新たな生活

「で?君は何ができるの?」


古びた雑居ビルの一室、職業斡旋会社の支店で俺は面接を受けていた。面談ルームには煙草の紫煙とよくわからない植物性の麻薬の匂いが充満している。


鼻の奥を刺激するような匂いに眉を顰める俺に構うことなく、デリクルとかいう会社の社員は気だるげに問いかけてくる。


「ええと……」

だが答えられない。自分が何ができるかなんてこっちが教えてほしいぐらいだ。それを聞いた面接官は大きくため息を吐き、吸引機を手に取った。


「君も吸う?」


手のひらに載せた小さいくの字型の吸引機を差し出す。中に入っている物はろくなものでもないだろう。小さく首を振ることで否定の意を伝える。


「……ふう。あー、効く。あー、それでね、今時何もできない子なんてまともなとこでは働けないよ。それでもいいなら紹介できるけど?」


その言葉の意味は、非合法な仕事しかないということだ。だが俺はまだそこまで覚悟できていない。答えに窮した俺を見ても、面接官は表情を変えない。


「運び屋とか運転手とかならリスクも少ないよ。後は…楽に稼ぐなら臓器売買とかかな。今は肺が高く売れるよ。どこかのインプラント会社が新型の人口肺の原料を欲しがっててね。安いインプラントを代わりに入れとけば普通に生きていく分には問題ないし」


それを聞き、俺は背筋を震わせた。

ここ、やばい会社じゃないのか?職業斡旋ならぬ犯罪斡旋会社じゃないか。恐らく俺のような明日食べるのにも困った人間を犯罪や臓器売買に誘い込んでいるのだろう。


「遠慮しておきます」

きっぱりと断る。曖昧な返事をすれば、ずるずると説得され、犯罪の片棒を担がされそうだ。


だけど、もう手遅れかもしれない。ここは犯罪会社の根城だ。生きて帰れるかも分からない。平静を装うが、その声音は震えていた気がした。背筋に冷たい汗が流れる。


俺の冷たい返事を聞いても、面接官は気にした様子もなく「ああ、そう」と冷たく答える。


「気が変わったら教えてね」

ひらひらと手を振り、その視線を手元の端末に落とす。面接はもう終わりということだろう。


結局、ここでは仕事にありつけなかった。結局俺は考えが甘すぎたんだ。こんな荒れた世界でまともな仕事に就けると思った自分が愚かだった。そのせいで、今ここで襲われる恐怖に怯えている。


背後から襲われるかもしれないという不安を押し殺しながら、入り口の扉に手をかける。


「あ、そうだ」

「――ッ」


突如投げかけられた言葉に背筋が震える。ドアノブを掴んだ姿勢のまま固まった俺に面接官は声を掛ける。

「君、料理とかできる?」

「は?」


◇◇◇

―3か月後―


「おい、新人!メン2だ。あと皿も洗っとけ!」

「はい!」


俺は大なべを振るってコメを炒めながら、店長の注文を受ける。今は12時過ぎ。一番客が多い時間帯だ。厨房には俺以外も先輩のアルバイトが一人いるが、既にパンク寸前だ。


「チャーハン1つ!」

また追加で注文が入った。後ろを振り返り、ホールを見てみると、また新しい客が入ってきて店長に注文を伝えているところだった。


これではしばらく休めそうにもない。今日も昼休憩は無くなりそうだ。


「さぼるな、新人!」


手を止めていた俺を目ざとく見つけた店長が怒鳴りつけてくる。あの人後頭部に目がついてるんじゃないか?休憩はくれないくせに勤務態度にはやたらと厳しい。


「はい、すいません!」

半ば怒鳴り返すように返事をする。


だが店長は気にした様子もなく客の対応に戻った。あの手の単細胞は大声で返事をしておけばこっちがやる気があると勝手に勘違いしてくれる。それだけがあの店長の唯一の長所だ。


「はあ………」

勤務時間はまだ6時間以上もある。俺は厨房の熱気で滲んだ汗をぬぐいながら、作業に戻った。


◇◇◇


「お疲れさまでした」


先輩がバックヤードから出ていく。俺がこの中華屋で働き始めて1か月になるが、未だに自己紹介をしていないせいで名前も知らない。


見てくれは20代半ばほどに見えるが、この世界では外見なんて当てにならない。年齢も名前も不詳の先輩だ。


俺も彼が出ていった数分後には荷物をまとめ、バックヤードを出る。ホールを通り過ぎる時に店長を見つけた。


「あの、店長」


『続いてのニュースです。今日発表の雇用統計によると、プラジマス都市の失業率は13%。先月比で3.4ポイントの低下です』


まだ調理着を身に着けている店長は、ホールの壁についているテレビを見ている。流れているニュース番組は都市の絶望的な経済状況を語っている。


「先月の給料計算したんですけど、時給分無くて……。全部振り込んでくれませんか?」

「んん?」

店長は面倒そうに振り返り、俺の顔を見返した。


「チッ。全部振り込んでんだろ。保険だのなんだの引けばその程度だよ」


店長はそれだけ言うとテレビに向き直した。だがそれでは納得できない…。今の給料では家賃を払うだけで精一杯で碌に食事も取れない。


「なら給料を上げて――」

「うるせえぞ!……嫌ならやめちまえ。取り柄のないお前を雇ってくれる会社がうち以外にあるならなあ!」


『それに対し、市長のエヌエル・マーキンス氏は、「断固とした経済政策を行い、市民の雇用を守る」とコメントしています』


机を叩き、立ち上がった店長の目が俺を睨みつける。そして言外に問うのだ。お前に居場所はあるのかと。


――そんなところは無い。それは俺が一番分かっている。ここで働いているのだって奇跡のようなものなのだから。


「……すいません。お先に失礼します」

『また、プラジマス都市では貧富の差が広がっており、富の再分配が課題となってから――』

俺は頭を下げ、店を出る。ニュースキャスターの声だけが俺を見送った。

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