First Battle

俺達は同時に地面を蹴り、前進する。

彼女はブレードを、俺はハンドガンを構えて。


俺は振り下ろされたブレードを紙一重で躱し、お返しに拳銃の取っ手を振り下ろす。


今の俺の身体能力で鉄の塊を叩きつければ、当たり所によっては即死させられるはずだ。


だが彼女は殴りつけようと接近した俺の首を掴み、地面に叩きつける。

「がッ――」


凄まじい力で放り投げられた俺は、コンクリートを砕きながら何度もバウンドする。肺の中の空気が押し出され、視界が朦朧とするが、微かな人影とカンに従い、地面を転がることで振り下ろされたブレードを躱す。


寝ころんだまま蹴りを彼女の足に叩き込み、追撃を潰してから慌てて起き上がる。


彼我の距離は数メートル。お互いの身体能力を考えれば、一足で潰れる距離だ。


(強い……!)

分かってはいたことだが、この女は白兵戦に長けている。俺のような勘と本能に従っただけのいい加減な動きではなく、確かな術理と経験に裏打ちされた合理の技。


(身体能力は互角、技は向こうが上か……)


彼はその本能で己が不利を悟った。彼は気づいていなかったが、鍛え上げた《傭兵ウルフ》の技と経験の差を埋めるその身体能力は『異常』そのものだ。


赤髪の傭兵レッド・ローズは都市でも有数の戦士である。

敵を嬲り、依頼主にすら牙を剝く獰猛さにより、今はギャングの子飼いとなっているが、その白兵戦の能力はプロの軍人としても通用するものだ。


(勝つにはこれしかない)

俺は赤髪から目を離さないようにしながら、右手に持つ硬質な感触に意識を向ける。幸い、距離は開いている。


あの女が踏み込むよりも早く、引き金を引けると確信する。


俺は、飛び掛かろうとする彼女に向けて、ハンドガンを向ける。例えどれだけ彼女が速くても、銃弾よりは遅い。この距離なら、当たる!


引き金に指を掛け、引く。だが、弾が発射されることは無かった。


「なんッ!」

「はい、バカ」


袈裟切りに振り下ろされたブレードを慌てて後ろに下がって躱すが、完全には避けきれず、胴体の表面を切り裂かれた。


(なんで弾が出ないんだよ!?)

混乱の真っただ中にいた俺は、とりあえず距離を取ろうと真後ろに下がる。


傷口から溢れ出した血が服を濡らし、断続的な痛みを訴えてくる。俺はハンドガンの引き金を何度か引き、やっぱり弾が出ないことを確認する。


「銃はセーフティーを外さないと撃てない。そんなことも知らないの?」

「……そうか、教えてくれてありがとう」

俺は持ち手の横に付いたセーフティーを外し、再び拳銃を向ける。


狙いを定める俺と腰を落とし、銃弾を避けブレードを叩き込もうとする女。だが俺の指が引き金を引くことは無かった。


「手ぇ上げろ!撃つぞ!」

男が軽機関銃を片手で構え、空に向け威嚇射撃をする。


その装いはただのチンピラには見えない。きっと女の仲間だ……!

時間をかけ過ぎたッ!


1対1でも死にかけていたのに、2人相手じゃ勝ち目はない。


小さく、女が舌打ちをする音が聞こえた。


男は俺に銃口を向ける。だがそれは、はったりでしかないことを俺は知っている。眼前の女は俺を生け捕りにしようとしていた。


それは、昨日も今も変わらない。そのはず、だ。あの女は俺を容赦なく斬りつけてきたが。

ならば、その人に向けたらひき肉になるような銃を撃つことは出来ないはずだ。


俺は相手が軽機関銃を撃てないことを祈りながら身を翻し、路地裏に向けて疾駆する。


「な、おい!待て」

待つわけねぇだろ、ボケが。


俺は背後に聞こえる困惑の声を置き去りに、さらに加速する。あんな開けた場所で銃使いと戦うなんて無謀だ。こっちはハンドガン一丁しかないんだぞ。


背後から手足を狙った銃撃がされるが、ごみ箱や建物の配管を使い、射線を切りながら走り続ける。人3人分は並んで歩けるほど広い路地裏は、狙いを逸らすスペースは十分ある。


