第14話 品定めの定義にもよる

 結局美優は一週間ほど休むことになってしまった。季節柄無理はしない方がいいから、と店長が提案してくれたこともあった。


「もう大丈夫なの? 冬は無理しちゃだめだよ。冬は日が短いでしょ、だからなんとなく元気が出なくなるの」


 と、店長はこの季節になると力説している。それって私たちに関係ある? 暗くなってからが本番だっていうのに。


 何度かそう返しても無視されるのがオチだった。


「大丈夫です。お休みありがとうございました」


「大丈夫なら、今日も笑顔を振りまいてきて。電話で言ったでしょう、しっかり休んでコンディションを整えてって。最近ずっとお肌荒れてたのも知ってるんだから」


「ありがとうございます」


 意外と口うるさい店長に辟易する素振りを見せながらも、美優はしっかり感謝していた。


「そうそう、 新しい女の子が入ったよ。正確に言うとね、一人辞めて、三人入って、二人辞めたの」


「少し休んでる間に色々ありすぎじゃないですか?」


「この世界の七日間なんて現実世界では七年だよ。まるで浦島太郎でしょ。なゆちゃんから聞いてない?」


「聞いてません」


「あの子もドライな子だからね……美優ちゃん以外に興味がないのか。あ、あの子だよ。待ってて……寧々ちゃん!」


(なゆの奴……どうしてそんな楽しい話を教えてくれなかったんだろ)


 美優は身近なゴシップに飢えていた。無用なトラブルを避けるためにキャストの女の子とはほとんど他愛ない、当たり障りのない会話だけをするように心掛けてきた。だが、それはいざこざを避ける為でまるっきり興味が無いわけではない。いつも噂好きの女の子が話すことに耳を大きくしていた。

 なゆも他の女の子と馴れ合うようなタイプではなかった。挨拶だけきちんと済ませて、後は澄ました顔をしている。


(帰ってきてもお客さんの話だけだったもんな……)


「寧々ちゃん、挨拶まだだったでしょ。こちらNight Lilyの看板娘、美優ちゃん」


 美優はできるだけ感じよく見えるように微笑みを絶やさないようにしていた。新しく入った女の子と話すのは初めてではない。そして、この第一印象をしくじると、後々大きな問題になることも知っている。


「はじめまして、寧々です。よろしくお願いします」


「はじめまして、よろしくね」


 差し出された手を握ると、ふわふわとマシュマロみたいに柔らかい。ハンドケアを丁寧にしている証拠だ。ほんのり香るハンドクリームの香りに身に覚えがある。

 それから、綿菓子みたいな甘い香り。少し癖の強い香水だが、これならきっと人と被らない。


 美優は冷静に、それでいて隈なく彼女の全身をチェックする。


 ゆるく巻いたダークブラウンの長い髪を二つに結んで、溢れそうなほど大きな瞳に薄い唇。鼻筋はノーズシャドウでくっきり描かれているのがわかるが、素人にはわからないレベルだろう。二重のラインも強調して書いている。大袈裟なほどの涙袋も可愛い。所謂、整形メイクだが、きっと元々の顔も可愛いはず。

 舌足らずの話し方は愛嬌、襟のついた夢見がちな淡いパープルのドレスは普段着に見えなくもないが彼女のキャラクターに合っているのかもしれない。


(……若い、それにおっぱいが大きい)


 美優や他のキャストに比べると寧々のドレスは露出が少ない。それなのに服の上からでもわかる。EかF、かなりのボリュームだ。これは大きな武器になる。

 

 だが、総合的に見ても、寧々は美優にとっての脅威ではないと判断した。

 見た目は百点満点だ。美人揃いのNight Lilyのキャストの中でも見劣りしない。


 なゆの時は初めて見た瞬間から危険だと思った。例えば、店長より先に挨拶に来たこと。それから、急いでいても通路でボーイとすれ違う時に会釈したこと。

 普通のことに思えるかもしれないが、この世界では挨拶の出来ない子は売れないという暗黙の決まりがある。これは美優が新人だった頃に聞いた話だった。最初は口煩い先輩の戯言だと思っていたが、意外にもよく当てはまるものだった。


 それから、忙しい時こそ他人を気遣うこと。なゆはどんなに目が回るほど忙しくても、テンパってヘマをすることがなかった。



「……どう? 今までのタイプとは違うでしょ」


「可愛い子ですね、若いし」


 ああいう子、最近流行ってるでしょ。少し雰囲気の違う子が入るのも新鮮かと思って。


 まるで、新作のドレスでも選ぶように店長はペラペラとあの子のどこを気に入ったのかを力説している。


 店長にとっては美優やなゆ、他の女の子も新しく入った寧々も、一番のお気に入りのドレスだ。それを大切にクローゼットNight Lilyに仕舞ってお披露目をする。


 でも、やっぱりなゆとは違う。美優はその一言をグッと抑えた。店長はその答えに満足そうに微笑んだ。


「Night Lilyは質重視だからね」


 これは店長の口癖だ。質というのは見た目の美しさのことで、基本的に性格などの内面については後回しだ。だから、とんでもない地雷を踏むことも多い。


 最近では公私共に順調なおかげもあってか、温厚で優しい店長がどんなにキャストの女の子を大切に扱ってくれても、その恩を全く無視してある日突然飛んだりするのだから。


 どこかのアイドルグループみたいに、性格の良さを重点的に見て採用すればいいのに。


 以前、そんな事を言ってみると、「そんなことしたら、美優ちゃん今頃ここにいないかもしれないけど?」と一蹴された。


(あの子も性格は悪そうではないけどね……)


 よく笑う子だと思った、口を大きく開けて楽しそうに声を上げている。一昔前のキャバクラなら品が無いとされたかもしれないが、素直そうで好感が持てる。


(なゆはあの子のことをどう思ったんだろう)


 なゆの好みのタイプのような気もするし、そうでないような気もする。家に帰ったら聞いてみよう、ついでにこの情報を教えてくれなかったことを叱らなくてはいけない。


 美優は切り替えるように、口紅を塗り直した。久しぶりの出勤に合わせ、少し強めの赤をオーバー気味に塗れば戦闘力が一気に上がる。





  


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