第2話 一喜一憂

第二話


「どこ行ったんだ・・・・・・あのアルジェラ・・・・・・」


私に銀貨をくれた、アルジェラの彼との再会は叶わなかった。

あのあと直ぐにダウンタウン中を走り回ったが、一向に見つからず断念した。


消えてしまったのだ。

まるで煙のように・・・・・・


私はその場で足踏みをして、自分の頬を両手で叩く。

二つに分けた髪の毛を整える。


「でもそれこそ正義のヒーローだよね!」


アツい。アツいね。


「あら。こんなとこで何してるの。お嬢ちゃん」

「あ!薬屋のおばさん!」


私は顔見知りに挨拶した。

ここダウンタウンでは全ての人が顔見知りだけど、挨拶していい人と、しちゃいけない人がいる。


この人はお店もちゃんと持ってるから安全。


だから挨拶していい。


「人を探してるの!」

「一人じゃ危ないわよ。私が着いていこうかしら」

「大丈夫!一旦中断するから!」


流石に私も疲弊していた。


直ぐに見つかると思っていたものが見つからないと、しんどいよね。


「はあ。アルジェラかい。私は知らないねえ」

「そうなんだ・・・・・・」


私は薬屋のおばさんと少しだけ話した。

主にアルジェラの彼を見なかったかということだ。


「そのアルジェラを探し出して、どうするのさ」

「ダウンタウンを出る!」

「あらまあ」


ダウンタウンの人間は、皆外へ出ることを夢見ている。

でも奇跡が起こらない限り外へ出る権利は得られないし、窓の外を覗くことも許されないんだ。


「じゃあそろそろ行くね!」

「じゃあねお嬢ちゃん。おばさんになる前に日の目を浴びるんだよ」

「頑張る!」


私は薬屋のおばさんと別れた。


味気ない会話だったけど、少し元気が出た。


裸足のままだったので足の裏が痛かった。

ヒリヒリする足裏から熱が上ってきて、私の胸を熱くした。

私は手の中の銀貨を見つめて考えた。


「さてさて。これからどうするかな・・・・・・」


ダウンタウンの中にいないとなれば、きっと外にいるのだろう。


やはりまず外へ出ないと駄目だ。


外に出て、一番アツい再会はどんなだろう。


銀貨を返すために、帝国を駆け回って再会するのもアツい。

はたまた、違う商売を始めて偶然出会うのもアツいか。

いや、私がいざ革命を起こすとなって、敵として彼が現れるのも捨てがたいアツさだ。


「よし決めた!」


私は思案に思案を重ねて、帝国を駆け回ることにした。

決め手は時間だった。

他の方法はあまりにも遠回りなのだ。


このアツさは誰にも止められない。

いち早く彼と再会したい。


あの銀貨を使ってマトモな服を買えば、外に出ても捕まることはないだろう。


「ならまずは爺のところだね・・・・・・えーっと・・・・・・ここからだとこっちか」


地上に出たら何しよう。


まず街の中を歩き回りたい。

見上げても頭が見えないほど高い建物の間を歩いて、次に食べ物飲み物を貪ろう。


私はアツくなった胸を躍らせて、妄想を膨らませた。

ついにダウンタウンを出られるんだ。

運命の再会の前に、ちょっとくらい遊んでもいいよね。


「遊んでる間に会えるかもしれないし・・・・・・」


私は妄想しながら、ある場所へ向かった。


その場所はダウンタウンの最奥にあった。

太陽の光なんて全く溢れないような壁に、ひと一人通れるほどの路地があって、その先に古びた扉がある。


そこに住む老人を私は"爺"と呼んでいるが、地下のことならなんでも知ってる仙人のような人で、困ったらみんな爺のところへ行く。

だから私も、一番最初に爺を思いついた。


地下の機知ならきっと、アツい脱出劇を思いついてくれるはず・・・・・・!


「爺!ダウンタウンの外に出る方法を教えて!お金はある!」


私は勢いよく戸を開けて叫んだ。


部屋の中は狭く、住居と住居の隙間に作られたような間取りで、その最奥に一人の老人が座っていた。


「ほう。ジルか。まあまあ、落ち着いて座りなさい」


名も無き老人は私に席を勧めた。

爺の座っている椅子も中々の年季ものだが、勧められた椅子も負けていない。

それでも私の興奮が覚める気配はなかった。


爺は手に持った杖を一ミリたりとも動かさず、話し始めた。


「うむ。何度も言うようじゃが、地下経済の貨幣では服は買えんのよ。銀貨・・・・・・少なくとも銅貨が無いと──」

「銀貨ならある!」


私は爺に事情を話した。


私は爺の驚く顔が楽しみだった。

彼の顔は濃い髭に囲まれ、皺の深い顔は目の位置すら曖昧。

表情の変化など、今まで読み取れたことがなかった。


「ほう」


しかし残念ながら、爺は私が差し出した銀貨を見てもあまり反応しなかった。

まあ、声はいつもより昂ぶっていた気はするけど。

少し期待外れだ。


「しかしジルよ。惜しい。惜しいよなあ」

「え・・・・・・」


老人は渋るような声で唸った。


「銀貨だけでは外に出られまい」


何が惜しいのだろうか。

何かツテが必要なのか。

それなら爺が持っているはずだ。

じゃあ爺が渋る理由は?

もしかして私に出て行ってほしくない?


「どうして?」

「ぬしは地下では有名人じゃからのう」


もう一度唸ってから、爺は続けた。


「ここでは誰が餓死にしようと誰が外に出ようと、誰も気にかけない。じゃから、何かの拍子で外に出れる者が現れても帝国兵共も動かん」

「・・・・・・」

「じゃが、ぬしは違うじゃろう」


なるほど。

私は帝国兵の"お気に入り"だから直ぐにバレるというわけか。

というか、なんで私が帝国兵に悩まされていることを知ってるんだこの爺さん。


「ここに居ないと分かれば、直に見つかるわい」

「そんな・・・・・・」


爺の声色は変わらなかった。

困ったような、達観したかのような声で、私の不安を煽る。


どうしよう。

折角の大チャンスなのに。

何かの機会を待っていても、銀貨を持ってるとなればいつ誰に襲われるか分からない。


見つかるのを承知で外へ出るか?

地下水路の上で暮らしてきた私には未開拓の場所だ。 

うまく逃げ続けられる自信はない。


「じゃがまだ方法はある」

「・・・・・・!」


私は声色を変えない爺に詰め寄った。


「まあ。現実的ではないのじゃが──」

「いいから聞かせて!」


アツい。アツい展開の匂いがする・・・・・・!


「協力者を募るんじゃよ。地下じゃなくて地上の」

「キター!」


地上の協力者?

決まってる。

あのアルジェラの彼に決まってる!

ドアツい展開の予感がする!


「何を喜んどる。地上にツテでもあるのか」

「ないけどある!」


爺は私の興奮した様子を困ったように眺めて、曖昧な相槌を打ったあと言った。


「取り敢えず儂が探しておこう。あまり変な気を起こすでないぞ。ぬしは今、地下住民の格好の餌なんじゃからな」


そんなこと分かってる分かってる。

見つけるぞ!絶対見つけるぞ!


私は元気よく返事をして、外へ飛び出した。


運命のピースが、揃っているような気がした。


・・・・・・


「行ったかのう」

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