第16話 休み明け

 ゴールデンウィーク明けの初日は、至る所でお土産の交換会が開かれる。

 他部署に所属する友人同士が昼食を取る食堂内でも土産の包みが開けられ、様々なお菓子のやり取りが行われていた。

 土産を見て、どこへ行った、何をしていたという話に花が咲く。


「……篠田さんには、本当にご迷惑を」

「いやそれ、朝一でも聞いたからね? 菓子折り付きで。秘書課の彼女と一緒に美味しくいただきまーす」


 食事の乗ったトレーを置いてすぐのタイミングで、律瑠が頭を下げた。

 篠田はそれを、笑って受け流す。


「俺なら絶対、いくら可愛がっている後輩だろうと、香乃との旅行中の連絡には応じません」

「お前って、案外そういう冷たいところがあるよねぇ」

「秘書課の彼女も実は、架空の人物ではないかと疑っていました」

「うん。俺、お前が実は失礼なやつだって、知ってた!」

「篠田さんの人の良さのお陰で、帰宅した香乃に呆れられず事なきを得ました。人のいい篠田さんが選んだ明日香さんも、素敵な女性のようですね」

「篠田さんに付いた形容詞が褒め言葉なのか怪しいけど、まぁいいや」

「明日香さんにも、許されるのなら何かお礼がしたいのですが……」

「香乃ちゃんも含めた四人でご飯でもって、言ってたぜ?」

「香乃もぜひお会いしたいと言っていたので、喜んで」

「いつがいいかねぇ?」

「そうですね」


 篠田と律瑠の間でのお土産交換は朝の時点で済んでいて、旅行の土産とは別に、律瑠は篠田へ謝罪と感謝の意味を込めた菓子折りを渡していた。

 四人での食事会の日取りの候補を決め、二人はトレーの上の定食を食べ進める。


「前から思ってたんだけどさぁ」


 途中、箸を止め、篠田は律瑠の顔をじっと見つめた。


「なんでしょう?」

「時任って、危ういよな? 相手が香乃ちゃんじゃなけりゃ、なんていうか……相手をダメにした上で一緒に破滅しそう」


 ゆっくりおかずを咀嚼して飲み込み、律瑠は首を傾げる。


「どういう意味ですか?」


 律瑠からの視線を正面から受け止め、考えをまとめようとするかのように、篠田が低く唸った。


「相手によっては、お前のその甘やかしは毒になると思うんだよ。時任って、何でもやってやりたいタイプだろう?」

「香乃には、そうですね。香乃は甘えるのが下手だから」

「お前はべたべたに甘やかそうとするけど、香乃ちゃんは、お前のその砂糖みたいな甘さに溶かされない。共倒れは、香乃ちゃんが許さない」

「香乃は自分をしっかり持っているので。合わせはしても、俺の色には染まってくれないと思います」

「だからお前らは、バランスがいいんだろうな」

「貶すのかと思ったら、褒めてくれるんですか?」

「貶す気はなかったさ」

「俺は……恐らく、香乃と出会っていなければ、篠田さんとも出会えていなかったと思います」

「香乃ちゃんといないお前って、想像出来ねぇな」


 歯を見せて笑った篠田の笑顔を眩しく感じ、律瑠は目を細める。


「違う未来には、それが存在したんですけどね」


 ちょうど他部署の友人から声を掛けられた篠田は、律瑠の言葉を聞いていなかった。

 海外旅行の土産だと言って、派手な色の包みがテーブルへ置かれる。律瑠も立ち上がって礼を言い、お返しにと、香乃とモナと出掛けた先で買った土産の余りを手渡した。

 篠田の友人が去った後、海外のお菓子をじっと見つめて、律瑠は呟く。


「犬を飼っている場合、海外旅行って、無理なのでしょうか?」

「家族に預けたり、ペットホテルを使うんじゃないか?」

「……香乃は、モナを置いて行くなら行かないって言いそうです」

「え? そこまで? 新婚旅行どうすんの?」

「考えてませんでした」

「子どもが出来たら旅行どころじゃないって聞くぞー?」

「そういえば俺、香乃と二人で旅行ってしたことがありません」

「イギリスに来たじゃん」

「あれを旅行とカウントするには、抵抗がありますね」

「まぁ……そうだよな」

「香乃の水着姿が見たい」

「おぉ」

「沖縄、いいですよね」

「おー。最高だったぞー」


 帰ったら香乃に新婚旅行の相談をしてみようと、律瑠は決めた。


   ※


「新婚旅行かぁ。全く考えてなかった」


 ダイニングテーブルで向かい合って夕飯を食べながら切り出してみると、香乃が苦笑と共に告げた。

 留美はどこへ行ったのかと聞いてみれば、しばらく考えてから「国内だった」という答え。


「本当はモルディブに行きたいって計画してたんだけど、妊娠しちゃったからね。前の時も今回も、私自身がバタバタしている時だったから、どこへ行ったかまでは覚えてないや。北海道……だったかなぁ? ん~? それは美紅を連れての初めての旅行か?」


 思い出せないやと言って、香乃は笑う。


「美紅って、今月生まれる子の名前?」

「うん、そう。るぅちゃんにはまだ内緒ね」

「わかった。それで、俺たちの新婚旅行なんだけど、モナって飛行機に乗れるのかな?」

「いやぁ……はなぺちゃさんだからね。乗せたくないな」

「それなら国内で、車で行ける場所か」


 律瑠の発言に、何故か香乃が驚いた表情を浮かべた。

 どうしたのかと視線で問うと、花が咲くような笑顔になる。


「嬉しいなと思って」

「何が?」

「当然のように、モナが数に入ってるから」

「だって、家族だろ?」

「うん、そうだね! だけど、モナは秀平とお母さんが預かってくれると思うんだ」

「そうなの?」

「モナは実家のほうにも慣れてるし、両親と秀平にも懐いてる。だから新婚旅行は、律が行きたい場所へ行こう」

「香乃が行きたい場所じゃなくて?」

「私のわがままは、もう十分過ぎるほど聞いてもらってる」

「俺は、二人で考えたいな」

「わかった。国内? 海外? どこにしようねー」


 香乃にとって未来の話は、いつもどこか苦しそうだった。だけど今は、明るく楽しそうに話す。

 圧し掛かっていた重荷が消え去り、香乃はやっと、自由になれたのかもしれない。


 日常は優しく穏やかで……

 二人と一匹はいつまでも幸せに暮らしました――。


 そんな言葉が頭を過るほどに、律瑠の胸は幸福で満たされていた。

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