気まぐれ

当てもなく路地裏を歩く。

本当に俺は変わらない。都市に来た時と同じように路地裏を彷徨い、昨日のように途方に暮れている。

あの時と違うのは、胸に大きく刻まれた切り傷と腕に空いた風穴だ。


その傷が今も、俺の体から命を垂れ流している。ぼたぼたと血の雫で線を引きながら、俺は壁を支えに前に進む。あの時は降参すると言っていたが、いつ気が変わるか分からない。なるべく遠くに行かないと。


「…ふう」

荒い息遣いを残し、力なく座り込む。


意思に反し、もう体は動かない。しばらく休めは動けるようになるとなぜか分かるが、俺のような死にかけが無事でいられるほどこの都市の治安はよくない。


少し座るだけのつもりだったが、もう足に力が入らない。地面に根を張ったように動く気力が湧いてこない。意識もだんだん遠のいていく。


(ここまでか……)

それでも、俺の心は満たされていた。


起きた時には浮浪者にバラされているか、ギャングに売られているかのどっちかだろうが、それでも、あがいて生きられたのなら上等な人生だ。


自分で選んだ道も険しいものだ、と俺は掴み取った自由を噛み締めながら意識を手放した。


◇◇◇


「う、ん。ふわぁあ~。よく寝た」

瞼の裏に差し込む光に目を窄め、大きく伸びをする。夕方になり、きつい西日が照らしていた。


硬いアスファルトの上で寝たせいで、関節がぼきぼきと音を立てる。それと同時に傷口にも鋭い痛みが走り、思わず身を捩った。


「痛ってぇ…。てか何で生きてるんだよ」

死を覚悟したのに未だに生きている現状に、肩透かしを食らった苛立ちが溢れ出してくる。まあ、いいことなんだが。


「アタシが助けてあげたからよ」

俺の独り言に口を挟む女がいた。というかあの赤髪の女だ。彼女は尊大な目つきで俺を見下ろしている。


その側には頭を吹き飛ばされ、脳みそとデータチップやらをまき散らした死体が二つ転がっている。この辺を根城にしているチンピラか何かだろう。愚かにも猛獣に手を出し、食い千切られたようだ。


「…そりゃどうも。…なんで助けたんだよ。もしかして俺に惚れたの?今時流行りのチョロインな――」


恩着せがましい言葉にムカつき、からかってみたら速攻で蹴りが飛んできた。しかも傷口に。


「あ、ぐッ、てめぇ、足、どけろ、や」


ご丁寧に傷口を踏みにじるオプション付きだ。傷口が開き、血が滲み始める。クソ女は足元で悶える俺をつまらなそうに眺めた後でようやくその足をどけた。


「次バカなこと言ったらこの程度じゃすまさないから」

「…お前本当に何の用だよ」


昨夜から襲われ続け、もうこの女の顔は見飽きた。きっと今日の夢に出てくるだろう。クソみたいな悪夢として。


俺はうんざりした気持ちを最大限に表した顔で女に問いかける。さっさと消えろと眉間の皺で伝えるのも忘れない。


だが女は人の感情の機微を察する能力に甚だしく欠けているのか、それを聞いて楽しそうに笑った。


「アンタ、カルロスの話最後まで聞いてなかったでしょ。明日、『マインロック』に来なさい。来ないと指ねじ切るから」


そう言って、吸引器のようなものを放り投げ、指切りジャンキーは踵を返し消えていった。


何だよマインロックって。私の石?意味が分からない。何かの隠語だろうか。それにこの吸引器はなんだ。疑問は溢れるほどあるが、それを聞こうにも当の本人はすでにいない。本当にふざけた女だ。


「くそ、が……」

俺は怒りに震えながら壁に手を突き立ち上がる。


どの道これ以上ここにいるのはまずい。あの女が地面に転がる二人をいつ殺したのか知らないが、彼らが何らかのグループに属しているのなら、仲間が探しに来るかもしれない。そうなれば、犯人扱いされるのは俺だ。


行く当てもないが、とりあえず明日まで時間を潰そう。俺はとりあえず、女が放り投げていった吸引器を手に取る。


ラベルのようなものが貼られており、そこには「パナケア社製 標準回復薬」と書かれている。


回復薬といえば、前期文明のオーパーツのひとつだ。細胞置換ナノマシンによる肉体の修復と機能代替により、最高級品にもなれば重症者を一瞬で治癒することができる。


これは標準タイプだからそこまで高くないはずだが、安いものでもない。それをわざわざくれるとは……。


彼女が何を考えているのかはよく分からないが、とりあえずありがたく使わせてもらおう。吸入口を咥え、噴射スイッチを押そうとするが、ふと、中身は下剤とかじゃないかという疑念が頭をよぎる。…あの女ならやりかねない。


「……よし!多分大丈夫!」

脳内に浮かぶ嗜虐的な笑みを追い出し、スイッチを押す。空気が抜けるような音がして中身のナノマシン入り治療薬が体内に満ちて、損傷個所に向かう。


「お、おお~」

傷口が熱を持ち、じわじわとくすぐったいような感触が走る。撃たれた腕を見ると、傷口の表面を皮膚のような膜が覆っていた。


体力も僅かに回復している。これなら動く分には問題ないはずだ。何か食べないとぶっ倒れそうだが。


とはいえ俺は一文無しだ。何か金策をしなくてはならない。都合のいいことに、ここには死んだ死体が2つある。この都市ではなんでも金になる。人の死体も死体に埋まってるインプラントもだ。


とはいえ、俺に死体を売りさばく伝手は無いが、銃や通信端末を買い取ってくれそうな人間には心当たりがあった。


俺は血まみれの死体をひっくり返し、その懐を漁り始めた。

「えーと、通信端末が一つ、ハンドガンが一丁、ライトマシンガンが一丁か。こいつら結構いい装備してんな」


俺は奪った装備を手に持ち、その場を後にした。

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