テスト終了

「……終わりました。報酬はどうしますか」

データを消し終わったレインが奥の部屋から戻ってきた。


「現金でくれないか?通信端末無くてね」

「……はあ。帰りに銀行によります」

ごめんね?でも通信端末を失くしたのも君たちのせいだから。


来た道を戻る。俺たちが赤いバンを襲った高架道路には、既に警察はおらず、乗り捨てられたバンも消えていた。警察が撤去したのか誰かが盗んでいったのか。


そんな俺の疑問を見透かすように、レインがちらりとこちらを見た。


「……車両はうちの構成員に回収させました。エンジンは無事に残っているので売れるんですよ」


「へえ。誰が買い取るんだ?」


「…盗難車専門の買取業者がいます。…ちょうどいいですし、顔を出しましょう。あなたもこれから世話になるでしょうし」

そう言ってレインはハンドルを切り、高架道路を降りる。


「……この都市で傭兵をするのなら、信頼できる医者ドク武器商人スミスは見つけておいた方がいいですよ。その次ぐらいに盗品買取業者バイヤーを」


こいつ、どういうつもりだ?俺を嫌っているのにずいぶん世話を焼いてくれる。

「親切だな」


「……勘違いしないでください。カルロスに世話を頼まれたので、最低限のことを教えているだけです。それと、弾を返してください」


「…ああ、そう。安心したよ」

ほんと、愛想の欠片もねえ……!


だがここまできれいに壁を張られた方がやりやすくはある。こいつなら目の前で死んでも何も思わないし。


「……ここです」

車両を走らせること10分ほど。車は都市の郊外に近づいていた。

ここまで来ると、塗装されていない土の地面もちらほらと現れ、荒野の砂で道路も汚れている。


俺が目覚めた郊外の工業地区と似たような場所だが、あそこよりも寂れている。なんと言うか、何もない。


車は粉塵を巻き上げながら、外壁で囲まれた倉庫の前に止まる。


「へえ。こんなとこにあるのか」


俺は車を降り、物珍しそうに倉庫を眺めながら、外壁の中に入る。倉庫の中からは金属が擦れるような音がしている。


レインは迷いない足取りで倉庫の入り口に近づき、どんどんと乱暴に鉄のシャッターを叩く。すると、中の物音が止んだ。


(監視カメラか……)

よく見ると、雨どいの陰に小型のカメラがある。それが動き、俺やレインの姿を認識する。


そしてシャッターが音を立て、開いていった。


「おう、お前か。金は用意できてるぞ」

中から身を覗かせたのは、作業着に身を包んだ中年の男だ。丸太のような腕をしており、ただそこに立っているだけで威圧感を醸し出している。


男の目がレインを捉えた後、俺の方へスライドした。


「こいつは?」

「……彼はうちで雇うことになった傭兵ウルフです」


「ソラだ。よろしく」

「おう。俺はマルス。盗難車の買取をしてる。車両のレンタルもしてるから入用になったら言いな」


なるほど。世話になるとはそういうことか。この都市で傭兵をやるなら車両は必須だ。俺に車両を買う金が無い以上、レンタルするしかない。そういう意味では世話になることも多いだろう。


「それでだ、レイン。赤いバンの代金は5万クレジットだ」

「……分かりました。振り込んでください」


チカチカとマルスの瞳が瞬き、電気信号を発信する。そうやって、レインの脳内にあるデータチップに電子マネーを振り込んでいるのだ。


「……確かに受け取りました。では」

「おう。また持ってこい」

そう言って再びシャッターが閉まる。


「……では行きましょう。銀行に寄って、それから適当な場所で降ろしますね。どうせ家も無いのでしょう」


無いよ。お前らのお陰でね。俺は乱雑に助手席に座り込み、大きくため息を吐いた。これで報酬がバイト以下だったらキレるぞ。


「通信端末買える店の前で降ろしてくれ」

俺はそう言って、目を閉じた。


◇◇◇


黒いオフロード車が道の端を徐行し、止まる。俺は中から降りて後ろを振り返るが、その時にはすでに車は走り出していた。


「……どうも」

俺は言い逃した感謝を小声で呟き、そっと歩き出した。


この場所は貧民地区の側にある市場だ。多数の店が道路の両側に立ち並んでおり、ネオンの看板が夜闇を照らしていた。


俺は立ち並ぶ店の中から目当ての店を見つけ、近づく。自動ドアが開き中に入ると、所狭しと陳列棚が並んでいる。


通信端末はもちろん、武器、弾薬、機械部品など多種多様なものが置かれている。雑貨屋のような場所だ。


俺はとりあえず、中の下ほどの値段の通信端末を手に取り、カウンターに持っていく。これで壊れたら高いのに買い替えよう。


店員の男は椅子に座ったまま、雑誌を読んでいる。

「1万クレジットだ」


俺は不愛想な店員に紙幣を一枚差し出す。それを見た店員の表情が不快気に歪んだ。気持ちは分かる。紙幣なんて持ち歩くのも面倒だし、両替するのも手間だ。


だがこれも一応通貨だ。俺は突き返されないように追加でいくらか金を出す。店員は舌打ちを一つし、紙幣を乱暴にポケットにねじ込んだ。


「……どうも」

俺は通信端末を手に取り、店を後にした。


次は宿だ。昨日のホテルのように高い所じゃなくていい。とりあえず屋根が付いていればそれで十分だ。


俺はおニューの通信端末を起動させ、設定をする。これがあれば手ごろなホテルを調べることが出来るのだ!

ついでに紙の金を持ち歩き、店員に舌打ちされることも無くなる……!


この都市に、俺ほどインターネットの有難みを知っている人間はきっといない。


「両替機にも行かないと」

俺はインターネットでこの辺りのホテルを調べながら、適当に歩く。


一か所に留まっていたら誰かに絡まれかねない。今日は十分殺した。これ以上の争いはしたくなかった。


そう思って歩いていたのだが、俺のなけなしの工夫は無駄に終わった。

「あの!……あのう、ちょっといいですか?」

俺は背後から裏返ったような大声で呼び止められた。

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