第14話 高校時代の二人1

「時任くん。ごめん。そこに、本をしまいたいの」


 名前を呼ばれて、驚いた。

 彼女は、学校内でも世間でも有名な人だったから、自分が認識されていたことにびっくりしてしまった。


「どれをどこに入れたらいい? 届かない場所、手伝うよ」

「退いてもらえれば十分だよ」


 晴れやかな笑顔での拒絶だった。

 律瑠が一歩横へ動くと、彼女は近くにあった踏み台を運んできて、抱えていた本を本棚に戻しはじめる。


「金城さんって、図書委員なの?」

「……そう」

「本が好きなの?」

「そうだよ」


 迷惑そうにされてしまったが、律瑠は話しを振り続けた。芸能人と会話するチャンスなど、人生でそうそうあるわけではないから。


「どうして俺の名前、知ってたの?」

「期末試験、私は学年二位だったの。一位は時任くんだって先生から聞いて、悔しかったから」


 悔しそうにしかめられた横顔が、かわいいなと思った。


「金城さんは、どうして図書委員をしてるの? 仕事との両立って、大変じゃない?」

「……逆に聞きたいんだけど、時任くんは毎日、何しに図書館へ来ているの?」


 近付きがたい。冷たい。それが、同学年の中で彼女を評する言葉だった。


「これだけまとめて本を読めるのは、学生の特権だと思うから。図書委員なら、係の仕事の間、暇だったら本を読んでいいの。読みたい本があればリクエストもしやすいし。それに図書館は静かだから」


 だけど本当は、人を気遣える優しい女の子なのだ。


 他人と距離を置こうとはするが、近付いて来た相手を彼女は、突き放しきれない。


「株に興味があるの?」


 あまりにも彼女に構い過ぎて、律瑠の気配を察知すると逃げられるようになっていた。だから、背後からこっそり近付いた。

 覗いてみた手元には、株式投資についての本。


 開いていた本をパタンと閉じて、振り向いた彼女は律瑠を睨む。


「俺もやってるよ。母親の教育方針でさ、小遣いが足りなければ自分で稼げって」

「…………稼げてるの?」

「まぁまぁ、かな。大学は、親に頼らずに行きたいとは考えてる」

「ふーん。偉いね」


 初めて彼女の笑みを見た。

 仕事用の笑顔でも、社交辞令で浮かべる微笑でもなく、金城香乃自身の、素の表情。

 胸がドキドキした。嬉しくて、堪らなかった。


「金城さん。あの……俺と、付き合わない? ほら! そういうのって演技の糧になったりするって言うだろう? 仕事にも役立つし、もしかしたら、付き合う内に俺のことを好きになるかもしれないし」

「そういうの、いらないの」

「どうしてもダメ?」

「うん。友達として、時任くんのことは好きだなって思う。だけど私、一生恋人はいらない。結婚もしないって決めてるから」

「どうして? 人生を確定するには早過ぎるよ。俺たちはこれから大人になるのに、もったいないと思わない?」


 困ったように、彼女は笑う。


「私は、思わない。恋も愛も疲れるからいらない。もし将来そういう存在をつくるとしても……そうだなぁ、人生の伴侶として価値があるって思えなければ、やっぱりいらないな」


 友達としては好きだと言われたから、彼女のそばに居たくて律瑠は、「金城香乃の友人」に徹した。

 学校以外で会うことはなかったし、会えるのは図書館の中でだけ。

 同級生たちにからかわれることで彼女に煩わしいと思われたくなくて、誰もいない場所でだけ、律瑠は彼女に話し掛けた。


 彼女との距離を友人以上に縮められないまま時は過ぎ、受験の年。


 律瑠は、彼女がどこの大学を目指しているのか知りたくて、彼女の姿を探して図書館を訪れた。

 彼女の連絡先は聞けないまま。正確には、何度か聞いてみたが教えてもらえなかった。


 放課後は、彼女は仕事ですぐに帰ってしまうから、昼休みに訪れた図書館。同じクラスの図書委員の子に聞いて、当番の日は把握していた。

 カウンターにはいなかった。

 だけど鞄はあって、彼女と同じ当番の人から、携帯電話を持って出て行ったことを聞いた。

 姿を探したのは、彼女が図書館へ戻るまでの間に会話が出来るかと思ったからだ。


「金城さん……?」


 まさか泣いているなんて、思わなかった。

 あの頃の律瑠は濡れた頬を拭ってやるどころか、涙のわけすら、教えてもらえなかった。

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