時に壁を足場にし、ランダムに飛ぶことで狙いを定めさせないようにする。背後を振り返ると、機関銃の男がハンドガンを握ってこちらを狙っていた。


ハンドガンがあるなら、初めから使えばいいのに。どうして機関銃なんて加減の効かない武器を構えていたのだろうか。


俺は複雑に道を曲がりながら、走り続けるが、一向に背後の追跡者との距離が開かない。当然のように義体者だ。


「チッ。流石プロだな」

敵の照準が俺の動きに合わせ、寄ってきている。このままでは、撃たれる。


俺は耳元を掠る銃声に押されるように、適当な建物の割れた窓ガラスから中に入る。とりあえず、銃弾を防げる遮蔽物が多い場所に行きたかった。


「ここは……無人か?」


中に入って初めに目についたのは、散乱する建物のがれきと足元に転がる薬莢だった。


元は集合住宅だっただろうその建物は、何らかの戦いの場になり廃墟となったのだろう。これもこの都市ではよくある話だ。

人が死に過ぎた建物には人が寄り付かない。


何にせよ、俺には都合のいい話だ。関係ない人間を巻き込むのは心が痛む。

俺は吹き抜けのようになった2階に続く大穴から上に昇った。爆弾か何かが空けた穴の周囲は黒く焼け焦げていた。


そのまま2階の奥まで進み、扉のある部屋の中に身を隠す。家具も何もないまっさらな部屋の中には、床と一体化したソファしか残されていない。


俺はソファの裏に座り込み、傷口を覗き込む。ブラインドから微かに漏れる朝日に照らされた俺の体は、血塗れだった。


「痛ってえな」


胴体をばっさりと斬られ、血が服を濡らしている。動いているうちは気にならなかったが、落ち着くと痛みが思考を阻害してくる。

痛ってえ…!あの赤髪、殺す気だろ。生け捕りはどうした生け捕りは。


傷口を抑え、出血を止めようとしている俺の耳に、瓦礫を踏む足音が聞こえた。場所はここよりも下。俺が入ってきたのと同じ場所だ。


上手く撒いたと思ったが、よく考えれば血の跡が続いていた。普通につけられるよな。


だが、悪いことでは無い。あの巨大な軽機関銃はこの狭い室内では使いづらいはずだ。加えて、俺を追ってきていたのは軽機関銃の男ただ一人。


不意を打って殺し、奪った軽機関銃で赤髪も粉砕してやる……!


「出て来いよ!いんだろ、おい!」

俺はこの部屋に追い込まれるのを避けるため、廊下に出る。なぜか騒ぎなら廊下を進む軽機関銃使いを角で待ち伏せ、銃撃する。


「うおっ、てめッ、こらぁ!」

軽い発砲音と共に、数発の弾丸が飛ぶが、相手は素人ではない。うまく柱の陰に隠れ、俺の銃撃を躱す。


(一発も当たらねえ……!)

俺は素人だ。銃なんて撃ったことがないため、まともに飛ばず、天井や床にでたらめに着弾した。


そして相手はプロだ。撃たれるだけではない。すぐに体勢を立て直し、軽機関銃を構え、引き金を引いた。


(このまま壁を盾に……いや、ダメだッ!)

