幸せな夢を……

夜闇に包まれた道を進む。

周囲には太い鉄の柵で囲われた工場が何軒も並んでいる。俺のバイト先である中華料理屋があるのはプラジマス都市の端にある工場地区だ。


昼間は工場の作業員で賑わう店も、夜になり作業員がいなくなれば客入りはほとんどない。そのため、俺のバイト先も夜6時閉店というこの都市にしては早い時間に終わることができる。


だがそれは、工場地帯の夜が無人だということではない。


俺は眼前から歩いてくる人影を見つけ、視線を逸らす。その男は蛍光色の髪を立ち上げ、裸同然の服装をしている。服の隙間から垣間見える素肌には所々金属の輝きが見て取れた。


恐らく、この辺りの廃工場を根城にしているギャングだ。

それに気付いた俺はその男と目を合わせないよう車道側に避け、今までのペースを維持するように心がけながらすれ違った。


そのまま進み、姿が見えなくなった所で、大きく息を吐いた。


(いつになっても慣れないな………)


ギャングの連中は頭のネジが飛んでるやつもいる。そんな奴の横を通るのは神経が削られる思いだ。


俺は先ほどの行動を思い返し、いつも通り振る舞えていたかを再確認する。彼らが目をつけるのは『異常』だ。


普段と違う行動や自身を警戒する者に過剰に反応する。彼らに絡まれないようにするには、普段通りに歩いて通り過ぎるのが一番いい。


俺はそれを、財布を取られ、奥歯を二本折られて学んだ。


「………晩飯、食ってないな」

歩道に沿うように植えられたヤシの木には卑猥な言葉が彫られ、潰れた廃工場の外壁には弾創が刻まれている。


昼間は工場の明かりとトラックのエンジン音でかき消される汚点を夜の静寂は浮かび上がらせる。初めて目にした時は輝かしいと思っていた都市も、今では消えていた。


ここにあるのはただの鉄と電灯だけだ。


壁に埋められたパネルに通信端末を押してる。軽い電子音の後、電子クレジットが引き落とされ、下部にある取り出し口に商品が落ちてきた。


俺は白いパック詰めされた晩飯を取り出し、『コンビニ』を後にする。

コンビニと言っても、建物の外壁に付けられた巨大な自販機みたいなものが、添加物まみれの得体の知れない料理を安価で吐き出すだけのものだ。


だが腹には溜るし栄養も最低限は取れる。数年後には病気で死んでいそうだが…


俺は袋代すら惜しんだため、料理を取られないように脇に抱え込む。

俺の住んでいるマンションは工業地区のすぐ隣にあるが、治安は似たようなものだ。俺以下の生活を送っている者にとってこんな残飯まがいの飯もご馳走だろう。


遠くで銃声が鳴り響くが無視して足を進める。同じ通りで撃ってないなら、関係ない話だ。

翌日には警察が来て、形だけの現場検証をするのだろうが、それもいつもの光景だ。


気づけば俺も横断歩道の社会人になっていた。


マンション前の看板には数世代前のインプラントの広告が貼られている。脊髄置換型のインプラントで装着者の運動能力を当社比で1.5倍にしてくれるらしい。


あれを入れれば、長時間の立ち仕事も疲れなくなるのだろうか。そんなことを落書きまみれの金属脊髄の写真を見ながらふと思った。

入れるとしても俺の収入では何十年先になるのか分からないが。


俺は住んでいるマンションに入る。マンションと言っても、俺のような最下層の労働者を入れておくだけの大規模居住地マス・レジデンスだ。


都市の税金で運営されているため家賃はこの都市で最も低い。それでも俺は家賃を払うだけで精一杯だ。


中はごみや出ていった住人の家具が溢れている。それと人もだ。階段や通路に力なく座り込むのは家賃を払えずに部屋を追い出された元住人だろう。


彼らに何かを話しかけているのは薬を売っている売人か臓器ブローカーの下請けか。

そんなガラクタの山を通り抜け、数階昇れば俺の部屋だ。


生体認証をクリアし、中に入ると鍵が掛かっていることを確認し、ようやく肩の力を抜ける。手榴弾一つで砕ける程度の扉だが、俺はこの薄壁に命を預けるしかない。


備え付けの椅子に座り、買ってきた夕食のパッケージを乱雑に開ける。中身は合成肉と米の混ぜ物だ。化合物で笠増ししているのか、時々変な食感が混じるがそれ以外はマシだ。


「金か………」

この都市は金が全てだ。金さえあればいい家に住めるし自然食品も食べられる。この謎食を温めることも電気代を気にして付けていない明かりも灯せる。


この都市にいる限り、金からは逃げられない。だからと言って都市の外には出られない。この都市の外に出れば、そこにあるのは荒野とモンスターだ。


こんな生活がずっと続くのか?

ふと、そんな疑問が頭をよぎる。


「病んでんなー」


店長と話して現実を突きつけられたせいか、メンタルが落ち込んでいる。俺も廊下で巣を張る売人どもの餌食になる日も遠くなさそうだ。


きっと、俺に犯罪と臓器売買を唆してきた転職会社の職員は、まともな職を紹介してくれていたのだろう。この都市では犯罪者の方が健康的な生活をして、人生を楽しんでいる。


俺は犯罪者になる度胸も、最下層の上澄みの生活を捨てる覚悟もなく、ただ毎日を生きている。


「寝るか」


俺は空になった夕食のパックをごみ箱に捨て、シングルベッドに寝ころぶ。


本当はシャワーを浴びて今日の汚れを落としておいた方がいいのだろうがそんな気力も無い。

タイマーだけをセットして俺は眠りについた。夢の中だけは幸せになれるように祈りながら。

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