第11話 二人暮らし
「荷物は本当にこれで全部?」
「はい、今度こそ大丈夫です」
なゆは元気よく答えると、ゴトっと重い音のするボストンバッグを玄関に置いた。美優は安堵のため息を付いた。
『やり直し』
彼女の荷物を見た瞬間、美優は思わず言ってしまった。
『そんな少ない荷物で済む訳ないでしょ?』
なゆの荷物は貴重品だけ入れてきたという大きなスーツケースひとつだった。必要なものは後で取りに行くからと頑なに言い張っていた。あまり荷物を多く持ってくるのは悪いと思っているらしく、遠慮していると目に見えてわかっていた。
『そんなことは気にしないで。半年はなゆの家だと思ってくれていいから。あの部屋にそんなに頻繁に戻るのも嫌でしょ? 荷物運ぶのも手伝うから』
どうせ半年という短い期間だから家賃はいらないと言ったのだが、そういう訳にもいかないと言うので4分の1程度を払ってもらうことになった。以前のホテル暮らしよりかは安く済んでいるという。
お金を受け取ってしまった以上、なゆに片身の狭い思いをさせる訳にはいかない。
「ようやく部屋らしくなってきたじゃない」
棚は元々付いていたものを、ベッドも元々あった来客用の簡易的なもので良いと言うのでそれを使ってもらうことになった。
「不便に思ったらいつでも言ってね。なんなら、家具は新しく買ってまた
新居に持っていってもいいんだから」
「ありがとうございます。本当に良いんですか? こんな広いお部屋丸々お借りてしまって……」
「いいの、いいの。本当に使ってない部屋だったから、もったいなかったんだよね。それにしても、なゆが幽霊怖いなんて意外だったよ」
「私も平気だと思ってたんですけど……実際体験したらダメでした。美優さんは幽霊とか信じてます?」
「信じてるよ、でもまだ見たことはない。ホラーは好き?」
「ホラーは好きです。毛布とかでこう……顔を隠しながら見ますけど」
「じゃあ一緒に見れるね。今ハマってる海外ドラマがあるの」
クローゼットになゆの持ってきた服を掛けていく。実は美優が一番楽し身にしていた作業だった。しかも、合法的に他人のクローゼットの中身を隅々まで見られる絶好の機会だ。手に取る全てのものにうっとりしてしまうほど、なゆのセンスは抜群だった。
「そうだ、この前はあんなこと言っちゃったけど……もし前の部屋に荷物を取りに行きたかったら言ってね。私で良かったらいつでも付き合うから」
「ありがとうございます。美優さん優しいですね」
「……まあね」
美優だって誰彼構わず受け入れる訳ではない。なゆに関しては少しの恩と罪悪感からだった。それを"優しい"と評価されてしまうのは居た堪れない気持ちになった。
「あ、このバッグ……! 私サイズ違いのキャメル持ってるよ。黒と本当に迷ったんだよね。給料日前じゃなかったら両方買ってたかも」
それは美優も好きなブランドのバッグだった。三色展開されていて、数日迷った挙句に結局キャメルに決めた。美優の購入したのはその中でもミニサイズの方だ。
「私もキャメルとすごく迷ったんですよ。でも、シリーズで黒のブーツを買ったばかりだったので」
「8月に出たあのゴツいやつ? あれに合わせたら絶対可愛いよ」
シリーズ、と言われてすぐにピンと来た。美優の普段の服装とはマッチしない為購入は見送ったが、惚れ惚れするデザインだった。
写真を見た時、真っ先になゆに似合いそうだと思ったことは秘密だ。
「……もしよかったらこのバッグシェアしませんか?美優さんのあのキャメルのロングコートにも絶対似合うと思うんですよ。……ていうか見たいです」
「いいの? じゃあ、なゆも黒使いたい時使ってよ。実はサイズが私には小さくて……お財布が入らないんだよね。あ、このワンピース……!」
首元が詰まったタイトなワンピースは、背中がざっくりと大きく開いてシルクの細いリボンがクロスしている。
「それすごく気に入ってるんですよ」
「今すぐ目の前で着てほしい…… 。なゆ、前から薄々気付いていたけど、私たち多分服の趣味が合うんだと思う……」
「それは私も思ってました」
なゆはこっくりと頷いた。
実は以前から美優はそんなことを感じていた。あまり人とは被らないはずのブランドのバッグやポーチがなゆと被っていたこともあった。
何より、自分が好んで着るかは別として、なゆみたいな子に着てほしいと思う格好をどんぴしゃでしている。
例えば、先週は黒のタートルネックに黒のスキニー、大きめのゆるっとしたカーキのチェスターコート、真っ赤なバッグで出勤してきた時は本当に痺れた。まさに理想的なバランスだった。
「……私のクローゼット、見る?」
「もちろん!ぜひ、お願いします」
なゆの声も弾んでいる。女の子同士はこれが楽しい。子どもの頃、お人形のドレスコレクションを見せ合ったり、おもちゃの宝石で遊んでいた頃と同じ感覚なのかもしれない。
「このシャツワンピ、形が最高じゃないですか…!」
なゆはさすが、よくわかっている。美優は満足そうに頷いた。
「わかってくれる? それ一番気に入ってるの。女同士で一緒に暮らすとこういうのが楽しいよね」
「美優さん、以前も誰かとルームシェアしてたことあるんですか?」
「少し前にね。だから、あんまり気にしないで。人と暮らすのは苦じゃないから。しかも、前の同居人は本当にガサツで遠慮もない奴でね……」
美優は懐かしむように目を細めた。
「はっきり言ってNight Lilyにいる時は気に入らない女って思ってたけど、なゆのこと嫌いじゃないから」
美人だから気に入らなかったの、と小さく付け加える。
「……美優さん」
なゆはまるで尊敬する者を見るような目でキラキラと美優を見つめる。言っていることはかなり最低だと思う。
「Night Lily、本当に辞めてよかったの?」
「いいんです」
なゆはきっぱりと言い切った。
「店長が理由を正直に話してくれたからって言ってたっていうけど……まぁ、そのことはいいか」
美優は言葉を濁した。実はずっと気掛かりなことがある。だが、それを言葉にしてしまうとこれからの共同生活も危ういものになるかもしれない。
(……酔った勢いもあるかもしれないし、なかったことにしよう。なゆもそのつもりみたいだし)
現時点で、なゆはあの晩のことについて何も言わなかった。
「あらためて、ライバルじゃなくて友達としてよろしくね」
美優は右手をすっと差し出した。友情の握手、そのつもりだった。
だが、なゆはにっこりと微笑むものの、その手を頑なに取ろうとしない。
「……そのことですけど、美優さんときちんとお話ししたいです」
崩した姿勢を正し、その場で三つ指をついて美優に付き合った。
その手にはしっかりと、スマホが握られていた。
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