我が家
「じゃあ、車は俺がマルスに返しとくぜ」
「ああ、頼んだ」
俺はテンと拳を打ちあわせ、送ってくれた感謝を伝える。
黒いジープはそのまま走り去り、街路を曲がってビルの先へと消えていった。
数日後には依頼主とローズたちの顔合わせがある。それが終わればいよいよ作戦開始だ。それまでにナイフや弾薬の整備をしておかなければ。
俺は歩きながら通信端末を取り出し、馴染みの
俺は最も近い日時に予約を入れ、通信端末の電源を落とした。その画面には罅が入り、所々傷もついている。たった数か月使っただけでこれだ。
もとより、軍用品でもなければ、戦闘用でもない。これだけ持っただけでも奇跡だろうが、そろそろ変え時だ。
(でも、中々無いんだよなぁ……)
この都市で通信端末を必要とするのは、電脳化していない者たちぐらいだ。プラジマス都市では、7割が電脳化しているらしいので、通信端末は3割向けの商品となる。
自然と市場は縮小していくし、その中で
(できれば最低限の『防壁』入りのがいいんだけど)
そんなことをぼんやりと考えながら、俺は人気のない道を歩き、今の住処へ向かっていく。
傭兵になって数週間は安宿やカーラの家に世話になっていたが、ある程度金が溜ってからはマンションの一室を借りている。
マンションと言っても金持ちが住む高層住宅のようなものではなく、俺が昔住んでいた貧民地区の
西方のサンデラ地区と南方の工業地区に挟まれるようにあるここ、ミッド地区は貧しいが生活はできるという人間、この都市では一般的な中流層が住む
そのため貧民地区であるサンデラ地区よりはマシな住処とマシな店とちょっとだけマシな治安が保たれている。
少なくとも、俺のような武装した人間に絡んでくるような脳がぶっ飛んでる奴は少ない。
俺は違法駐車された車両の間を通り、マンションの中へ入る。薄汚れた床と落書きまみれの壁を横目にエントランスを抜け、鉄条網で囲まれただけの雑なエレベーターに乗り込む。
自室のある階層のパネルを押すと、がたがた――と不安になる振動を起こしながら上昇を始める。
このマンションは巨大なロの字型になっており、鉄条網の隙間から、中央を覗き見ることが出来る。
元は美しい空を見えるように設計された吹き抜けの天井だったのだろうが、今は蓋をされ、電灯が照らすだけの閉塞感を感じさせる構造となっている。
聞いた話では、
それ以来、この建物は外部からの襲撃に備えた造りに改築され、俺のような傭兵が多く住みつくマンションへと変わった。
エスカレーターが停止し、鉄の仕切りが開く。俺は薄暗い通路を通る。途中に置かれたベンチには義眼を光らせる義体者が座り込み、隣の男と何かを交換していた。
薬か武器か。何かは知らないが、よく見る光景だ。
俺は室内に入り、鍵を掛ける。中に入るとセンサーが反応し、明かりがついた。
窓からは主要道路と数多のヘッドライト、夜でも光を絶やさないビルの明かりが見て取れる。俺は冷蔵庫から適当な酒を取り出し、窓枠に腰を下ろした。
「……はあ」
テンとローズが承諾してくれたことで、ようやく作戦の頭数が揃った。相手の得体が知れない以上、共に行動する人間は信頼できる人間にしたかったので、俺としては一安心だ。
「成功すれば、大金が手に入る……」
そう、金だ。この都市では金が全てだ。それさえあれば全てが手に入る。武器も権力も安全も全ては金で手に入る。
カーラ曰く、人が生きるには目的が必要らしい。なら俺の目的は一つだけだ。
拳に力を込めると、紙のようにアルミ缶がひしゃげる。力は前よりも上がっている。反射神経も肉体強度もだ。俺は時機に、夢の力を取り戻せる。
後は金と装備だ。最高の装備を得るためには遺跡に潜る必要がある。そして外に出るためには金がいる。
「ままならないな」
遠回りで目的地に行くような現状に嘆息する。だが悲観の色はない。半歩ずつでも確かに進んでいる。
輸送車で目覚めてからずっと、俺は『願い』を抱いている。いや、それは『願い』などという高尚なものではない。そして俺の願いなのかも分からない。
昔のことは何も覚えていないが、不思議と『彼』は俺は違う存在だったのだと分かる。
俺はもしかしたら、『彼』の願いを白昼夢の中で追いかけているだけの空っぽな人形なのではないかと思う時がある。
「……はぁ」
俺は頭を振り、雑念を追い出す。俺が何であれ、現実の世界で仕事をすることが決まっているのだ。なら今はそれだけに集中するべきだろう。
俺は通信端末を使い、雇い主に連絡を入れる。運転手と戦闘員が揃ったと。俺が連絡を入れてすぐ、返信が返ってきた。
「えっと、三日後に顔合わせしたい、ね。……了解、と」
俺は雇い主に了承の意を伝え、テンとローズにも連絡を入れた。
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