停車願います
ソラと名乗った少年が、VIPルームから出ていく。レインにはまだ話があったから先に帰らせた。
俺は隣で不満げなオーラを漂わせてるレインを宥めることにした。
「お前にしか頼めない仕事だ。ほら、他の奴らは馬鹿どもだからよ」
「バカはねえだろうよ~。これでも地元のスクールじゃ優秀な生徒だったんだぜ」
バカ代表のレットが酔って真っ赤な顔で抗議してくる。こいつは誰よりも考えなしのくせに10年以上前の栄光は覚えてやがる。
「黙ってろ!レイン、新入りの死体からインプラントを抜いて頭と手を潰してから研究所の奴に渡しておけ」
この時のために置いておいた死体だ。頭と手が無ければ身元は分からねえ。それでソラを捕まえるように依頼してきた奴が満足するかはわからねえが、時間稼ぎにはなる。
「……分かりました。あの男が使えなかったら、代わりに本物の死体を渡しますから」
レインは不承不承に頷き、力強い眼差しで俺を見返す。レインはソラを取り込むのに反対らしい。いや、警戒しているって方が正しい。
「お前の気持ちは分かるぜ。あれは爆弾だ。だがうまく使えばでかい儲けになる。俺を信じろよ」
レインは何も答えず、部屋を出る。だが納得はしてくれたらしい。あの女は納得できなければ絶対に動かねえ。
俺は賭けに勝つことを祈りながら、酒を呑み込んだ。
◇◇◇
「まだかよ…」
俺は駐車場で銀髪の少女を待っている。陽は高く、燦燦と照り付ける太陽が肌に優しくない。時計も無いからどれぐらい待っているのか具体的に分からないが、十字道路を行き交う車は500台以上数えた。
ボーっと道路を眺めていると、ひざ裏を蹴られた。
「うおっ!」
ダメージは無いが関節が曲がり、体勢を崩す。
「……お待たせしました」
後ろを見ると、銀のボブヘアの少女が無表情で感情のない言葉を吐いていた。
「待ったし、蹴られたね」
「……車に乗ってください。仕事の内容はそこで」
ちくりと嫌味を吐いてみるが、彼女は変わらない無表情で車のキーを解除し、運転席に乗り込んだ。
「感じ悪ーい」
俺はぼやきながら助手席の扉を開く。その言葉は、誰が効いても負け惜しみそのものだった。
「んじゃ、失礼」
車両は7人乗りのオフロード車だ。大型の車の運転席に、小柄な少女が座っているのは、違和感まみれだ。
彼女は俺が乗り込んだのを確認した途端、アクセルを踏み込んだ。急な発進でシートに押し付けられながら、レインと呼ばれた少女の方を見る。軽く非難の眼差しで。
「…今回の仕事は
よくある話だ。この都市で攫われた奴は臓器やインプラント抜かれた後に、スナップムービーに出演してばら撒かれる。
「死の疑似体験、ってやつか。何がいいのかねぇ」
人間を専用の機器に繋げば、そいつが体験した刺激や感情を情報として保存できる。後はそれをソフト化すれば、民間のVRゲーム機器で疑似体験できる。
「……三大欲求を満たせば、人はスリルを求めるようになるらしいですよ」
「終わってるなあ。……それで、誰から回収するんだ?」
「……貧民地区のチンピラです。10人程度のグループを作って強姦、強盗、殺人を繰り返しているようです。警察にもマークされていますね。後ろ盾も無いので最悪皆殺しにします」
物騒なことを言う。可愛い顔していてもギャングはギャングか。
「これ、どこ行ってんだ?」
窓の外を見ると、下道から外れて高架道路に入っていた。よく考えれば、どこに行くか聞いていなかった。
「高架道路です」
いや、それはここだろ?どこに繋がる道路なのかを聞いているんだが。まったく、気遣いのできない奴め。こういう奴が将来、部下潰しのお局様になるのだ。
「……つまり、そいつらの拠点に行って脅すわけか!」
それで断られたら、皆殺しにしてデータを回収するということだろう。そう考えて、自信満々に答えたが、彼女は冷めた表情のままふるふると首を振った。
「……いいえ。乗り込むのは人質を取ってからです」
「……は?」
再び車両が加速した。法定速度を大幅に超過した速度で、車を躱しながら車線の隙間を縫っていく。
「赤いバンです。止めるので、乗り込んで制圧してください」
けたたましい摩擦音を鳴らしながら、車両が赤いバンの側面に近づく。車線を越えて、境界ブロックに押し付けるように走行するこの車に、相手も異常だと気付いた。
窓ガラス越しに見える車内には運転席と助手席に一人ずつ座り、助手席の男が慌てた様子で武器を構えている。
(乗り込めってそういう意味かよ……!)
