第4話 ストリートに落ちた貴族

「その女・・・・・・あと金、返せよ」


アルジェラの彼は手招きで挑発した。

そろそろ汚れてきた彼の白い服は、眉の寄った精悍な顔つきと相まって戦士の勲章のように思えた。


「その金はアンタみたいな豚共の餌代じゃねえんだよ。そこの美人の軍資金だ」


美人?

私のこと?


私ってアルジェラ基準でも美人なんだ。


「アルジェラだからって調子に乗るなよ?」

「こいつは俺達が拾った、俺達の物だ!」


男たちはすぐに挑発に乗ることはなく、私の周りに集まったままアルジェラの彼を威嚇していた。


ダウンタウンに棲む私たちにとって、こういった小競り合いは日常茶飯事だった。

すぐに挑発に乗って暴力をふるえば、たちまち暴動事件が多発してしまう。


だからすぐには攻撃しない。

それが地下住民の流儀だ。


「へぇ・・・・・・じゃあ──」


だが彼も、その流儀を心得ていたようだった。


「殴り勝ったら、俺の物か?」


そう言うと、アルジェラの彼は右拳を前方に、左拳を顎に引っ付けて構えた。

よく見るとつま先立ちだ。


男たちは呼応するように興奮し始めた。


「ああ勿論だ!!」

「お前ら囲め!」


私を抱えた男を除いて、即座に包囲網が敷かれた。


人数は五人だ。


「こいつの服は高く売れるぜ?」


包囲網はジリジリと狭まって、威圧感が増していく。


一見すると彼は窮鼠だ。


いくら戦闘能力の高いアルジェラでも、流石に五対一は無理がある。

アルジェラに詳しくない地下の住民なら誰でもそう思うだろう。


でも正直言ってヌルい。


何故なら、アルジェラは魔法が使えるからだ。


ちょっとアツさに欠けるな・・・・・・


「おらよ!」

「・・・・・・!」


アルジェラの彼は、敵の攻撃を避けては一撃を入れていく。

蹴りとか、パンチとか。


だがそのどれも、一撃で相手を仕留められるほどの威力ではなかったようだ。


一人が攻撃すると、便乗して他の四人も攻撃を始める。

中には鉄パイプを持ってる奴も居るから、一撃で致命傷になりかねない。


そうか。


私のために苦戦する演技をしてくれているのだな。


ここから本気出して、魔法で逆転するんだな!


どきどき。


私は魔法を見るのが初めてだった。

とてもわくわくしていた。

脳の髄から熱いものが体中に広がって、私は口を半開きにしたまま釘付けになった。


一言でいうと、アツかった。


「・・・・・・」


暫く同じような攻防が続いた。


男達の攻撃は当たらず、アルジェラの攻撃は次々と当たる。


男達は数回の打撃ではくたばらなかったが、それが十回、二十回になるに連れ、次第に消耗していった。


しかし──


「ちっ・・・・・・!」

「おいおいどうした!」

「手数が減ってきたなあ!!」


あれ。


どうしたんだろう。


アルジェラの彼の動きが鈍くなり、男達の攻撃が掠り始めた。

つま先立ちだった足もベッタリと地面に付いてしまっている。


私は際どい攻防の度に息を呑んだ。


そして遂に──


「あがっ・・・・・・!」


初めて男たちの攻撃がヒットした。


膝蹴りだった。腹に一発だ。


鉄パイプを避けた先、振り返り際に一撃を喰らってしまったのだ。

彼の膝も笑っていた。


既に男たちのうち二人はグロッキーだった。残りの三人ももうヘトヘトだった筈だ。


だが初めてのヒットを目の前にして体力を回復した。


「豚野郎がぁ・・・・・・」

「お前の顔も豚にしてやるよ!」


大丈夫かな・・・・・・


もしかして、負けちゃう?


「やれるもんならやってみろよ!」


アルジェラの彼は本気を絞り出したようで、まだまだ三対一で奮戦していた。


最初の構えなど消え去って、ほぼノーガードで殴り合ったり投げ飛ばしたりしていた。


意外とそっちの方が強くて、男達を押していた。


あと、そっちの方がアツかった。


「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」


遂にあと一人まで追い詰めた。


結局彼は魔法を使わなかった。

何か使えない理由があるのだろう。

この男たちを殺したくないとか、ここで使うと自分も危ないとか。


私も人殺しにはなりたくない。

きっとそういうことだろう。


「おい・・・・・・待て・・・・・・待ってくれ・・・・・・」


アルジェラの彼は最後の一人に迫り、投げ飛ばした。


私の目の前に、男の巨体が宙を舞った。


とてもゆっくりに見えた。

男の阿呆面がよく目立って、傷と腫れの見られるアルジェラの顔もよく見えた。


私は最高にアツい気分だった。


私を助けるために、綺麗な顔を汚して闘い、最後の一人を私の目の前で撃沈した後、感動的で運命的な再会を果たす。


私のシミュレーションは鮮明に思い浮かんだ。


現実は想像を忠実になぞる。


巨体は私の足元に着地し、物凄い振動が起こり、そして床が──


「・・・・・・え?」


床が、抜けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る