部屋だ。ここで、インプラントや臓器を取り出しているのだろう。商品にならない人間はばらして売り払っているのだ。


がちゃり、とドアノブを捻る音がする。鉄の扉が開き、その隙間から、血塗れの前掛けをした男の姿が目に入る。


男は金属のトレイのようなものを抱え、ハサミやナイフなどの器具を運んでいる。


「ったくよう…。あと何人ばらすんだよ」


愚痴りながら入ってきた男は、俺の姿を見て硬直した。


「は?だっ、誰ッ――!」


男は叫ぼうとする。だが、それよりも一瞬前、するりと空気が流れた。ほんの小さな鉛玉が、窓から室内に入り、そして男の眉間を通り抜けた。


男は頭から血を吹き出しながら、大きく後ろへ倒れ込む。


「まずッ」


俺は慌てて、男に駆け寄り、金属トレイを支えてゆっくりと地面に下ろす。


「はあ。カルロス、やるならやるって言えよ」

『くくくっ!危なかったなあ、おい』


から狙撃をしたカルロスが楽しそうに笑った。そして微かに合成音声のような笑い声も聞こえてきた。


「手助けどうも」


皮肉を返して室内から通路へ出た。

ステルスミッションの開始だ。

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