ちょっと怖いデート

翌日、俺は都市東側にあるハイウェイ地区に来ていた。


見渡す限り、ビルが立ち並び、そのどれも清潔感溢れる外観をしている。


若者向けのカフェには今時の服装をした女性たちが列をなし、楽しそうにおしゃべりをしている。

明かりを落とし、人気の少ない建物は夜間に営業している飲食店だろうか。営業時間に備え、ひっそりと息をひそめている。


それ以外にも有名ブランド店らしきブティックやアクセサリーショップ、あるいは厳つい店構えの武器屋までもが並んでいる。


狭い空間を有効活用できるようにビルの半ばにも出店スペースがあり、地上から伸びた歩道橋やビル間を通る橋で蜘蛛の巣のように繋がれている。


通りに溢れる人間のしゃべり声や店から漏れるBGMなど雑多な音が耳に届く。ここはプラジマス都市でも有数のショッピング街だ。

俺が昨日、テンとローズと飲んだのもここだ。


俺は今、モノレールの駅前で人を待っていた。


服装は淡いジーンズに黒いコート。その下には見えないように防弾シャツを身に着けている。武器は腰に差した短剣一本と、傭兵になったときから使っているハンドガン一丁だけだ。


数か月前までは武器も持たずにうろついていたが、今は短剣と拳銃を持っていても僅かな不安を感じる。


あの時よりも強くなっているのに不思議なもんだ。悪いことをしているという自覚が、存在も不確かな外敵への警戒心を生んでいるのだろうか。


空中を走るモノレールの車両を見ていると、赤い4両編成の車両が駅に入ってきた。待ち合わせの時間を考えると、あれが彼女の乗っているモノレールだろう。


俺は見つかりやすい位置に移動するために、駅の出入り口に向かっていく。

東口の外にある噴水に腰掛け、少し待つと、出入り口から見知った金髪の美女が出てくるのが見えた。


長い金髪をたなびかせ、優美な脚線を見せながら歩いている。


ジーンズとシャツだけのシンプルな服装だが、華やかな容姿のカーラは、それだけで周囲を彩るような美しさを漂わせている。


道行く社会人や学生たちの視線を集めながら、カーラは俺の前までやってきて、にこりと笑みを浮かべる。夜に浮かべる艶美な表情とは違う、花開くような笑顔だった。


「おまたせ。待った?」

「待ったよ。まあまあ待った」


俺は悪びれる様子のないカーラにじとりとした眼差しを向けるが、彼女はお決まりの笑顔で受け流す。


いつもこうだ。彼女が約束通りの時間に来た試しがない。大抵、15分ぐらい遅れてやってくる。俺は諦めの混じったため息を吐き、立ち上がった。


「行こっか」

カーラは俺の腕に手を絡ませ、引っ張る。


俺とカーラの関係は、よく分からない。相変わらず彼女の素性はよく分からないし、彼女も俺のことを聞いてこない。


俺たちはどちらからともなく連絡を取り、偶に会っている。恋人とも友人とも娼婦と客とも取れないそんな関係だ。


「そういえば、カーラに誘われる日って仕事ないんだよな」


カーラに引っ張られるまま、通りを歩く。それが何となく照れ臭かったので、前々から不思議に思っていたことを聞いてみた。


カーラはきょとんとルビーのような瞳を瞬かせ、俺を見る。俺の手を持ち、後ろ向きに歩きながら首を傾け、「どうしてだと思う?」と言った。


カーラに手を引かれながら、俺はそのいたずら気な瞳から目が離せなかった。


楽しそうに弧を描く瞳を、金糸のような髪がさらりと流れる。その様子は、迷い子を湖に誘う妖精のように幻想的で儚かった。


「……さあな。盗聴でもしてんのか?」

「んー。そうかもね」


適当に答えた俺に興味を失くしたみたいに、カーラはくるりと反転し、また腕を組んだ状態に戻る。


右腕に柔らかな感触と彼女の体温を感じ、俺はようやく白昼夢から覚めた。


「こっち。多分、気に入るよ?」

「分かったよ……」


ぐいぐいと俺の腕を引きながら、カーラは楽しそうに歩き出す。歩道橋を登り、ビルの外通路を行くと、辿り着いたのはテラスの端にある一軒の飲食店だ。


全面がガラス張りで、店内は木目調の落ち着いた雰囲気だ。立地のせいか、下の喧騒とも遠い。


隠れた名店と言った店構えだ。というか、俺が昨日飲んだ店だ。


「――カーラさん?」


ぎぎぎ―と油の切れた人形のように、隣に立ち店を見ているカーラの顔を見る。

彼女の表情は普段通り、柔らかな笑みを浮かべており、その内心は伺い知れない。


