第15話 新たな敵?

 最初の客を見送ると、さっきまでの喧騒が嘘のように店内が落ち着いている。美優はこの隙を狙って休憩を取ることにした。

 ふと、新人の寧々の様子が気になり、店内を見回す。誰かのヘルプについているのだろうか、話に入れずに困っているのではないか。


 そんな心配を他所に、少し離れた席で楽しそうに笑う寧々が見えた。だが、その光景に少し違和感がある。

 通常の場合、ヘルプが座る席はテーブル越しだ。例え本人がそのルールに気付いていなくても、ボーイが案内してくれるはず。

 寧々の隣で同じように楽しそうに笑う客を見て、美優はさらに目を疑った。それは長い間美優を指名していた常連客の一人、石井社長だった。ロマンスグレーの髪を丁寧に撫で付けた、恰幅の良い老紳士だ。おそらく白檀の香水のせいだが、いつもお線香の香りがしている。見た目通りの印象で、紳士的に酒を楽しむタイプなので彼の席につくのは楽しかった。


(でも、あの距離感は……)


 美優は嫌な予感が頭をよぎった。そして、それはおそらく当たっているのだろう。


 待機室に入ると、早々に結愛が声を掛けてくる。相変わらずの小さい頭と、アンバランスな胸の大きさに目を奪われる。彼女もNight Lilyのナンバーだった。

 基本的に現在のNight Lilyはナンバーが無いという体なので、ナンバー入りにムキになっているのは美優くらいかもしれない。他のキャストの本当の心の内はわからないけれど。

 彼女と親しく話せている(ように見える)のも、その体制のおかげだろう。結愛は体調を気遣った後、そっと美優に耳打ちをした。


「あの新人、もう見た?」


「寧々ちゃん? 見たよ」


「あいつさ、多分美優の客奪ったよ。ね、ニナ」


「あたしさぁ、見たんだよね」


 ニナは気だるそうに電子タバコを咥えながら、酔ったように話し始めた。


 彼女もNight Lilyの中では古株だ。見た目は抜群に可愛いのだが、なんといっても本人にやる気がない。結愛とは幼馴染らしく、たまに待機室で見かけると結愛に文字通りべったりとくっついている。客には愛想も振り撒かないのだが、酒を水のように飲むので重宝されている。素面でも酔ったような話し方をしているのが玉に瑕だ。


「あの子さぁ、石井社長だけじゃなくて色んな人に連絡先渡してたよ。あんたが休んでる間に、なゆって子のヘルプについてさ。その子が席を離れた隙に渡してて……最初は何かわかんなかったけどさっき石井社長を見て確信した」


 キャバクラは永久指名ではない。指名キャストを変えても構わないのだが、暗黙のルールというものがある。

 それは、指名キャストから客を奪ってはいけないということ。これを破ると、店中の女の子を敵に回すことになる。普段は着かず離れずの希薄な関係性だったとしても、共通の敵として一致団結する。


 これはまだ第一段階だ。情報の共有、どこまで話が回っているかはまだわからない。だが、行き着く所は"追放"だ。


「私はさっきまで寧々あいつの隣の席にいたんだけど、なんか学費の為にお金が必要だって言ってるの。あの舌足らずの話し方聞いてるとイライラすんだよね」


 結愛は思ったことをなんでもはっきり言ってしまう癖がある。きっと本人は後悔していないのだろうけど、おかげでいつも何かしらのトラブルを抱えている。


「後はなゆの話。なゆが綺麗とか、なゆになりたいとか……。なゆもあんな女と一緒にいて楽しいのかな」


「……なゆ?」


「そう、なゆに懐いてんの。この前も一緒にご飯食べに行ったってインスタ載せてた」


「へー、知らなかった」


「あんたの彼女は載せてないと思うよ。苺がぶっ刺さった酒の写真以来、何も更新してないでしょ」


 あれ可愛かった、とニナが小さくつぶやいた。百合営業についてはキャストの全員が知っているのだが、いざ仲間に"彼女"と呼ばれるのは複雑な気持ちになる。


「……本当だ」


 小さなパンケーキの乗った余白ばかり大きな白い皿をレフ板代わりして、寧々となゆが頬を寄せて微笑んでいる。


「いつの話?」


「これ絶対加工だよね? 顎削れてんじゃん。パンケーキのミント歪んでんじゃん」


 美優の問いかけには答えずに、結愛は寧々の写真をボロクソに貶している。仕方なく、美優はこっそり寧々のアカウント名を盗み見る。自身のアカウントで検索するとすぐに発見することができた。


(三日前……?)


 そういえば、なゆは三日前に出掛けていたことがあった。写真の中の服装にも見覚えがある。


(そういえば、どこに出掛けるかは聞かなかったかも……)


 いくらお互いに干渉し合わない関係だとしても、これには少し驚いた。

 確かスーパーにでも買い出しに行くくらいの気軽さで出掛けて行った気がする。思えば帰りも少し遅かった。


「あたしはさぁ、美優なゆ派だよ。……ん? なゆ美優派、だっけ?」


 ニナは励ますように美優の方に手を回した。


 写真の中のなゆは、まるで自分の知らない"誰か"のようだった。





 

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