初めての就活
「ここは、あまりよくないな」
俺は怒涛の展開に圧倒されながら、ぽつりと呟く。
一応、事故から逃げてここに来たのだ。それなのに、僅か数時間で数人の人間と言葉を交わし、印象に残っている。
しかも碌な情報が集まっていない。今の俺は、リスクだけを犯している。
とりあえず、人通りの少ない場所に行こうと、俺はさらに裏路地に入った。建物と建物の合間にできた細道を組み合わせただけの、道とも呼べない道だ。
賑やかな表と一転し、薄暗く、陰惨な雰囲気が漂っている。薄汚い衣を纏った人が力なく横たわり、ゴミ捨て場に捨てられた袋が悪臭をまき散らしている。
奥に行けば行くほど、人通りは無くなり、代わりに暴力の気配を漂わせる人間とすれ違うようになる。
筋肉質な肉体を持ち、全身に入れ墨を入れた男は、すれ違いざまに少年を睥睨し、無言で路地の角へと消えていく。だが不思議と、俺はその男を怖いとは思わなかった。
記憶を失う前の自分は、荒事に慣れた人間だったのかもしれない。
そのまま進み続けると、数分も経てば現在地を見失った。まるで迷路のような場所だ。
「どうしようか」
迷っているうちに、建物で囲まれた行き止まりの路地に出た。俺はそこに腰を落とし、休息をとる。肉体は疲れていないが、心を整理するために、休みたかった。
あまりに意味が分からない。
わけのわからない場所で目覚めた。そこから出たら見たことのない都市だった。
木を隠すなら森の中、と都市の中に逃げてきて、辿り着いたのがここだ。ついでに記憶喪失だ。出身地もわからない。名前もわからない。
「……どうするんだよ」
少年が半ば投げやりになって放った言葉に、答えるものなどいない。当然だ。少年はただ一人で、取り残されたのだから。
天を仰ぎ、そのままコンクリートに寝っ転がる。地面は清潔とは言えなかったが、今は少しも気にならなかった。
目を開き、空を眺める。そこには黒い夜空があった。都市の光に塗りつぶされて星の一つも見えないソラ。決して美しいとは言えないけれど、少年はそれに見惚れた。
「ちゃんと、考えよう」
心に薪をくべ、やる気を燃やす。半ば折れかかった心を奮い起こし、思考を切り替える。
ここまで、行き当たりばったりで来ている。きちんと考えないと、生き残れない。
少年は頭を回転させ、現状とこれから必要なものを計算する。
まず、直近でしなければならないことは――
「——情報収集だ。それをしないとどうしようもない」
小声でつぶやき、頭に刻む。
この都市からでるのか、それとも住むのか、そもそも住めるのか、全てが不明だ。
ついでに食事も寝床もないのだ。
彼はこの都市開発のミスで生まれたであろう行き止まりの道に永住する気はなかった。
「明日は、情報収集をして、欲を言うなら寝床と飯を手に入れたいな。でも今日は寝よう、疲れたし」
疲労に意識をゆだねる。服装は検査着のような薄いものなので、少し肌寒い。
できれば明日はベッドで寝たい、そう思いながら眠りにつく。硬いコンクリートの床は寝心地最悪だが、今の俺には気にならなかった。
その心の中からは、疎外感も孤独もすっかり消えていた。
◇◇◇
夜が明けた朝方。まだ陽は出たばかりで、通りに人通りも少ない。
少年の眼前の道路をちらほらと車が通過する。都市が立てる音は車のエンジン音ぐらいだ。
派手なホログラムやライトアップがされていない都市は、その顔をガラッと変えている。
今は騒がしい都市の、ひと時だけの安寧の時間なのだろう。
「腹減った…」
そんな朝の一時、俺は飢えていた。飢えているのは当然だ。目覚めてすぐ2時間歩き続け、何も食べずに寝て起きたのだから。
起きた後は行く当てもなく適当にぶらつき、この道の端のベンチに辿り着いた。
何でもいいから食べたいが飴玉を買う金すらも無い。というか金がない。それに尽きる。
俺のすぐそばに、屋台が停まる。外装を見るに、チキンを売っている移動販売のようだ。それを見て食欲が刺激され、腹が鳴る。
(…金さえあればあのチキンも買えたのに。ついでに昨日のお姉さんともいいことで来たのに…!)
どれもこれも、金もろとも血の海に沈んだ運転手が悪い。きれいに死んでいたら財布を貰っていたのに。
胸の内から理不尽な怒りが湧き出る。人は飢えると余裕が無くなると言うが本当のことみたいだ。
『転職、転職、転職活動、安心サポートのデリクル~、転職、転職――』
恨めし気に屋台を眺め、死人に責任を押し付けていると、俺の眼前を円柱型の掃除ロボットのようなものがクルクルと回りながら通り過ぎて行った。
(宣伝カー?)
そのボディには胡散臭いおっさんの顔と社名が乗っている。だがそんなことはどうでもいい。重要なのは歌っている宣伝ソングの内容だ。
転職、つまり就職だ。働けば金が手に入る。俺は急いで立ち上がり、回り続ける宣伝ロボットを追う。
「ストーップ!」
かつてない速さでロボットの行く手を塞ぎ、その動きを止める。ロボットはカメラアイをクルクルと動かし、こちらを視認する。
『テンショクナラデリクル~』
「そう、それがしたい。仕事を紹介してくれ!」
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