偶然か?確かに酒も食事もうまいいい店だが、昨日の今日で被るとかある?まさか本当に盗聴とかされてないよな……。


俺はくるくると視線を彷徨わせながら、このちょっと不気味な状況を整理しようとする。


気付けばカーラはじっと感情の伺えない瞳で俺を見つめていた。


「知ってる店だった?」

「あ、うん。昨日傭兵仲間と来たんだよ」


「そっかぁー。別の店にする?」

「い、いや、ここがいい。美味しかったし」


彼女がしゃべるたびに微かな吐息が首元にかかり、くすぐったい。何か段々と距離を詰められている気がする。そしてそれが少し居心地悪く感じる。


俺が身じろぎをすると、彼女はぱっと俺から離れ、店の方へと向かっていく。自由気ままな彼女らしいが、今は別の意味が含まれているような気がした。


俺はなぜか額に滲んだ冷や汗を拭いながら、彼女の後を付いて行った。


「美味しいね、ここ」


カーラはランチメニューを頼み、大きなサンドイッチを頬張っている。


小さな口がパンを噛みちぎる姿はリスのようで愛嬌があり、それでいて気品を感じさせる。


俺がやってもこうはならない。俺も同じものを食べながら、カーラに探りを入れてみることにした。


「ああ。……来たことないのか?」

「ふふふっ。ここを紹介したのは私だよ?来た事あるに決まってるじゃない」


カーラは柔らかく微笑み、自然に俺の疑念を否定する。俺が彼女の表情を見続けていると、ことん、と可愛らしく首を傾げた。


ダメだ、分からねえ。元々、人の機微に疎い俺がカーラの表情を読もうなんて百年早かった。


諦めてサンドイッチを噛み砕き、食事に集中することにした。噛み締めた厚切りのブタカツの衣が音を立ててほどけ、中の肉の弾力を伝えてくる。


溢れ出した肉汁と柔らかなパンの組み合わせが絶品だ。これなら毎日でも食べたいぐらいだ。


詮索を諦め、食事に集中する俺を、カーラは楽しそうに、にやにやと微笑みながら見ている。


「……なんだよ」

その意味ありげな笑みが気になって、問いただしてみると、さらに彼女の笑みは深まった。


「別に。ただ、かわいいなぁって」

「あんまり嬉しくねえ」


前後の文脈を考えるに、可愛いってより微笑ましいだろ。それは嬉しくない。


「そうだね。可愛いのはベッドの上だもんね」


テーブルに身を乗り出し、囁くように語り掛けてくる。その艶を含んだ声に、思わずぞくりと背筋を震わせる。


「……やめろ、いきなり」


本当に、こういうところが敵わない。俺は、反応を楽しむようなカーラのからかいの眼差しを無視して、手早くランチをかき込んだ。


「ねぇ、ソラ。知ってる?【人形遣い】のこと」

食べている俺を楽しそうに見ていたカーラが、そんなことを言いだした。


「人形遣い?」

「そう。新しい賞金首。ここ数か月で薬物中毒者とか浮浪者が集団で企業の要人を襲う事件が増えているの」


「はあ……」


急に変わった話に付いて行けず、空返事を返す。だけどカーラは気にしたことなく、笑顔で続けた。


「面白いのはここから。……彼らは皆、義体者でハックされて操られていたの。それも一人の人間に」

「それは、異常だな」


本来、他人の義体を遠隔操作するのは難しい。


それは、そもそも義体には他人の制御を受け付けるようなソフトウェアが組み込まれていないためだ。


そのため、義体を操ろうと思えば、マニュアルで操作するしかないそうだ。


実際、以前レインがやったように義体にウイルスを流して遠隔操作をすることは出来るが、それを同時に操るのは難しい。レインでも数人を歩かせるぐらいが精いっぱいだろう。


「凄腕のハッカーだな」

「そうなの。その【人形遣い】の絡繰りを盗もうとIT大手が連名で懸賞金をかけたの。金額はサイトによるけど数億クレジットだって」


すげぇな。大虐殺をしたテロリスト並みの懸賞金額だ。それだけ、特別な技能を持っているという証明なのだろう。


だが分からないのはなぜカーラがそんな話をしたかだ。


「何でその話を?」

「ンー、難しい話を聞いて考え込むソラの姿を見たかったからかな?」


碌でもねぇ理由だ……。

しかめっ面になった俺を見て、カーラは心の底から嬉しそうに笑った。

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