第2話 花樹屋敷
昆布の具が入ったおにぎりを食べている君の口元にはご飯粒が付いている。
君が半年近く、この白いデイジーが咲き乱れる花園へ幽閉されている、と知らされたとき、私は胸を突かれ、私は繊月のようなやるせなさを覚えた。
フル充電の絶望と化した新月にもなり切れぬ、中途半端な希望が月面から充血している辰砂のような月。
新年を越し、徒花が咲いた仲春の今まで彼はこの鉄塔で閉じ込められたのだ。
奥深い花樹屋敷で長い間療養している、深窓の令嬢のように日焼けしていない頬も、この病棟では妙に似合っていた。
「もっと買ってくれば良かったかなあ」
買ってきたコンビニの品物は最低限しかなかったから思ったよりも空腹感は収まらなかった。
「これくらいで良かったよ。僕は元々小食だから。病院食も半分に減らしてもらっているんだ」
おにぎりと共に購入したチョコを君は可愛らしい蝦夷地の栗鼠のように器用な指で食んでいた。
チョコは期間限定の桜花のパウダーが入ったルビーチョコだった。
それも、気恥ずかしくなるようなハートフルな包み紙が印象的だった。
切なさにも似た桜の花びらが君の手の平まで落ち、君は物憂げな横顔で、その花びらを小指で突いて弄んだ。
それにしても春眠暁を覚えず、と体現したような春昼の万朶の桜と言っても過言ではなかった。
「最近、桜の言葉を集めた本を病棟に持参して昼下がりのお暇に読んでいるんだ。こんなにも綺麗な言葉が日本語には多くあるんだ、と思うと僕はたまらなく劣等感を覚える」
君は袂から一冊の文庫本を私に見せた。
「ほら、桜月夜。花盗人。桜守。枝垂桜。桜蕊降る。花曇。朝桜。花筏。桜雨。八重桜。寒桜。初桜。花時。桜月。花便り。桜狩り。桜人。花衣。桜流し。花疲れ。花冷え。花篝。夢見草。徒桜。薄桜。残桜。花明かり。花霞。飛花。夕桜……」
その桜の言の葉の名前を一言一句軽やかに寿限無のように唱える君は明朗でとてもうれしそうだった。
「真君は感性があるんだよ。だから、みんなが知らないような古い言葉に敏感なんだ」
私が感心して褒めると彼は一転和やかな表情から豹変して浮かない表情になり、眼の色が見る見るうちに曇り出した。
「僕に感性はないよ。診断書にも毒々しく記されている」
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