犬と三人

荒野に二人の男が立っている。一人は発達した筋肉を持つ巨躯の男だ。その巨体に見合う巨大なライフルを担いでいる。


もう一人は巨躯の男と対照的な華奢な少年だ。だがそれは身体が弱いことを意味するわけではない。その肉体は研ぎ澄まされ、獣のようなしなやかさを宿している。


彼らの側には黒いジープがあり、その中には赤髪の美女が座席に足を延ばして寛いでいた。

つまらなそうに長い赤髪をくるくると指で巻き取りながら、網膜に投射された映画ムービーを見ている。


そんな彼らは今、四足獣に囲まれている。

その獣はただの獣ではない。ハイエナのような見た目をしており、その背には骨でできた筒のようなものが2本ついていた。


明らかに普通の生物ではなく、人間の都合のいいように改造された『変異体』である。


その怪物たちは、現代人たちにはアサルトドッグと呼ばれていた。


非常に獰猛で、群を作り、荒野を渡る運搬車を襲う猛獣だ。都市間定期輸送シティーシップに先立ち、車両を襲うアサルトドッグの討伐依頼が企業連盟コープ・レギオンから出されていた。


実入りのいい依頼を前に、男二人の顔には笑みが浮かんでいた。


「俺が前に出る。後ろは頼んだぜ」

「おう!行ってこい。喰われんなよ」


俺はテンの言葉に苦笑を浮かべる。相変わらず一言多いやつだが、腕は信頼できる。

俺はうなり声をあげる群に向かい、一歩を踏み出す。


その手に武器はなく、まるで公園を散歩するような無造作な動きは、獣たちにとって、餌にしか見えなかった。


俺が群れの中心の達した瞬間、引き絞った弦が切れるように緊張感が弾け、最も俺に近かった1匹が背の筒を向けた。


筒からバンッという音と共に骨の塊が打ち出される。それは獣のDNAに組み込まれた生体兵器であり、砲弾だった。


当たれば金属板すら貫くそれを少年は避けなかった。ただ、砲弾よりも早く短剣を引き抜き、砲弾を切り裂いた。


斬られた衝撃で吹き飛んだ砲弾は、でたらめに飛び、地面に着弾する。


その手に持つのは、黒い短剣だ。刀身30cmほどであり、その刀身は細く、実用的には見えなかった。しかし、その刃は確かに骨の弾丸を断ち切った。


俺は獣達を一瞥する。砲弾を斬られた獣も、それを見ていた獣も、あまりに予想外の状況に固まっている。


俺は腰に差したもう一本の短剣を抜き、獣に踏み込んだ。空気を揺らし獣の前に出た少年は、硬直する獣を置き去りにし、下から振り抜くように首を落とした。


その瞬間、少年のいた地点に四方から弾丸が打ち込まれる。弾丸が地面を砕き、獣の死骸が引き裂かれるが、そこに俺の姿はない。土煙を抜け、俺は包囲から切り抜ける。


顔に笑みを浮かべながらすれ違いざま獣を切り裂く。


疾駆を止める者も反応できる者もいない。獣たちは今更ながら、自分たちが捕食者に目を付けられたのだと残虐を叫ぶ本能の中で気づく。


だが多勢に無勢だ。数匹殺したところで、俺は群れの中央に囚われる。獣たちが混乱から解け、普段の連携を取り戻したとき、俺は磨り潰すように貪られる。


だがその時は訪れない。この場に俺以外の人間が二人もいるのだから。


「おらあッ!」


テンが巨大なライフルを構え、その引き金を引く。外観に見合った巨大な銃弾が、いとも容易く獣の頑丈な体躯を貫き、その包囲に穴を空ける。


俺は混乱した獣たちの隙を見逃さずに、刃を振るい襲い掛かった。柔らかな喉を貫き、中の骨を断ち切る。


勢いよく振り回した刃は体毛を切り裂き、そこから内臓が零れ落ちた。


幾筋もの閃光が瞬いた後、そこには無数の獣の死骸が転がっていた。


◇◇◇


「……なあ、あと何体だ?」

「5体」


俺はテンの質問に即答する。多分もっといるが。

問うテンの声音にも答える俺の声にも、現実逃避を望む気だるげな色が濃い。


今回の依頼は『アサルトドッグの討伐』だ。『瑠璃の珊瑚ブローカー』から回された《傭兵ウルフ》向けの荒事のため、討伐だけでもいい報酬が出るが、アサルトドッグという素材を荒野に打ち捨てることは出来ない。


