テスト

開かれた扉を通り、中に入ると受付と下へと続く階段が見えた。それと微かに耳に届く重低音も。


「あんたがカルロスの客、ね。ひょろそうなガキじゃない」


胸を強調するような服を着た女がカウンターに肘をつき、胡散臭げにこちらを見ている。

カルロスって誰だよ。あの女の名前?カルロスってよりはゴッドウィンって感じの女だが……。


「ふんっ。付いてきな」

女は黙ったままの俺をつまらなそうに見た後に、カウンターから出てきて俺を先導する。色々聞きたいことはあるが、聞けるような雰囲気ではない。


俺は彼女に取り残されないように、小走りで階段を下りる。

薄い紫の電灯で照らされただけの通路は薄暗く、地下から響く音楽が不気味に反響している。


女は3階分ほど階段を下りた先にある重厚な扉を開く。二重扉になっているそれを通ると、そこにあったのは、THE クラブって感じの場所だった。


色とりどりの光がホールを照らし、多くの人間が踊っている。大音量の音楽が鳴り響き、酒と人間と得体の知れない何かの匂いが鼻を突く。


上京したての田舎者のように物珍し気に辺りを見渡していると、乱雑に肩を叩かれる。そちらを見ると、受付の女が親指でホールの奥を指さしている。


再び女の案内に従い、進んでいく。場を埋め尽くすような人ごみに悪戦苦闘しながら進む俺に対し、彼女は慣れた様子でスムーズに進んでいく。


「ちょ、待って!」


彼女の姿を見失ないかけて、慌てて声を上げるが、その声は音楽にかき消され届かなかった。仮に届いたとしても待ってくれるかは微妙だが。


なんとか人混みを抜け、ホールの端に出る。この辺りは人も少なく、いるのは酔っぱらって壁にもたれかかっている酔っ払いや暗がりで絡み合っている男女ぐらいだ。


一応俺を待ってくれていた彼女は、追い付いてきた俺を確認して壁にぽつんとある扉にカードキーをかざし、中へと入る。扉の先はまた階段になっていた。それを昇り、通路を進むと彼女は一つの扉の前で止まった。


どうやらここが目的地のようだ。女性があごをしゃくり、中へ入るように促す。俺は緊張を押し殺すように手を握りしめ、ゆっくりと扉を開く。


中に入り、初めに目についたのは大きな窓だ。そこから下の階、ホールの様子が丸見えになっている。


下にいた時は気づかなかったので、マジックミラーになっているようだ。そして中央に置かれた長机を囲うように置かれたソファには、4人の男女が腰を下ろしていた。


黒いコートの金髪の男、軽機関銃の男、銀髪の小柄な女に筋肉の塊のような男。知らない顔もいるが、俺を襲撃した奴らだ。


「来たか!まあ、座れよ!」


リーダーらしき金髪の男が、金色の歯をむき出しにしてニヤリと笑う。他の三人は様々だ。興味なさげに酒を呑んでいるものもいれば、警戒したように睨みつけてくるものもいる。


俺はそれらを無視し、金髪の男の対面に腰掛ける。


「俺はカルロス。こいつらのリーダーで『瑠璃の珊瑚』の幹部をしてる」


やはりこいつらはギャングだったか。まさか幹部だとは思わなかったが。

そしてこいつが、カルロス。妙な銃弾を撃ってきたやつだ。


「俺はソラ」


カルロスは机の上に置いていたビール瓶を手に取り、俺に差し出してくる。俺はそれを手に取り、一気に呷る。独特の苦みが下を刺激し、酒精の灼熱感が喉を駆け抜けた。久しぶりの酒は、殊更にうまく感じる。


「ははははっ!殺し合った奴の酒を呑むのか。図太い野郎だな!」

けたけたと楽し気に笑う。


「……それで、俺を雇うって言うのはどういう意味だ」

俺はちびちびと酒を呷りながら、本題を切り出す。あの時は意識が朦朧としていたが、確かに眼前の男は俺を雇うと言っていた。


「ん?ああ、そうだな。端的に言えば《傭兵ウルフ》になれって話だ。なあ、ギャングの稼ぎって何だと思う?」

企業コーポの使いっぱしりだろ」


「……正解だ。この都市には俺たちのような非合法な戦力を欲する奴が山ほどいる。誘拐、強盗、人身売買、企業の破壊工作とかな。うちはそういう依頼を外部に斡旋してるんだよ」


『瑠璃の珊瑚』のような仲介屋ブローカー企業コーポから依頼を受け、それを傭兵ウルフ諜報屋コウモリ殺し屋アサシン運び屋バイカーといった受託者に非合法の仕事アウター・ジョブをさせるのがこの都市の日常だ。


ソラは今、戦闘要員の《傭兵ウルフ》として、カルロスにスカウトされていた。


「あんたの回す仕事を受けろって話か?」

「そういうことだ。この話を受けるならお前の死を200万クレジットで偽装してやるよ」

「……金取んのかよ」


「当たり前だ!クソガキ。てめえに新入り一人やられてんだ。この程度の賠償はしてもらうぞ」


賠償も何も、仕掛けてきたのはお前らだ。理不尽な要求に納得いかない部分もあるが、死を偽装してくれるのは最高だ。これ以上、妙な追手に追われるのは御免だ。


「……分かったよ。それでいい」

「結構、結構。なら早速仕事をしてもらうぞ」


「いきなりかよ」

「お前のためでもあるんだぜ。こいつはお前のテストも兼ねている。下手なことしたら、殺して研究所ラボ送りだ」


カルロスはにやにやと俺の困惑した顔を眺めていたが、俺を脅すその言葉にはおぞけの走るほどの圧が込められていた。


その言葉は俺に「この男は確実にやる」という確信を抱かせるには十分だった。俺がしくじったら、こいつは躊躇なく引き金を引くだろう。


「レイン、お前の仕事に同行させろ」

「……分かりました」


消え入りそうな声で、カルロスの隣に座っていたレインと呼ばれた少女が返事をする。そいつさっきから俺を睨みつけてたんだが、大丈夫か?


「俺が流す仕事以外をしたくなったら、下のクラブで探しな。人殺してパーツ奪って売るでも『外域』に行って遺物を探すのも好きにしろ」

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