祝賀会

「まあ、30万だな」

男は骨筒を見てしみじみとそう言った。


「……30万?40本はあるぞ!?」

「そんなこと言われてもな。俺も下請けだ。買い取り額はいじれねえよ」


「……チッ。それでいいよ」

「はははっ。毎度~」


素材屋の親父は黄ばんだ歯をむき出しにし、にたにたと笑った。こいつ、ぼったくってたら、二度と使わない。


「振り込んだぜ」


俺は通信端末に代金が振り込まれたのを確認し、屋台を後にする。ローズとテンはすでに店に行っている。


あいつら俺に素材の売却を押し付けやがった。売値に文句言っても聞かないからな。


俺はテンから送られてきた位置情報を確認しながら、歩道橋を渡る。


ここは都市の東方にあるショッピング通りだ。

中流市民向けの店が多く立ち並ぶこの場所は、治安もそれなりによく、手ごろな値段の店も多いので大勢の人で賑わっている。都市西方にあるディーン地区とは対照的だ。


この辺りは高低差があり、ビルとビルの間は多数の通路で繋がっている。そうすることで狭い一区画に多くのテナントを出店しているのだ。


高度な建築技術を持つ現代文明だからこそ成しえる業だ。

ここは道が入り組み過ぎていて、マップが無ければ、数十メートル先の目的地にも辿り着けない。


空中通路を縁取る白灯が星のように輝き、道路を走る車両のヘッドライトが網膜を焼く。光に覆われたこの場所は一時たりとも眠らずに、財を吸い込み続ける。


俺は歩道橋を渡った先にあるビルのバルコニーに進む。ここが地図の指し示す飲食店の場所だ。


「よく見つけたな、こんなとこ」

感嘆の意を込めて、ぽつりと呟いた。


ガラス張りの店は木材を基調とした造りで、中からは食欲を刺激する香りが漂っている。


俺が店に入り、待ち合わせだと伝えると、奥の席に通された。


「おお。早かったな」

「先に飲んでるわよ」


赤らんだ顔でテンが手を上げ、ローズは不愛想に足を組みなおした。


剝き出しになった太ももと、そこに絡みつく薔薇のタトゥーが目に入る。だがこいつが綺麗なのは見た目だけだ。俺は視線を逸らし、席に腰を下ろした。


「チッ。押し付けやがって。今日は奢れよ、薄情者ども」


卓上のチキンを掴み、食べる。肉汁が溢れ出し、スパイスの香りが鼻腔を満たした。


「ん。確かにうまいな」

「だろ。お気に入りなんだよ、ここ」


テンは誇らしげに胸を張り、俺に自慢してくる。むしゃむしゃと豪快に肉を食らうテンは、酒も入って上機嫌だった。


「それで、今度は何する気?」

ローズは窓から都市の夜景を眺めながら、つまらなそうに問いかけてくる。


彼女のルビーの様な紅玉の瞳は俺の眼を捉えており、俺に聞かれていると分かるが、何を問われているのか分からなかった。


「あん?何の話だよ」

「次の仕事よ」

その一言で、彼女が何を訝しんでいるのかが分かった。


ローズは最近の俺の動きに違和感を感じていた。

それは、彼女と普段組む回数が多いからだろうか。それともローズの持つ女の勘と呼ぶべき無駄な鋭さ故か。


「こいつ、最近危なめの依頼ばっか受けてるのよ。アタシも付き合わされてるし」

「へえ。カルロスへの返済か?」

「それは一月前に返し終えたよ……」


俺はカルロスに死を偽装してもらうための費用、200万クレジットの借金があったが、それはすでに返し終わっている。今、金を貯めているのは別の理由だ。


「ならなんでだよ」


テンはここまで来たなら教えろよと視線で問いかけてくる。俺としても否は無い。元から二人には声を掛けるつもりだったからだ。


「……稼げる仕事があるんだ。運転手一人と戦闘員一人探してる。お前ら乗るか?」


「内容によるわ。教えなさい」

ローズが机に肘をつき、身を乗り出す。

胸が強調されて、襟元から覗く谷間が赤らんだ肌と合わさり、艶美な色気を漂わしている。


「ん、んんッ。……やるのは株の空売りだ」

俺は僅かに赤面しながらローズとテンに説明を始める。


「ターゲットはプラジマス都市に製造拠点を構える製薬会社。そこの工場を潰して、株価を下落させる。そういう計画だ」


外ですべてを話すことはできないため、概要だけを伝えたが、2人からは返事は無い。彼女たちは黙ったまま、計画について考えている。


「……問題があるぜ。一つ目が、金融取引監査機関F・Aだ。そいつらを抱き込まねえと違法取引で口座を凍結される」


「二つ目。この手の作戦にはハッカーが必要。しかも凄腕のね。当てはあるの?」


2人は訝しむような目を向けてくる。俺が語った仕事は、企業コーポを敵に回すリスクの高いものだ。


成功の見込みがない計画に乗れば、命に関わる。2人からは酒宴を楽しむ気配は消えていた。


「まず言っとくぞ。これは俺の仕事じゃない。俺も雇われだ。……その雇い主が『F・A』の管理職と伝手が有って、もう話はついている。ローズの質問への答えは、雇い主がハッカーだ」


「……そいつ信頼できるの?」

「ハッカーとしての腕は確かだ。レインが拾ってきた奴らしいからな。信頼に関しては…出来ないが、俺らを裏切るメリットも無い。誰か一人でも情報を漏らせば全員捕まる類の仕事だからな」


2人は目を伏せ、悩んでいる。当然だ。むしろ警戒しない奴は信頼できない。


俺は二人の返事を待ちながら、眼下を眺める。窓の外を走る車両の明かりが反射して室内を照らし出す。影が伸びては縮み、半密室の部屋に満ちてゆく。


俺はグラスを傾け、喉を潤す。知らずに熱くなっていた肌が、冷たい酒で冷やされてゆく。


この仕事はリスクの高い仕事だが、得るリターンも大きい。成功すれば、この都市でまた一歩、上に行ける。そのためには二人の協力が必要だった。


「――ッ!分かった、やるよ!」

テンはグラスを手に持ち、一気に呷る。ごくごく、と喉を鳴らし勢いよく飲み干した。


そしてグラスを叩きつけ、鋭い目で俺を見据える。


「その代わり報酬は等分だ」

「ああ、分かった。……ローズは?」


矛先を向けられたローズはそっと目を開き、静かに、はっきりと答えた。


「それ、楽しめる?」

「きっと、お前好みの戦場だぜ」


俺は笑みを浮かべ、ローズの問いに答えた。戦いをこよなく愛するローズの判断基準は戦いを楽しめるかどうかだけだ。血沸き肉躍る戦場があれば、彼女はどこまでも突き進むのだ。


「へえ」

端麗な顔に狂喜を浮かべ、頬に刻まれた牙が狂騒に歪む。


「つまんなかったら、アンタを殺すから」

「やってみろよ、クソアマ」

俺はローズと睨み合う。それを見たテンが呆れたようにため息をついていた。

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