第8話 これも作戦の内?

 翌朝目が覚めると、美優は自宅のベッドで眠っていた。きちんとシャワーも浴びたらしく、化粧も丁寧に落としてある。


 だが、どうやって帰宅したかは覚えていない。


 なゆと飲んで……確か途中で眠ってしまったはずだ。


 そしてなぜか、キッチンの方から卵焼きと、お味噌汁の良い香りがする。


「おはようございます、起きて大丈夫ですか?」


「頭がガンガンする……あの、ありがとう。もしかしてなゆが全部してくれたの?」


「気にしないでください。おうちのもの勝手に色々触ってすみません。一応美優さんの許可はもらったんですけど……」


 なゆは申し訳さそうに眉を下げている。おそらくすっぴんだが、普段と何も変わらない。ただ、少し幼く見えるくらいの、まさに理想的なすっぴんで憎らしかった。


「それは全然大丈夫。 むしろ迷惑掛けて本当にごめん……。こんなに酔っ払ったの何年振りだろう」


 可愛らしい見た目につい騙されてしまったが、あの苺のカクテルは相当にアルコール度数も高かったのかもしれない。まだ少し気持ちが悪いくらいだ。

 酒の強さに関してはかなり自信のある方だった美優は、苦々しい気持ちだった。


「私も昨日はつい飲み過ぎてしまったみたいです」


 なゆは口ではそういうものの、顔色も肌艶も良い。


「あ、ご飯作ってみたんです。美優さんが寝言で卵焼き食べたいって言ってたので」


 なゆは鼻歌混じりにお鍋をかき混ぜいる。そういえば、あんなお鍋持っていたな……とぼんやり見ていた。美優は自炊というものを全くしていなかった。


「すごい……っていうか、家にお味噌なんてあった? 自炊なんてずっとしてなかったから」


「実はさっき買い出ししてきました。近所に大きいスーパーがあるのって便利ですね」


 いつの間にそんなことになっていたのだろう。彼女が部屋を一度出て行ったことにも気付けなかった。


「外に出た事にも気付かなかった……本当に何もかも申し訳ないね。お金は払うから、いくらだった?」


「泊めてもらったお礼ですから。勝手にキッチン使わせてもらいましたし」


「いいの、家のものはなんでも好きに使って。なゆはシャワー浴びれた? もしまだなら使って。ごめんね、私昨日のこと何にも覚えてなくて……」


 最初の頃は覚えている。カクテルの写真を撮って、ジュンさんの食い付きが早いことを二人で笑って、その後は……。


(駄目だ、全然思い出せない)


「大丈夫です、昨夜美優さんが勧めてくれましたから」


 ほら、服も貸してくれました。と、なゆはくるっと回って見せた。ゆるっとした赤いTシャツは、美優が着るより似合っているように見えた。


 なゆはいそいそとキッチンから食事を運んできた。そういえばこんなお皿持ってたっけ、と懐かしく思った。


 大くて浅い水色のお皿に、少し焦げ目が付いてふっくらとした卵焼きと、小さめに握られたおにぎりが二つ並んでいる。それから梅干しが人一つ添えられていた。


「美味しそう……!こんなまともなご飯久しぶり」


「お口に合うと良いんですけど……。梅干しは二日酔いに良いので、私が普段ストックしているものと同じものを買ってきました。蜂蜜梅ですよ。残りは冷蔵庫に入れてあります。おにぎりの中身は二つとも鮭です」


 なゆはテキパキと話しているのを、美優は圧倒されたまま黙って聞いていた。


「私、おにぎりの中身は鮭が一番好き」


 そういえば、好きなおにぎりの中身は鮭、前にもそんな話をした気もする。でも、きっと偶然だろう。いちいちそんなことまでなゆが覚えているはずがない。


 いただきます、と手を合わせると、なゆも手を合わせて微笑んだ。こんなの、男じゃなくても全人類が惚れてしまう。


 まずは卵焼きを一口食べてみる。この所美味しい卵焼きが食べたくて仕方がなかった。だが、寝言でまで訴えてしまうとは美優も思わなかった。じゅわっと優しい甘さが口いっぱいに広がった。

 焦げ目の付き方といい、見た目からして美優の理想通りの卵焼きだった。


「この卵焼き、美味しすぎ……!」


 美優は涙目になりながらその美味しさを訴えた。


「よかった、家の卵焼き甘い派だったんです。美優さんも甘い派ですか?」


「甘い派、だからすごく懐かしい気持ちになっちゃった。ほら、コンビニとかのお弁当の卵焼きって甘くないから……うわ、このお味噌汁もめちゃくちゃ美味しい!」


「よかったです、美優さんにそう言ってもらえると嬉しい。お味噌汁は二日酔いに効くらしいですよ」


 向かい合ったなゆは、眉を下げて嬉しそうに微笑んだ。気の張っていないリラックスした表情を浮かべている。


「美味しくて幸せ、毎日食べたい」


 出汁の効いたお豆腐のお味噌汁を一口啜ると、その美味しさに美優は思わず呟いた。


(なんか意味深に聞こえる……?)


 自然と出てしまった言葉だが、まるでプロポーズの言葉のように聞こえる。百合営業なんて馬鹿なことに付き合っているせいで変に意識してしまうのだろう。


 彼女の表情をちらりと盗み見るが聞こえていなかった様で安心した。なゆは涼しい顔でお味噌汁を啜っている。

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