第11話 同級生1
人の話し声と食器がぶつかる物音で満たされた店内。
店員に案内された先で顔を合わせた懐かしい顔ぶれに、律瑠は笑みを浮かべた。
「おー! 時任じゃ~ん」
「いつの間に帰って来たんだよ」
「お前! 連絡しろよな?」
小学校から中学校までの共通の友人たちが集まった飲みの席。呼び出しの連絡を受けたのは、ほんの数時間前。平日に手が回らない箇所を、香乃と手分けして掃除している最中のことだった。
今も実家で暮らしている友人の一人が律瑠の母から帰国したことを聞き、帰国祝いで集まろうという趣旨の呼び出しだったのだが、知らない内にかなりの人数が集められて同窓会のようになっている。
何人呼ばれたのかも、何時から飲み始めていたのかも不明。律瑠の到着時点で既に、宴会は開始されていた。
席について早々、中ジョッキが手渡され、冷えたビールを喉へと流し込む。
互いの近況報告からはじまり、律瑠も聞かれるままに、今住んでいる地域や仕事について話した。
既に結婚している者、子どもがいる者、まだ独身の者など様々で、仕事もそれぞれ違う。
「時任くんって、彼女いるの?」
小中と同じ学校だった女性から聞かれ、律瑠はいると即答した。
「結婚が決まったんだ」
それはめでたいと大騒ぎになり、友人たちが口々に祝いの言葉を口にする。律瑠は笑顔で、ありがとうと返した。
「職場の人?」
「ううん。高校と大学が一緒だった、同い年の人」
「ちょっと待て! 大学一緒ってお前、金城香乃? うちの高校からお前と同じ大学行ったのって、あの子だけじゃん!」
同じ高校に通っていた友人が上げた声に、律瑠は首肯で答える。
「待て待て待て! 金城と結婚ってどういうことだよ! いつの間にそんなことになったんだ?」
「俺がずっと好きで、大学二年の終わりにオーケーもらって、それからずっと付き合ってる」
「時任お前、勇者かよ」
激しい驚きの反応を見せたのは高校が同じだった三人で、事情を知らない他の友人たちはグラスを傾けながら、興味津々の様子。
「なぁに? 変な子なの?」
「変といえば、変。多分あの子、友達いねぇよ。めちゃくちゃガリ勉。教科書が友達タイプ」
言い返せないなと、律瑠は心の中で呟いた。
「かわいい?」
「そりゃ当然かわいいわ。なぁ?」
「だな。恐れ多くて俺は近寄れなかった」
「私、話したことあるよ。一年の時に同じクラスだったの。普通にいい子だったよ」
「俺も話し掛けておけば良かったなぁ。そうすれば俺にだってチャンスが」
「ないね。俺が阻止しただろうから」
律瑠の言葉を聞き、友人たちが騒ぎ立てる。
写真が見たいと言われたが、減るから嫌だと断った。実際減りはしないが、気分の問題だ。
律瑠のスマートフォンにある香乃の写真は、リラックスしたプライベートの表情を浮かべた物ばかり。律瑠は、許されるのなら香乃の全てを一人占めしたいと常々考えている。
「じゃあ結婚式行きたい! ご祝儀ちゃんと包むから、呼んでほしい!」
俺も、私もと手が上がったが、律瑠の表情は芳しくない。
「香乃の友達って、両手の指で数えられるくらいしかいないと思うんだ。俺がたくさん呼んだらバランスが悪い」
むしろ、彼女に友人はいるのだろうか。
出掛ける相手は、姉や弟や母と、たまに律瑠の母。友人と出掛けるという話は一度も聞いたことがないかもしれない。
「人数の比率って大切だよねぇ」
「親御さんが気にしたりって、あるみたいだしね」
「彼女さんって、お仕事何してるの?」
「今はフリーランスでウェブライターやってる」
「それだと仕事関係での調節も出来ないかぁ」
「結婚式って親族だけでやる感じ?」
「詳細はまだ、これから詰めていくんだ」
「結婚式までってあっという間だよぉ。のんびりしてると時間が足りなくなるから、気を付けないと」
既婚者から色々な情報を収集して、上機嫌で律瑠は帰路に――つこうとした。
宴会がお開きとなり駅へと向かおうとする律瑠の肩が、両側からガチリと掴まれる。
「おばちゃんから聞いたんだよねぇ。家、建てたんだって?」
宴会の主催者である友人――新垣が、にんまりと笑った。
「結婚式は諦める。けど、紹介してくれたって良くね?」
「大人になった金城さんを生で見たい」
「私も、久しぶりに会いたいなぁ」
高校が同じだった三人も一緒に、律瑠を二次会へと引っ張って行く。
「二次会参加者は人数減るからさ、時任の新居で開催する結婚祝いパーティーの相談、しようぜ?」
「新垣って、子どもの頃からそういうの好きだよなぁ」
律瑠は諦めの溜息を吐き、彼女の返答次第だと答えた。
*
春の代名詞である花が散り、葉桜が初夏の訪れを告げる。
大型連休半ばの土曜日。律瑠の友人が家へ集まることになった。
名目は律瑠と香乃の婚約祝いパーティーで、新居見学も兼ねている。新居の完成は一年以上前で、婚約に至っては六年前の出来事だったが、説明が面倒で詳細は伝えていない。
祝われる側に食事の用意はさせられないからと、食べ物と飲み物は友人たちが持ち寄る予定だ。
「香乃はこういうの、嫌いかと思ってた」
友人たちの到着を待つ間、ドッグランを跳ね回るモナを眺めていた香乃へ、律瑠が呟く。
「大学の時にバーベキューとか飲み会とか色々あったけど、ほとんど参加しなかったよな?」
「そうねぇ……好きというほどでもないから、仕事を言い訳に行かなかった。でも撮影の打ち上げや飲み会は毎回、参加してたよ」
「利用価値のある人付き合いだけは、積極的にしていくと」
「そういうこと」
「酒は、仕事の飲み会で覚えたの?」
「二十歳になって、律がキョンちゃんたちとやってくれた誕生祝いがはじめての飲酒だったよ」
「あの時は、香乃がこんなに酒好きになるなんて思いもしなかったな。少量飲んだだけで目がとろんとなって、かわいかったのに」
「お酒は前の時に好きになったからなぁ。……ウッドデッキをさ」
「ん?」
「律は、こういう風に使いたかったんじゃないかなぁ……って」
ゴールデンウィークに入ってすぐ、二人は庭用の家具を買いにあちこちの店を見て回った。
備え付けで収納にもなるベンチは元々あったのだが、この一年その中身は空だったし、律瑠が帰って来るまでウッドデッキは全く使われていなかった。
もっと居心地のいい空間にしようと、ああだこうだ言い合って完成したそこへ人を招くのは、今回がはじめてだ。
「律は私と違って、人といるのが好きだから」
「香乃だって、人間観察は好きだろ?」
「人に興味を持たないと、役者なんて出来ないもの」
家の前に車が停まる音がして、モナが一声吠える。
スマートフォンを確認しつつ、律瑠は通り側のフェンスへ向かった。
「来た?」
「来たみたい」
香乃が口笛を吹けば、モナが香乃のもとへと駆け寄り、抱き上げられる。それを確認してからフェンスを開け、律瑠は友人たちを出迎えに向かった。
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