レインが俺を急かすように、横目で視線を送ってくる。さっさと行けと言うことだろう。
「分かったよ!」
俺はやけくそになりながら助手席の扉を開く。フレームを掴み身を乗り出すと、轟轟と風が吹きつけ、俺の髪をなびかせる。
俺はフレームを掴んだ手を思いっきり引き寄せ、空中に飛び出した。
背筋に走る微かな浮遊感。様々な物の動きが遅く感じられ、俺はゆっくりと宙を落下する。
自殺まがいの飛び降りだが、俺なら問題ない、はずだ。走行中の車に飛び乗ったことは無いが、大丈夫だという予感がある。
俺は体感で数秒後、眼下に近づく赤い天井に膝を曲げて着地した。
「危なっ!」
だが体感時間を延ばせても、慣性までは殺せない。勢いよく飛び過ぎたせいで、危うく車を飛び越して反対車線に滑り落ちるとこだった。
俺は振り落とされないように四つん這いになりながら、助手席の方へ近づく。先に片づけるのは両手がフリーな方だ。
俺は車の屋根の上で、思い切り手を振り上げ、振り下ろす。俺の手は僅かな抵抗感を感じた後、ぐしゃりとプレートを貫き、車内の空気に触れた。
「な、なんだ!?」
車内から若い男の困惑した声が聞こえる。その気持ちは分かる。突然屋根から腕が生えてきたら誰でもビビる。だが今は、俺に男の頭の位置を教えることになった。
俺は腕を突き入れ、男の頭を掴み、思いっきり引き寄せる。
「ぎゃッ」
「お、おい、てめえ!何してんだ!?」
掴んだ頭を何度も車の天井にぶつける。がんがんと硬いものがぶつかり合う音がし、運転手の困惑したような叫びが木霊した。
悲鳴を上げていた男は、すぐに何も言わなくなった。俺は男の頭を放し、腕を引き抜く。次は運転手の番だ。俺は指に力を込め、再び手刀の形を作る。
だが俺の腕が、車に二個目の穴を空けることは無かった。
突如、車がブレーキをかけ、急停車した。俺は車体の前方に放り出されたが、空中で体勢を整え、アスファルトの地面に着地した。
「なんだ?」
急に停まる理由が分からず、訝しみながら運転席に目を向ける。
だが急停車は運転手にとっても想定外のことだったらしい。趣味の悪いピアスを顔中に付けたチンピラは、困惑したようにアクセルを踏みつけている。
「あんたの仕業か?」
俺は赤いバンの真後ろに停めたオフロード車から降りてきたレインに視線を向ける。
「……そうです。車両の電子制御端末にハッキングしてブレーキを掛けました」
「俺はあんたが制御端末に入るまでの時間稼ぎってわけか」
「……当然です。素人に作戦の根幹は担わせません。ですが、それなりの役に立つことは認めます。……化け物染みた動きでした」
最後に余計な一言を付け足しながら赤いバンへと近づいていく。
彼女は懐からハンドガンを抜き出し、運転席の窓ガラスを叩く。諦めずに車を走らせようとしていた男は黒い拳銃を見て、諦めたように首を項垂れた。
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