第3話

 漁船が港に着く頃にはもう夕暮れ時になっていた。

 フミコは漁船を降りると近くの砂浜で焚火たきびを始め、獲れたばかりの魚を串刺しにしてその火で炙っていた。

 荷下ろし作業を終えたカジトが重い足取りでやってきてフミコの隣に座ると、ぱちぱちと焼ける魚を見つめていた。


「オヤジ、さっきヒミコさんって言っていたけど」

「……うん?」

「私はよく覚えていないんだけど母さんはどんな人だったの?」

 しばらく考えている様子だったが、視線を夕陽に向けるとカジトは語り始めた。

「そうだな、海のような深い藍色の長い髪、透き通るような白い肌、そしてフミコと同じ瑠璃色の瞳、とても美しい人だったよ」


 フミコはカジトに香ばしく焼けた魚の串を差し出した。

「オヤジは母さんのこと、ヒミコさんって呼ぶのはどうして?」

「それは……まだ結婚していなかったからなあ」

「結婚していないのに私が生まれちゃったってこと?」

「……まあ、色々大人の事情というものがあってな」

「ふふ、母さんのこと大好きだったのね」

「ああ、とても愛していた。お前を見ているといつも彼女を思い出す」

「それは私も美人っていうことかな?」

「うーん、まあ日に焼けて真っ黒なところとズボラな性格以外はな」

「え? ひどい、じゃあ私も母さんみたいになれるよう頑張ってみるかな」

「フミコはフミコだ。彼女の真似をしなくていい」

「母さんがいなくなったのはなぜ?」

「それは……十八年前に大きな厄災に巻き込まれた」

「さっき言っていたバグマド?」

「もう思い出したくない、その話はやめよう」


 やがて夕陽が沈み暗闇に覆われると、焚火のともしびだけが二人の顔を照らした。

 そのあとフミコが何を尋ねても、眉間にしわを寄せるカジトは口をつぐみ一切語ろうとしなかった。

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