俺は脳死で獣の背中をナイフで切り裂き、脊髄から骨の砲身を取り外す。この生体部品は加工しやすく、義体の材料として最適なため、持ち帰ればかなりの値段で売れる。


例え取り出すのが面倒でも、一本たりとも置いていけない。


「……なあ、何で二人で捌いてるんだ?」

「バカが働かないからだ。…あいつの今日の報酬減らそうぜ」


「聞こえてるから。犬を殺した数はアタシが一番多いんだから別にいいでしょ」


ジープの窓が開き、中からローズが見下ろす。その目は変な事したら殺すと雄弁に物語っていた。相変わらずめっちゃ怖い。絶対友達いないだろ。


「絶対友達いないだろ」

あ、つい心の声が漏れた。


「死ねよ、粗チン」

それは、侮蔑と怒りを煮詰めたような声だった。普段よりワンオクターブ下がった声音に、関係ないテンが背筋を震わせている。


「は~?お前に何が分かんだ、ボッチがよぉ~!」

俺は首をかくかく揺らしながら、ローズを煽る。コツは35度ぐらいの角度に首を曲げることだ。これが一番人の神経を逆撫でるのだ。


ここまで来たらとことん煽って、日頃のうっ憤を晴らすとしよう。どうせ後で殴られるんだから。俺は心の内で壮絶な覚悟を決め、首を振るう。


「……」

ローズは俺があまりにうざかったのか、俺の顔を見て舌打ちをし、窓を閉めた。俺の勝利だ。


「……お前ら仲いいな」

「よくないだろ。この都市でできた傷の6割はあいつだぞ」

「殺されないだけ仲いいさ」


テンと軽口を叩きながら、アサルトドッグを解体する。


もうすぐ日が暮れる。ここは軍の警戒網の内側だが、れっきとした都市外だ。夜になれば厄介なモンスターや機械獣が徘徊している。

夜が来る前に帰らなければ。


「こっちは終わったぜ」

「俺も終わった」


俺達はほぼ同時に解体を追え、その骨筒をジープの荷台に積み込む。


俺は運転席に座り、テンは助手席に座った。お嬢様は優雅に後部座席を占領している。

俺はエンジンをかけ、都市に向けてハンドルを切った。


大きなタイヤが荒野の砂を巻き上げながら回転する。都市までの距離は5kmほどだが、所々、突き出た岩場が視界を塞ぎ、最短経路を潰している。


夜までに都市に帰れるかは賭けだな。

岩場の陰からは、全身に体毛を生やした二足歩行の生物や金属の体を持つ機械獣が瞳を青く光らせている。


こいつらは前期文明の遺跡が生み出すモンスターたちだ。何かがあって狂ったAIたちは、今も大昔の戦争を続けるために兵器を作り続けている。


奴らにとっては人間も殲滅対象らしく、高度な技術を取り戻した現代人でも、未だに極僅かな生息圏に追い込められている。


こいつらを皆殺しにし、かつてのように星をネットと光で埋め尽くすのが、全ての国の悲願となっている。まあ、俺のようなちんけな傭兵には関係ない話だ。


「帰ったら飲みに行こうぜ!飯がうまい居酒屋を見つけたんだ!」


アンニュイな気分になった俺を励ますように、テンが俺たちを明るく誘う。彼は見た目に似合わず、気遣いができる男だ。唯一の欠点は皮肉屋な所ぐらいだ。


「いいぜ。でも、その前に素材屋の親父に売りに行くぞ」


素材屋は、モンスターの生体パーツや機械獣の部品を買い取っている下町の商人だ。俺は素材屋に素材を売り、素材屋は兵器会社や義体メーカーにそれを売る。完璧なWIN-WINだ。


特に都市外のモンスターの素材は継続的な供給が出来ないため、ワンオフ品の義体パーツとして人気があるため金になる。


「ローズはどうする?」

「アタシも行こうかな」


珍しい。ローズがこの手の飲み会に来ることはあまりないんだが、今日は付き合ってくれるようだ。


俺は早く都市に帰れるように、アクセルを深く踏み、車両を加速させた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◎アサルトドッグ

背中に骨筒を生やした犬型の生物兵器。骨の弾丸を体内で精製した可燃性のガスで撃ち出す。

繁殖能力が高い一方、弾丸の生成のために有機物を、ガスの精製のために鉄を取り込む必要があり、戦闘のたびに大きく疲弊するという欠陥がある。

そのため、獲物が少ないと共食いをすることも多々あり、プラジマス都市周辺にいるのは『生産地』から逃げ出した弱個体である。

車両鉄の箱が人を運ぶ都市間定期輸送シティーシップは彼らにとってご馳走である。


◇◇◇


読んで下さり、ありがとうございます。

多分、二度と出さない設定をあとがきで供養することにしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る