第6話 流されるままに
「美優さんのご出身はどちらです?」
さりげなく、なゆがお冷やを注文してくれた。この瞬間、美優はすっかり彼女に気を許していた。いや、半分くらいは投げやりになっていたという方が正しいかもしれない。
美優の負けは確定、それならもうこの場を楽しむことだけに集中しようと思った。なゆの柔らかい声が心地良い。
「私は生まれも育ちも東京だよ、実家がおにぎり屋さんでね……」
美優は促されるまま話を続けた。酔うとこんなに余計なことまで話しちゃうんだ、気をつけなくちゃ。と頭の中の冷静な部分で考えていた。
なゆはしっかりと目を見ながら、丁寧に相槌を打ってくれる。こんなに優しい眼差しを向けられたら本当に何でも話してしまいそうだ。
「そう、もうだいぶボロくなってるから私の代で綺麗にしたいの、その改装資金を貯めてて……」
「ちなみに目標額はおいくらなんですか?」
「とりあえず三千万、だったの。でも、それはもう貯まった。だから今の私で稼げるとこまで稼ぐつもり。こういう仕事って旬があるでしょ」
稼げる内に稼いでおきたい。目標額は貯まったものの、Night Lilyに未練が残っていた。どこまでナンバーワンでいられるか、自分の価値を試したかった。いざその座を危なくさせられると、こうしてしがみついてしまう訳だが。
「なゆはどうして夜の仕事を? 言いたくないならいいけど」
冷たい言い方に聞こえただろうか、でもそのくらいがちょうど良いと思った。無理に聞き出したい訳ではないと伝わればいい。
「前にも言ったじゃないですか。美優さんに憧れて、です」
なゆはくるくるとマドラーを弄びながらにっこりと微笑んだ。
「またそんなこと言って……なゆが入る前の私は炎上キャバ嬢だったんだよ」
宣伝用にアップした写真を誰かが"加工"と言ったのが気に入らなくてコメント欄で揉めたことが原因だった。そう言う場合は沈黙が正解なのだが、当時の美優はまだ若くて血の気が多かった。
……で、SNS禁止令が出たと言う訳だ。
「私その話知らないんですよね、顔で選ぶタイプなので」
「……顔?」
「はい、顔です。一時期ですけど、駅前にNight Lilyのポスター貼ってましたよね。確か10周年記念だったかな」
「ああ、あったね……」
確か美優が入店して間もないくらいの話だ。なかなか大きく写りも良かったので気に入っていたのだが、公序良俗だかに触れるとかなんとかで短期間で撤去されてしまった。
「黒服として雇ってもらおうと思ったんですけど、店長からキャストして雇いたいって言われて……」
「へぇ……」
無意識だろうけど、嫌味な女だ。美優は思わず鼻で笑ってしまったが、なゆはそれに気付かなかったようで、より熱を込めて話し始めた。
「美優さん、さっき私に弱点があるのかって聞きましたよね」
「聞いた、教えてくれるの?」
「あるとしたら、美優さんです」
「……?」
とうとうなゆも酔いが回ってきたのだろうか。支離滅裂なことを言っている。
なゆはこちらの顔色を伺うようにじっと見つめたまま、少し黙った。彼女の長い睫毛が頬に影を落としている。こんなに時間が経っても肌も綺麗なままだ。美優は惚れ惚れするような彼女の美しさに素直に感心していた。
「……なゆは本当に綺麗。初めて見た日からこんな美人な子は他にいないと思った」
美優はなゆと初めて会った日のことを思い出していた。一目見て危険だと察知した。もし私のナンバーワンの座を奪える女の子がいたら……それは確実にあの子だ、と。
「私のこと、美人だなんて本当に思ってくれてたんですか?」
「思ってるよ、あんたの顔は本当に好き。生まれ変わったらなりたい顔ナンバーワンかも……。ずっと見てても飽きない」
なゆは少し照れたように俯きながら、マドラーでくるくるとグラスをかき混ぜている。
「でも、嫌い」
「……どうして嫌いなんですか?」
なゆは俯いたまま、ぴたりと動きを止めた。
「私はずっと不動のナンバーワンだったの。あんたが来るまで。今は毎月胃が痛い。今月はキープできるか、また抜かされるんじゃないかって……」
まずい、そう思ってももう遅い。美優はきゅっと唇を噛んだ。
(とうとう言ってしまった……)
安っぽいドラマみたいに、"本音を話してくれてありがとう。今日から親友だよ!"なんてことになる訳はない。
なゆのように賢い女なら尚更だろう。恐らくこの後に考えられる答えは"そんなことある訳ないじゃないですか"とか当たり障りのないことだ。
(終わった……)
美優は居た堪れなさに、手付かずだった三杯目のカクテルを一気に煽った。
一気に体が熱くなる。これでいいや、全部酔ったせいにしよう。
「じゃあ……もしも私がNight Lilyを辞めたら、美優さんは私のこと好きになってくれますか?」
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