無意味な交渉

レインはコンクリートの地面にまばらに生えた雑草を踏みしめ、裏口へ向かう。その手には、体格に似合わないごついアサルトライフルが握られている。


裏口は普通の金属の扉だが、一丁前に認証システムが備え付けられていた。これもレインが抜いた情報に乗っていた。単純なチップ認証式のシステムだということも。


「……手を置きなさい」

レインは人質に命令し、パネルに手をかざさせる。それだけでロックは解除され、最下層のバーまで直通になる。


レインは念のために、人質の一人を先行させ、その後をついて行く。俺は人質の後ろで、最後尾がレインだ。狭い通路の上、ごみやら段ボールやらが積み上がっていて足場がほとんどないため、一人ずつしか通れない。


階段を下り、地下に降りると、壊れた扉があった。元はバーのおしゃれな扉だったのだろうが、今となっては見る影もない。


中からは何人かの男のしゃべり声と下品な笑い声が聞こえる。それと、すすり泣くような女性の声も。


「遅せーぞ。もう始めちまってるよ」

階段を下りて来る人質の二人を見たチンピラの一人が半笑いで話しかけてくる。だがこいつらは人形状態だ。何も返事をしないし、一人は口枷をされている。


チンピラたちは続いて降りてきた俺を見て怪訝な顔を浮かべ、レインを見て軽く口笛を吹いた。


「いい女じゃねえの。その男はバラす用かぁ!」

その無駄に大きな声で、奥にいたチンピラたちもこちらに振り向いた。彼らはカウンター席の机を囲むように立っていた。


そいつらが移動したおかげで、何を囲んでいたのか分かった。

そこにいたのは、裸に向かれ虚ろな目をした女性だった。


全身を男達の体液で濡らし、暴行を受けたことは一目瞭然だった。彼女は口から涎を垂らし、不規則に痙攣している。その姿は、路上によくいる薬物中毒者に似ていた。


(クズどもが)


レインも言っていた。こいつらは強姦をしていると。恐らく攫ってきた女性に薬を打ち、乱暴を働いたのだろう。


俺は心から湧き出す怒りに従うようにショットガンを構え、引き金に指を掛ける。だが、俺がチンピラを木っ端みじんにする前に、レインの冷静な声が放たれた。


「……あなたたちが直近3か月間に作ったスナッフ・ビデオの動画データを全て渡して削除してください。従わないのであれば、この二人はもちろん、あなた達の安全も保障できません」


チンピラたちはレインの言葉を笑い飛ばそうとして、失敗したような表情を浮かべた。彼らに向けられた銃口と異様な様子の仲間二人を見て、冗談ではないと判断している。


「……だ、だれの使いだよ」

男たちの中で比較的裕福そうな格好をしたリーダーらしき男が、絞り出すように声を出す。

このように直接的に脅される経験は無かったのか、僅かな緊張の色が見て取れた。


だがレインがそれを汲み取ることは無い。

「知る必要はありません。従うのであれば、誰も死なずに済みます」


男はしばらく迷うように視線を彷徨わせていたが、覚悟を決めたのか緊迫した様子で懐から銃を取り出し、こちらに向けた。


「……そいつらを放せ!そうしたら何もせずに返してやるよ」


リーダーの男に呼応するように、周囲のチンピラたちも銃を取り出し、こちらに向ける。どうやら相手のリーダーは、自分たちの方が数が多いということに気づける知性があるようだ。


(やっぱりこうなった)


ここで引き下がるようなやつなら、派手にやらかして警察にマークされることもないだろう。

何もしないと言いながら、男たちの目は美麗な容姿をしたレインに向いている。俺を殺した後に彼らがレインに何をするのか容易に想像がつく。


始まりの合図は、相手のリーダーの発砲だった。


俺の頭を狙って放たれたそれを、引き金を引く指の動きに合わせ、しゃがんで躱す。俺はしゃがんだままショットガンを片腕で構え、引き金を引いた。


火薬の炸裂音はせず、金属が擦れるような音と電気音が響き、リーダーの胴体を破裂させる。水風船が弾けるように中身が飛び散り、側にいたチンピラたちの全身を朱に塗り上げる。


「う、うおおおおぉぉおッッ」

リーダーを殺されたチンピラ達が、怒りに顔を染め、銃を乱射する。だがそのころには俺はいない。素早く身を翻した俺は、カウンターの裏側に滑り込んでいた。


一方、その場に留まったレインは人質二人を操り、肉盾にしていた。手足だけ操られている方は、その目に大粒の涙を貯めながら、両手を広げ、レインに向けられる弾丸をその身で受け止めていた。


レインは小柄な体躯を活かし、肉盾の隙間から銃を突き出し、応戦している。男たちの電脳にハッキングしているのか、時たまチンピラたちの手足があらぬ方向を向き、仲間を撃ち始める。


「おい、やめろッ」

「ぎぃっ、」

「撃て撃て撃て撃て撃て撃て!」


10人以上いたチンピラたちは瞬く間に数を減らしていく。俺も混乱に拍車をかけるように、カウンターから身を乗り出し、ショットガンを撃つ。


だが1発撃って気づいた。もう弾切れだ。俺はリロードのために、再びカウンターに身を隠した。


……これ、どうやってリロードすんの?聞いとけばよかったが今となっては後の祭りだ。背後の銃声を尻目に適当にがちゃがちゃやっていると、真ん中ほどでぱかりと折れた。


「ここに入れんのね」


水平に空いた二つの穴に弾丸を詰めて、元に戻す。そしてカウンターに逃げてきたチンピラに向け、引き金を引いた。


「なんっ」

そいつはこんな所に人がいるとは思っていなかったのか、唖然とした表情を浮かべたまま、頭を吹き飛ばされた。


それで残りの奴らも気づいたのか、幾人かの視線がこちらに逸れ、その全身に風穴を開けた。


奴らは俺とレインにL字型に挟まれた形だ。片方に目を向ければもう片方が撃つ。俺たちは奴らの混乱を見逃さずに、的確に敵を殺していった。


放たれたショットシェルが空中で弾け、敵の全身を潰す。

舞い散る血肉を切り裂き、数多の弾丸が飛び交う。


銃声も遠く聞こえるほど集中して、照準を合わせ引き金を引き、リロードする。それを繰り返しているうちに、その場に立っているのは俺とレインの二人になった。


「……終わりましたね。私はデータの回収に向かいます」


レインの様子に特筆するものはない。先ほどの殺し合いも血まみれの惨状も彼女にとっては日常茶飯事なのだろう。


レインはバーの奥、元は休憩室だった場所に向かっていった。

車内でチンピラから聞き出した情報では、元休憩室にスナッフ・ビデオの編集と販売を行う電子機器が置かれている。


俺たちの狙いはデータだ。こいつらを殺すことでは無かった。


置いて行かれた俺は、手持ち無沙汰にホールを見る。元から広いとは言えない場所に、10人以上の人間が死んでいるのだ。床は血に濡れていない場所がないほど真っ赤に染まっている。


全員死んだ。チンピラも人質の二人も強姦されていた女も巻き添えで木っ端みじんになっている。生き残ったのは二人だけ。


俺は巻き添えになった女を見る。汚された裸体を鉛玉で打ち砕かれた女だったものを。


別に俺もレインも正義の味方じゃない。レインに関してはギャングだ。彼女を助ける義理も、チンピラを殺さない理由も無かった。それでも、これほど簡単に死ぬのか。


ただその場に居たというだけで、ただ抗えなかっただけで。


「……悪い。嘘ついたな」

俺は穴だらけになった男を見る。その顔は恐怖に歪んでいた。

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