「――ッ!」


俺は背筋に走る悪寒に従い、大きく廊下を後退する。今まで俺がいた角を、数多の銃弾が砕き、背後の部屋の壁を貫いた。


なんて威力だ…!ビルの壁が防壁の役割を果たしていない。そして壁が砕かれるのなら、今いるこの廊下もキルゾーンだ。


「クソが……!」

敵の射撃を防ぐためにこの建物の中に入ったが、結果として動きを制限されているのは俺だけだ。

プロを舐め過ぎた。例え一対一でも、今の俺では太刀打ちできない。


それを悟った俺は建物からの脱出を図ろうと、廊下の窓に駆け寄るが、時すでに遅し、だった。


2階の窓を割りながら、ダイナミックに入ってきたのは昨夜からずっと見てきた赤髪の女だ。その手には、ダブルバレルショットガンを持っている。


「てめえ……」

「ききひひいひひッ」


女は砕けたガラスの破片が舞う世界で、狂った笑みを浮かべながら、その手に持つショットガンを突きつけてくる。


きらきらと輝く視界の中で、女の指が引き金を引くのを確かに見た。俺はけたたましい銃声が鳴り、ショットシェルが俺の全身を砕く前に跳躍し、壁に着地する。


極限状態で意識が加速しているのか、目に映る全てが遅かった。俺は壁を蹴り、女が入ってきた窓から外に飛び出る。ゆっくりと迫って来る地面に着地し、地面を蹴って加速――


「そこまでだ。逃げすぎだよ、お前」


着地した一車線道路の中央に金髪の男が立ち、俺に向かった黄金のハンドガンを向けている。その銃口は俺の頭に照準を合わせている。


見たことのない男だ。だがその立ち振る舞いから感じる力は先ほどの二人に引けを取らない。きっとこの男が、俺を追うチームのリーダーだ。


「おとなしくするなら、乱暴なことはしねえよ」

ちらりと俺が飛び出した窓を見ると、赤髪の女と軽機関銃の男がこちらに銃を向けていた。


逃げ場は、無い。……いや、一つだけあるか。ほんの小さな隙間が。

「…………はぁ」

失敗すれば死ぬ。その冷たい現実が俺の背筋を震わせる。だが動かなればモルモットだ。


覚悟は決めた。


「乱暴なことをするのは研究員だしな」

俺はそう吐き捨て、金髪の男に向かっていく。こいつがリーダー格だ。こいつは殺さないと、どこにも逃げられない……!


男は突如動き出した俺にも動揺することなく、黄金の銃を撃つ。


「――ウッ」


勘で体を捻る。だがその程度で躱せるほど銃という兵器は弱くない。なんとか胴体に当たるのは避けられたが、右腕を貫き、背後に抜けていた。


「ああああああッッ!」

そして俺は男の眼前で跳躍し、を躱す。


「まじか……」

「動くんじゃねえ」

男の背に銃を突きつける。そして引き金を引き――


「降参だ。もうやる気は無い」

男は両手を上げ、銃を捨てた。その余りの諦めの早さに俺は唖然としてしまう。


「降参?」

「ああ、降参だ。俺たちはお前から手を引こう。代わりと言ってはなんだがうちで雇われないか?」


「…は?」


あまりにスムーズに俺を勧誘する男に、本心から疑問の声が漏れた。こいつは俺を捕まえに来たんじゃないのか?


「戦闘経験なし、インプラントなしでここまでやれるならそれは才能だぜ。企業にくれてやるのは惜しい。どうだ?悪い話じゃないだろ?」

「……」

「興味があるならサンデラ地区の『マインロック』ってクラブに来い。待ってるぜ。――ん?」


「あいつなら、アンタが喋ってる間にどっか行ったわよ」

不機嫌そうな顔を隠そうとしないローズが、ビルから飛び降りながらカルロスに吐き捨てた。


「アタシ、あいつを殺したいんだけど」

彼女の不機嫌の理由は標的と戦えなかったことだ。せっかく銃まで持ち出したのに不完全燃焼じゃ終われない。


「やるなら一人でやれよ。俺なら死に掛けのガキを追い回すなんて真似、恥ずかしくてできねえがな」


「…チッ」

ローズは舌打ちを残し、乱暴な足取りで消えていった。


「悪い、しくじったぁー」

軽機関銃を担いだ男、レットが頭を掻きながら廃墟の扉から出てくる。

「お前が軽機関銃なんかで脅さなきゃ、路地で話は終わってたんだがなあ」


「あはははは!気にすんなよカルロス、禿げるぜ!」

「…はあ。レイン、お前は新入りの死体を買い取っておけ。まだ使い道がある」

『…?了解しました。いつもの警官に話しておきます』


通信機越しに、ドローンを操っていたレインと呼ばれるハッカーに死体の処理を頼む。彼女は訝しみながらも黙ってカルロスに従った。


「テン、車を回せ。今日は飲みに行くぞ」

『了解。まずい酒になりそうだな』

皮肉屋な運転手はいつも通り一言多い。だがテンの言う通りだ。依頼は失敗、面倒を見るように頼まれていた新入りは死んだ。久しぶりにボスに呼び出されそうだ。


「あー、いい天気だな」

カルロスは天を仰ぎながら、頂点まで昇った太陽を忌々しく睨みつける。いつも通りの快晴でいつも通りの銃撃戦だ。これもプラジマス都市ではありふれた光景だった。

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