相互理解

1車線を堰き止める俺達の横を、車両が通り過ぎる。彼らの目は迷惑そうにこちらに向けられるが、その目に驚愕の色は無い。この都市は車道も歩道も何も変わらない。


突然人が死んで、潰れることもあるのだろう。


「早く行こうぜ。警察が来る」


俺はクソみたいな都市の治安に辟易しながらレインに声を掛ける。彼女は気絶した助手席の男の首についているコネクターにチップを挿入していた。


「……そう思うなら、彼らの手足を縛って車に乗せてください」

「はいよ」


俺はレインからワイヤーを受け取り、意識のある運転手の手首を縛る。だがこの男、意識はあるが、焦点が合っていない。


「何したんだ?」

「……ウイルスを入れて、義体の制御を奪いました。彼ら、安物の電脳を入れていたようですね」


ハッカーってのは怖いな。自分の肉体の制御を奪われるというのはゾッとする。奪われているのは肉体の制御だけだから虚ろなこいつも意識ははっきりしているのだろう。


こいつは今、何を考えているのだろうか。俺達への恨み言か、あるいは命乞いか。それすらも彼の外見からは推し量れない。


無機質な人形のように彼はただそこにいた。


「ほら、こっちだ。全て終われば無傷で返してやるよ」

俺は男の背を押し、後部座席に誘導する。レインも意識のない男を後部座席に積み込んだ。それと同時に、遠くからサイレンの音が耳に届いた。


「レイン、警察が来てる」

「……サイレンの音は聞こえませんが。まあ、いいでしょう。もうここに用はありませんから」


彼女は怪訝そうに目を細め、車に乗り込む。俺もレインに置いて行かれないように車に乗った。ちんたらしていたら、置いて行かれそうだ。


というか多分、置いていく気だった。その証拠に、俺が助手席に乗ったときに小さく舌打ちした。聞こえてんだよ、性悪ガールめ。


「……はあ。次の目的地はサンデラ地区の廃墟です。ターゲットのグループが根城にしている場所ですね。そこで後ろの二人とスナップムービーのデータを交換します」


仲間を攫った相手がデータを寄越せとやって来る。しかも相手は若い男と小柄な少女だ。相手が素直にYESと言うとは思えないが……


「……廃墟は2階建て。ですが、拠点として使われているのは地下のバーのようです。正面入り口は罠なので、裏口から入ります」


「なんでそこまで分かる?」

「後ろの男たちの脳内にあるデータチップに建物の詳細図が入っていました。罠の位置もご丁寧に。普通、この手のデータは見たら消す物なのですが、所詮チンピラですね」


「……なるほど」

それを最後に、俺たちの間で会話は無くなった。車が走行する音だけが耳に届く。後ろに横たわる二人のチンピラは物音ひとつ立てず、まるで人形のようだった。


「俺の何が気に入らないんだ?」


空気が冷えるような沈黙に耐え兼ね、つい聞いてしまった。彼女は初対面の時から俺を睨みつけていた。

カルロスを殺しかけたのが気に入らないのかと思っていたが、彼女の反応はどうも違う。あれはまるで――


「……人間は生身で空を飛びません。素手で鉄を貫きません。それができるモノはモンスターです。……あなたのような得体の知れない人間がチームに近づくことに賛成する訳がないでしょう」


モンスター、か。かつての文明の名残であり、負債。滅びた前期文明の工場は、今も奇妙な生物兵器を産み出し、人を殺す機械を吐き出している。


それらの内、有機生命体を今の人類はモンスターと呼び、恐れている。高度な技術を取り戻した今でも、都市の内に引き籠るぐらいに。


「超能力者差別は今時流行らねえぞ」

「……もうすぐ着きます」


車両は高架道路を降り、人気の少ない貧民地区に入っている。物乞いが地面に座り込み、荒れたコンクリートの外壁は卑猥な落書きで埋め尽くされている。


きっともうすぐで辿り着くのだろうが、多分まだ着かない。これは会話の終わりの合図だ。それだけの空虚な言の葉だ。


彼女は適当な友愛を語り、俺はずれた皮肉を返した。お互いに、彼女が何を厭うているのか分かっているくせに。


◇◇◇


下道を通って15分後、車は外壁が禿げた廃墟の前に停まった。俺は道路脇に停めた車を降り、後部座席から二人の男を下ろす。俺が気絶させた男も走行中に目覚めていたが、レインのハックにより四肢の制御を奪われている。


「んーーー!んんー!」

男は口枷の下でうなっている。目覚めた途端、騒ぎだしたので、俺が口を封じたのだ。


こいつは車を運転していた男のように、顔まで義体化していなかったため、その目に怒りを宿し、うなっている。


「落ち着けよ。交渉が終わったら無事に返してやる」

「……あなた、銃は持っているのですか?」


車を開いた後、トランクを開きに行ったレインが、突然問いかけてくる。


「持ってるぞ、ほら」


俺は懐からハンドガンを取り出し、レインに見せる。赤髪女と一緒に絡んできた男から奪った銃だ。弾は2発しか入ってないけど。


「……はあ。これ使ってください。ただでさえ頭数はこちらが下なんです。侮られるような真似は避けないと」


レインはぶつぶつと呟きながら、俺にトランクから取り出したショットガンを投げてくる。多分、俺に武器を渡す正当性を頑張って考えているのだろう。ご苦労なことだ。


俺は受け取った武器を見る。ショットガンの長い銃身には、四角い箱がついており、そこからケーブルが銃身に繋がっている。


「何これ?」


俺は伸びたケーブルをつまみながら、レインに問いかける。部品やケーブルやら妙にごちゃごちゃしており、乱暴に振るったら壊れそうだ。


「……電磁投射式のショットガンです。ようは電磁力で銃弾を飛ばす銃です」

「レールガンってやつだ!」


「……まあ、俗っぽく言えばそうです。装弾数は2発。中折れ式です。一応替えの弾は渡しますが、あなたなら自力で殴ったほうが早いでしょう」


まあ、確かに。これを撃つような状況なら、バット代わりに振り回したほうが役に立ちそうだ。


彼女が箱詰めされた銃弾を投げてきたので、俺はそれを受け取り、ポケットにしまった。


「……後で返しなさい。壊したら今日の報酬から天引きです」

バット代わりにするのはやめておこう。人からの借りものだ。乱暴に扱うのはよくない。

「……行きますよ」


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