夕桜アンニュイ 桜の樹の下には死体が埋まっているのか?
詩歩子
第1話 序章、朝桜
今年の桜の開花は平年より遅く、四月に入っても万朶の桜は麗らかな勢力を衰えなかった。春光の昼下がり、並木道には多くの人が桜狩りするために、春爛漫な雑踏の中を行き交っていた。
私は高速バスに揺られながら通り過ぎる、春靄に包まれた山桜と畦道に綻ぶ菜の花畑を見下ろしていた。
朝桜に重きを委ねる東雲の高速バスは多くの観光客や帰省客で賑わっていた。
君に会えたのは白い病院の中庭に仲間外れのように咲く、満開の桜の木の下だった。
受付を済ませ、鍵の掛かった重苦しい病棟のドアを開けてもらい、男性看護師から君の小部屋を案内してもらい、私は沈鬱な面立ちのまま、どこか期待感に膨らませながら向かった。君が四体のベッドがある大部屋の片隅で本を読んでいるのを発見したとき、私はつい声を漏らした。
君は文字を追っていた目線を上げ、片手に文庫本を持ったまま、指を口に持っていき、静かに、というポーズを取りながら窓辺から吹いてきた春風を浴びながら指を立てた。私はつい、口を押え、含み笑いをした。
君は『桜の森の満開の下』と書かれたタイトルの茶渋色の文庫本を床頭台に置いた。閉鎖病棟の門扉を開いてもらうと私たちは連れない出で立ちのまま、中庭へと向かった。
中庭の桜の木は春の中空の裾野を広げるように今が最盛期を迎えていた。
麗らかな白光が織りなすように中天から差し込み、薫風が朽ち果てた白亜の病院の漆喰壁の隙間から吹いてきた。
桜の大樹の下には水縹色のベンチが置いてあった。
私たちは春園のベンチに座り、私が予め購入したコンビニのおにぎりと無糖の紅茶で食事することにした。
「久しぶり食べた。病院の食事は薄味で物足りなかったから」
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